天使は言ったよ 別れの時が来なければいいな
天使に言ったよ 映画で観たろ古いダンスをさ
手を握るからクルリと回れ ほら、また会えたろう?
天使は言ったよ お別れしても また会えたら、チャラね
(天使/大槻ケンヂ)
お別れしてもまた会えたらチャラね っていうフレーズがとっても好きです。
たぶん、本気で大槻ケンヂを聴き始めた頃に聞いた曲。
別れが来るのが嫌だとか、終わりが来るときついから、とか
そういう曲が多かったような気がする。
楽しければ楽しいほどいずれやってくる終わりはかなしいし、寂しくなる。
そのくらいその時間は楽しかったんだと思う反面、
過ぎ去ってしまったことが本当に惜しくてならない感じ。
ここで持てる幸せ量とか楽しい量の総量は決まっていて、
たくさん使ってしまうと早く終わってしまう、だから、
出し惜しみしつついつまでも長く続けていたい、みたいに考えてしまうことは
まあわかります。乙女だね。乙女だよ。
本当はそんな総量なんて決まっていないのだけれど、
でも、すごく楽しい事って短い期間だからこそすごく楽しいんだとも思うんだなぁ。
お別れしてもまた会えたらチャラになるなら、
お別れのことをあまり考えなくてもよくなる。
また会えるかどうかなんてわからないんだけど。
ごきげんよう、たいこです。
SL方面ではわりとホラーナイト漬けです。
そろそろ別のことへも動いていかないといけなくて、それはそれでちまちまと作業しています。
テクスチャを描く作業はとても楽しいんだ。
でもうまく描けない。そんな感じ。
どこかで自分の納得するラインを見つけられたらいいなぁと思いつつ、試行錯誤している感じ。
間にあうんだろうか。。。
自分が全体的にホラー方面に傾いているので、作るものもそういう感じになりそうな気配。
そもそも私はあまり明るいものをつくりませんので、これが素なのかもしれない。
波野家は本当にたくさんの人形を売っていますが、私は本当に人形が好きなんです。
ただ、RLで自分のものにすると管理が大変なので、今は人形のようなものを持っていません。
人形は飾るものではなく、一緒に遊ぶもの。
SLでそこを再現したいとずっと思っているのですが…(主に私が遊ぶため)
市松人形のお着物を取り替えたり、箱膳並べて一緒に御飯食べたり、そういうことがしたい。
小さいけれど人間用と同じ緻密さで作られてる着物とか、わくわくしませんかw
どう考えても難しすぎるので諦めましたがw
着ぐるみドールは、SLで出来る「一緒に遊んでいる感」が出せるお人形。
お人形にポーズをつけるのがとても楽しいのです。
彼ら(彼女ら)がとっているポーズのもとになっている存在は、間違いなく幼い日のわが子だと思う。
集団生活をはじめて社会性を身につける前の人間の子供は、
可愛くて面白くて、本当に理解するのが難しい生き物です。
結果だけを見て、「どうしてこうなった」って思う事もしばしばであった。
考え方が恐ろしくシンプルなんだけれど、そのシンプルの仕方間違ってるよ!
っていう幼い可愛さを、あのお人形ではこれでもかと出し続けている。たぶん。
自分と同じものを持っているひとやものには親近感を得ます。
それは湧き上がる親しみの心だから、すごく近い人って感じたりする。
逆に、全然自分とは遠いところにいる人と気づけばかなり長いこと仲良くしている、
ということもよくあることで。
こっちは湧き上がる好奇心なのでしょうかw
ともあれ、自分と全然ちがう人と関わるのは楽しい。
同じ嗜好を持っている人と関わるのも楽しい。
昔から「考えすぎる」って言われていた自分の考えグセが、今までよくわかってなかったんだけれど
最近その考えすぎるってこういうことかー。ってのがわかってきたっぽい。
考えすぎるってことについて考えて話しているので、
このことを誰かに話すと「だから考えすぎ」って言われるんだけれどw
なかなか上手いこと伝えられません。
でも、それは自転車の乗り方を口頭で説明するのと同じことなんだな。
「お、なんか私出来てる?」
って思ったことは、「できた!」って報告したくなるじゃないですか。ねえ?
そしてこの考える事自体はやめることが出来ないなって事もよくわかったりした。
考えてしまう方向の舵取りをうまくしないといけない。
考えても行動しないんじゃまったく意味もないので。
実践と思考がですね、今はうまいこと動いている気はするのです。