サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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ドロリと溶けた金属みたく抱いてください どうか愛してください 2012-05-11

アナタとアタシが金属であったなら
ドロリ 一つ 溶けあえたから
ああ いっそハンダコテで溶かしてしまおう
(境目のない世界/筋肉少女帯)

やっぱりこの曲大好きだっ。
この感覚はすごくよくわかる。
こういう気持ちになった記憶は遠すぎて思い出せない。
嘘です。覚えてます。
またこういう思いがしてみたいなあと思う反面、
もう無理かなぁとも思ったりする。うむ。
ごきげんよう、たいこです。
私はあいぽっどしゃっふるを使っているのですが、その充電器(っていうかPCとあいぽっどをつなぐケーブル)がなくなりました。
常にカバンの中に入れて持ち歩いていたのですが、いつの間にかなくなっておりました。
カバンのポッケの中には会社のIDカードや自転車の鍵を入れているのです。
毎日出し入れしてる拍子にどこかで落としたに違いない。くぅ。。。
10cm程度のひょろっとしたケーブルごときになぜこんなに大変な思いをさせられねばならんのだ。。。
そんなわけで充電ができません。一体私はどうしたらよいのでしょう。


1週間が非常に長く感じます。
この長い1週間をあと何回繰り返すと祭日にたどり着くの?
とか考えると何もやる気がしなくなるのであまり考えないようにしています。
とりあえず今日1日行ったら週末!
明後日は久しぶりに舞台を観に行きます。楽しみ!
ナイロン100℃の「百年の秘密」を観に行きます。
久しぶりの下北沢です。とはいえ、本多劇場と駅の往復しかしないんですけれども。


誰もいない場所に一人でいるときに感じる孤独と、
人がたくさんいる場所で感じる孤独は、
種類が違う気がします。
ちょっと外に出れば、必ず誰かと出会うくらいこの世にはたくさん人がいるのに、
その中のスペシャルが見つからなくて見つけたくてどうしようもないー!
ってなっている人がたくさんいる、みたいなことを、そこはかとなく考える。
私はこの何年間かずっと、自分の言葉が通じる人を探していたんだなあと思いました。
恋愛相手というのではなく。
だから、友達が欲しかったんだなぁと。
自分の言うことや伝えたいことが面白いように伝わらないという経験を、この何年かでたくさんしてきました。
どれだけ言葉を変えても、伝わらない・理解されないことがたくさんありました。
意図していることとずれて伝わってしまったたくさんの事柄について、
「そりゃ別の人間だもの」で、ある程度諦めて暮らしてきました。
言葉を尽くしても伝わらないなら、変質して伝わってしまうなら、
極力黙っていようと思ったりもしました。
同じ日本語を使っていても、意思の疎通をはかるのはすごくすごく難しいってことを、
この何年かで身にしみて感じたのです。
言葉は交わせても相手の頭の中までは覗けない。
だから、言葉が通じたと思ってもそれは幻想でしかない。
そんな事は百も承知の上で、それでも、すうっと言葉が通じる心地よさを久々に味わいまして。
その心地よさを感じた時に、今まで欲していた「友達」みたいなものが何かを理解した気がしたのです。
反面、GW前後からずっと感じ続けていた不毛さの理由もはっきり掴んだ感じがします。
そういうことかー。と。
人と付き合うことは、スーパーでたくさんのキャベツから1つのキャベツを選ぶように出会っては出来ない。
っていうことなんだと思ったりしたのです。
人と出会うことに効率を考えるとだめなんだねえ。


長い1週間もやっと今日でおしまい。
不毛な思いはこれからしばらく抱える気がしますが、それはそれ。
とりあえず今日頑張って週末にたくさん充電しようと思います。

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カテゴリー: 日記

僕の愛がどうか届きますように ああ 世界が滅びてしまう 2012-05-09

あの娘の笑顔を取り戻すため僕は生まれてきたの
あの娘のメールアドレスをゲットするため僕は生まれてきたの
死ぬほど 死ぬほど 死ぬほど 死ぬほど大好きで
死んでも 死んでも 死んでも 死んでも切なくて
自転車の変速をいちばん重くして商店街を駆け抜けていくんだ
(援助交際/銀杏Boyz)

ちょこっと夜更かししたら、丸一日眠気と戦い続けるハメになりました。
春だからでしょうか。歳のせいでしょうか。
午前中からパソコンの画面を見ながら意識が飛ぶなんて、2年前には考えられなかった事態。
今日は早く寝ようって思ったのでした。だってまだ火曜日終わったばかり。
ごきげんよう、たいこです。
探しものをしていて、しまいこんでいるフォルダをひっくりかえしていたらだいぶ昔のログが出てきました。
一匹狼の雄叫びというサークルのもの。
2006年から2007年あたりのものだと思うのだけれど、今読んでもうっかり笑ってしまうくらい面白い。
あの頃遊んでいた人たちは今元気なのでしょうか。
あのサイトが潰れてから5年、SLを始めてからもうすぐ5年。
アバターつきチャットサイトと呼ばれる遊び場がなくなってからだいぶ経ちますが、
SLではあの頃のように必死に言葉遊びで遊ぶような感じはなくなったなぁ。としみじみ。
しかし、面白かったとはいえ昔の自分の文章を不意に読むと、ものすごく恥ずかしいんだなぁと思ったりしました。
同じフォルダに、昔のブログのログもたくさん保管してあったのだけれど、
さすがにそれを開く勇気はなかった……!


ふとした拍子にそこはかとなく不安になることがあります。
昔はその不安に足を取られて、ずぶずぶと沈んだりもしていました。
今はそこまで沈むことはないのだけれど、やっぱりうっすらとした不安はつきまとう。
現状が不安定だからだ、と当時の私は思ったりしていたのだけれど、
不安定なのは現状ではなくて、私の心のありようなんではなかろうかと思う。
私はつよくない!と思っていたし(今も思ってるけど)、つよくなってしまうのは嫌だ!と思っていた。
でもあの頃から比べて、私は結構つよくなった。そしてつよくなった自分は結構好きだ。
つよくなるってことは不安定なこころのありようを無理やり平らにならすのではなく、
うまくバランスを取ってコントロールすることなんだなぁ。
そういうことを思うようになってから、つよくなることは嫌ではなくなったし、
そう思ったからこそつよくなったんだなぁと思う。
いや、まだまだ危ういんですけれどね。
色々と不器用で困っちまうわけですが、どうにもこうにも器用にはなれる気がしません。
するすると上手に世の中を渡っていく人を観ては、少し羨ましく思うのもまた事実。
ずぶずぶすることがなくなってから、私は人ときちんと付き合うのが下手なんではないかという思いが頭をかすめているのもこれ、事実。
こういう方向性で生きていてはいけないんではなかろうか、という思いがきっと漠然とした不安の正体。
この間会ってお話してきた同級生に、「たいこは昔からなんか違うオーラ放ってた。俺も似たところがあったからわかる。でも俺よりずっと違ってた」と断言されてまいりまして。
彼曰く、「無理して周囲に合わせてはしゃいでたよね」と。
実はこれを自覚したのは高校に行ってからなのです。
なぜ私は必要以上に声を張り上げるのだろう、喉が痛くなるくらいの声のトーンで話してしまうんだろう。
そんな事を考えていたりしたのです。
これって、無理してるってことなんだよね。
素の自分なんて自分でもよくわからない、けれど。
強いていうならば、他人の目なんて気にせずに過ごしていた幼い時期が自分の素なんじゃないかと思う。
自分を勘定に入れない場所では人のことがよく見えるのに、自分がその中に入ってしまうとまるで見えなくなる。
実はそのことが今でも一番怖いこと。
うんざりするくらいたくさんの人との関わりの中で出来上がった今の自分というもの。
それでもその中をよくよく探ってみれば、自分が一番否定したい自分がいたりして。
そういうことを認めようという気になったのは最近のこと。
多分これも強さのうちなんだろうな。
優等生であり続けることでしか自分の価値を見いだせなかった私ですが、
今この歳になって、巻き込まれる側よりも巻き込む側にすごく憧れます。
そうなるにはもう少し、強くならねばいかんなぁとは思うのですが。
実はこの春前くらいから、脱・受け身を考えてはいるのです。
考えてはいるんだけれどね。。。やっぱり受け身人間を脱するのは簡単には出来ないみたいだなぁ。
こればっかりはのんびりやっていくしかない。
うむ。
……なんだか非常に情けない話ではあります。

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カテゴリー: 日記

僕も君も水に流せ ほとぼり冷めりゃ仲直り 2012-05-07

よかれと思ってした事が
誤解を招いて そりゃないよ
ダメダメすねてちゃ ダメですよ
心を素直に 無駄なケンカはもうやめた
仲直りは今だ!
(仲直りのテーマ/筋肉少女帯)

だらっとしてるとあっという間に過ぎ去る連休。
やったぁぁぁぁ9連休だぁぁぁぁぁ
とか言ってたのがついこないだの気分です。
あっという間に終わっちゃいました。
しかし働かねばどうにもならないのでね、頑張って働こうと思います。うええん。
連休最後の2日はSLでチコチコとものづくり。
白キツネのアスランに連れて行かれたマイクロタイニーモールでまんまと散財、衝動買い。
そのノリでプチプチ用の衣装を作って遊んで……
SOMEIYOSHINO for Petittes
こっちメンズ。(着て撮影したのはアスラン)
Naminoke_3
人間用の服レイヤー用テクスチャがほぼそのまま使えて非常に便利。
(Yabusakaさんがフリー&フルパでテンプレートを配布してくれている)
気軽にこういう風に衣装が作れてしまうのは素晴らしい。
腰の位置が普通アバターと同じなので、そのへんの椅子や家具にも普通に座れるし、普通アバターと一緒に座ることもできます。べんりー。
当然アニメも普通のアニメが使えるようになってる。
これからどんどこいろんなスキンや服が出てくると楽しいなあ。


旅行中に読んだ本の話。
「花と流れ星」 道尾秀介
どうやらシリーズものだった様子。
そんなこと知らずに買ってきて読んじゃいました。面白かったです。
さかのぼってシリーズ頭から読もうかなと思いました。
お化けが出てきたりするのだけれど、ミステリ。
短篇集で、「この謎が解けるか?」的な流れで話が進んでいきます。
シリーズものながら、シリーズを読んでいなくても登場人物の背景がうっすらわかるので気にせず読めました。
真備のキャラクターが非常にチャーミングです。
「かあちゃん」 重松清
重松の得意技、家庭といじめ。
家の中の要はやっぱりお母さんなわけで、作中にはいろんなお母さんが出てきます。
連作短編集っていうのかな、8つの独立したお話は、すべてを通すと大きな一つの物語になる。
テーマは当然「かあちゃん」なのですが、もうひとつ大きく流れるテーマが「贖罪」。
世の中には取り返しのつかない事がたしかにあって、
誰でも何度かは取り返しのつかないことをしてしまった経験があると思う。
謝っても許されない事をしてしまった時、じゃあ自分はどうするのか。
そういうことを静かに書き綴っている小説でした。
3世代くらいに渡って描かれる「かあちゃん」
そして、「かあちゃん」の子供たち。
おかあさんっていうものの存在感の大きさをしみじみと感じました。
かくいう私もおかあさんなのですが。
私はきちんとお母さんになれているのかしら、とちょっと自分を振り返ったり、反省したり。
反面、いろんなお母さんがいて、どのお母さんもそれでいいんだよ。と言われている気にもなりました。
中学生のキモチと親の心配。
そのあたりのリアルさも身につまされるものがあります。
子供を信じることって、親の方もかなりの踏ん張りが必要なんだよね。


楽天レンタルから、もーすごく長いこと待っていたドラマが来た!!!
「11人もいる!」 クドカンドラマ。しかもホームドラマ。
やっぱクドカン面白い。大好き。
毎回の締めが、家族っていいよねって感じで終わってほんわか気分に。
先妻の幽霊と末っ子のさいご君の絡みが非常に面白いです。
特に末っ子のおっぱいの手つきが。
さらに毎回登場するダイナミックパパのビッグダディっぷりがハンパない。
そうかークドカンこういうドラマも書けるのかー。
続きが楽しみです。
しかし楽天レンタル、続き物のドラマをきちんと次々届けてくれないんだよなぁ。。。
うぬぼれ刑事も残り2巻を残してそのままになってるし。(´・ω・`)


こんなに現実逃避しまくってていいんでしょうか。ね。
いつだって半分はフィクションの世界でふらふらしている気がする私の脳内。
まあ、いいか。。。
連休長すぎてなかなか頭の中が仕事モードにならないわけですが、
とりあえず踏ん張っていってこよう。

僕も君も水に流せ ほとぼり冷めりゃ仲直り はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記