アナタとアタシが金属であったなら
ドロリ 一つ 溶けあえたから
ああ いっそハンダコテで溶かしてしまおう
(境目のない世界/筋肉少女帯)
やっぱりこの曲大好きだっ。
この感覚はすごくよくわかる。
こういう気持ちになった記憶は遠すぎて思い出せない。
嘘です。覚えてます。
またこういう思いがしてみたいなあと思う反面、
もう無理かなぁとも思ったりする。うむ。
ごきげんよう、たいこです。
私はあいぽっどしゃっふるを使っているのですが、その充電器(っていうかPCとあいぽっどをつなぐケーブル)がなくなりました。
常にカバンの中に入れて持ち歩いていたのですが、いつの間にかなくなっておりました。
カバンのポッケの中には会社のIDカードや自転車の鍵を入れているのです。
毎日出し入れしてる拍子にどこかで落としたに違いない。くぅ。。。
10cm程度のひょろっとしたケーブルごときになぜこんなに大変な思いをさせられねばならんのだ。。。
そんなわけで充電ができません。一体私はどうしたらよいのでしょう。
1週間が非常に長く感じます。
この長い1週間をあと何回繰り返すと祭日にたどり着くの?
とか考えると何もやる気がしなくなるのであまり考えないようにしています。
とりあえず今日1日行ったら週末!
明後日は久しぶりに舞台を観に行きます。楽しみ!
ナイロン100℃の「百年の秘密」を観に行きます。
久しぶりの下北沢です。とはいえ、本多劇場と駅の往復しかしないんですけれども。
誰もいない場所に一人でいるときに感じる孤独と、
人がたくさんいる場所で感じる孤独は、
種類が違う気がします。
ちょっと外に出れば、必ず誰かと出会うくらいこの世にはたくさん人がいるのに、
その中のスペシャルが見つからなくて見つけたくてどうしようもないー!
ってなっている人がたくさんいる、みたいなことを、そこはかとなく考える。
私はこの何年間かずっと、自分の言葉が通じる人を探していたんだなあと思いました。
恋愛相手というのではなく。
だから、友達が欲しかったんだなぁと。
自分の言うことや伝えたいことが面白いように伝わらないという経験を、この何年かでたくさんしてきました。
どれだけ言葉を変えても、伝わらない・理解されないことがたくさんありました。
意図していることとずれて伝わってしまったたくさんの事柄について、
「そりゃ別の人間だもの」で、ある程度諦めて暮らしてきました。
言葉を尽くしても伝わらないなら、変質して伝わってしまうなら、
極力黙っていようと思ったりもしました。
同じ日本語を使っていても、意思の疎通をはかるのはすごくすごく難しいってことを、
この何年かで身にしみて感じたのです。
言葉は交わせても相手の頭の中までは覗けない。
だから、言葉が通じたと思ってもそれは幻想でしかない。
そんな事は百も承知の上で、それでも、すうっと言葉が通じる心地よさを久々に味わいまして。
その心地よさを感じた時に、今まで欲していた「友達」みたいなものが何かを理解した気がしたのです。
反面、GW前後からずっと感じ続けていた不毛さの理由もはっきり掴んだ感じがします。
そういうことかー。と。
人と付き合うことは、スーパーでたくさんのキャベツから1つのキャベツを選ぶように出会っては出来ない。
っていうことなんだと思ったりしたのです。
人と出会うことに効率を考えるとだめなんだねえ。
長い1週間もやっと今日でおしまい。
不毛な思いはこれからしばらく抱える気がしますが、それはそれ。
とりあえず今日頑張って週末にたくさん充電しようと思います。