虫食う花のよう 甘い香りで釣って
罪受け入れろと 囁くよ
愛はレセプター
(レセプター(受容体)/筋肉少女帯)
愛ってなんでしょう。難しいね!
受容体ってなんですか!外からの刺激を受け取って、それを情報として伝えるためにある体の中にある仕組み/細胞のこと。らしいです。世の中には知らないことがいっぱいです。私は知らなかったよ。
愛といえば、そういうものを実感する行事に参加してきました。
次男の謝恩会。
今月小学校を卒業して中学校に入学する次男には、この時期こういうものを実感する行事が満載です。
謝恩会、実は去年の長男の時は、長男が謝恩会のお知らせ自体を持ってくるのを忘れていたため、
私は知らない間に欠席というすごい事態になっておりました。
帰宅したらケーキと赤飯が置いてあって「なにこれ?」ってなったのです。
なもんで2人目にしてはじめての謝恩会。
なんだろう、すごいものだなーと思いました。
当事者以外にはなんの感動も呼び起こさない催し。
でもがっつり当事者の保護者や教師からすると、こういう行事って凄まじいなあって思ったのです。
本当の当事者の子供たちには、あまりそういう実感はないのだと思う。
彼らは日々成長していて、それが自分の等身大の目線だから。
小学校1年生と小学校6年生って、まるで違うんだよね。成長の度合いがハンパない。
親も教師も日々子供たちと関わっているから、日常的には実感しないのだけれど、
実は6年間の年月でこんだけ大きくしっかりしたのですよ、っていう事をお披露目されると、
ああ、、、よくここまで育ってくれた。ってしみじみするわけです。
それは学芸会や運動会でも感じたりして、私は運動会も学芸会もちょっと泣きながら眺めるのがデフォなのですが
それをまとめてひっくるめてお披露目するっていう演出は、なんだか学校ならではだなぁと感じました。
子供たちが私達に披露してくれたのは、劇。
小学校生活を振り返るという内容のもので、今は他の学校に転任してしまった過去の担任の先生や専科の先生の挨拶も劇の中に織り込みつつ、本当に色々振り返るようなものになっていました。
劇のベースが去年の学芸会でやった劇だったっていうのも、なんだか素敵だったのです。
目立ちたがりの次男は何をやるんだろうなと思ってみていたら、なんとメインの司会。
そういえば司会の候補が何人かいて……なんて話をしていたなぁなんて思いながら彼の奮闘っぷりを眺めていたら、やっぱりうるうる来てしまいまして。
なんだか去年の長男の謝恩会に出られなかったことを、今になって残念に思ったりしたのでした。
しかし学校行事でいつも思うこと。校長の話は長い。
そしてなんであんなに綺麗事しか言わないんだろう。
その話は生徒にとって、毒にも薬にもならないっていう事。
なのにそんなに長く話さなくていいじゃない。って、思っているのは私だけなんだろうか。
世の校長先生みんながそういうわけじゃないのもわかってる。
うちの学校だけかもしれない。そうじゃないかもしれない。
なんだか圧倒的に大人目線で子ども達に何かを語っている図は、
「あー。ずれてるなー」という感想以外何も浮かばないのでした。
生徒の代表がマイクを通して、「先生とお父さん・お母さんのおかげでこれだけ大きくなりました。感謝しています」っていうのも、なんだか好きじゃないなぁっていう発見もしました。
それは代表して言うような類のものではないと思ったのだな。きっと。
それは、生徒ひとりひとりが個人的に、お世話になった先生や両親に対して思ったり伝えたりするんで充分なんではなかろうか。。。
ごきげんよう、たいこです。
そんなわけで、行事いっぱいでお金も羽が生えたように飛んで行くこの季節。
まだまだお金がかかります。
次は卒業式。その次は入学式。
まだ通学カバンを買っていません。
ノートや文房具も買わねばなりません。
制服の採寸時に、学ランを試着した次男が若干照れつつニヤニヤしていたのがとても可愛かった。
これは去年の長男の時にも思った。
学ランなんぞ、GWの頃には当たり前の服になってしまうのだけれど。
でもそれでも、最初のあのドキドキワクワク感は私にも覚えがあって、なかなか微笑ましい。
学生時代は4月になれば何かが変わるわくわくがあって、社会人になってしまえばそう変わることってないのだけれども、あの時のわくわく感は未だに刷り込まれていて、だからきっと私はこの季節になるとわくわくしてしまうんだろうなぁ、なんて思ったりしました。
いいなあ、春。大好きだ。
私自身は何も変わることのないこの春ですが、3月にはお誕生日があります。
これまで子供たちに積極的に祝ってもらったのは1回。
それも、
「おかあさーん、お母さんの誕生日プレゼント買うからお金ちょうだい!」
という、大変面白い感じの祝われ方でした。
今年は曲がりなりにも中学生と中学生なりかけの子が混ざっているのだから、
もう少し感動するような祝われ方がしたいものだと思っているのだけれど、さてどうなることか。
先回りして「今月はお母さんの誕生日だよ」って予告してみたwwwww
だって祝われたいんだもん!
誕生日が来る=としをとる だから、誕生日なんてヤダ!みたいな話を聞くこともありますが。
誕生日はいくつになったってめでたいものなのです。
としをとる日ではなく、私がこの世に生を受けた日なのです。
それまで何もなかったものがいきなり出現した日なのだから、これはもうとんでもない記念日なんだと私は思う。
その人の存在そのものをお祝いするということなのだから。
なのでいくつになったって、誕生日はおめでとうだし、おめでとうと言われたら満面の笑みで「ありがとう」って言うべきなのだ。
昔の暦の考え方だと、としをとるのはお正月で、お誕生日っていう概念はあんまりなかったんだそうな。
昔の暦は今の暦よりももっと可動性のあるものだったんだそうです。
なんで私は誕生日の話をしているんだろう。3月だからだ。
もうひとつ3月ならではの話題。
開けてしまったのでもう終わりましたが、ひな祭りでした。
我が家の末っ子は女の子なので、本来は3月にもお雛様を出すべきなのですが、、、
我が家のお雛様は7段飾りのお内裏とお雛だけ。
残りの人形や段飾り用の段は、実家にまるっと置いてあります。
そしてこの雛人形、私のものです。
出すのが大変なんです。置き場所もないんです。
娘には申し訳ないと思いつつ、ひな祭りで雛人形を出したのは1度きりだったり。
出してあげたいんだけどなー。。。まあ、まだ当分無理そう。
SLではRLの分も含めて!っていう感じでお雛様つくりました。
ちょこちょこと買ってくださる方もいて、嬉しい限りです。
あれも明日には片付けないといかんなぁ。
長く飾ればかざっただけ結婚が遅くなる!というのはタダの迷信なのだけれど、
それでもやっぱり気になってしまうところ。
だって再婚したいんだもの!
相手がいないんだもの!
そろそろ花粉も本格的に飛び始め(私は花粉症持ってないので実感がない)
梅もパラパラと咲き始める頃。
寒かったりなんだりで気温が安定しないのも春ならではですが、
今日は非常に個人に偏った記事になった。
まあ、こういう日があってもいいんじゃないかなって思いつつ、この辺で。