サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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君に伝えたいだけどこにも君はいない 2011-08-19

流れる水につかり君をわすれ 暑さをしのんでいる
かげろうがじゃまする ぼくの視界をじゃまする
去年は君と泳いでいたのに 暑い夏の陽よどうしてのりきれば
このままではすべて流れて行きそうで
ぼくを呼んだ様な気がして セミの声はひびく
あふれるくらい たくさんの星の下 あふれる涙を必死におさえている
星もないてる ぼくも涙止まらない ゆすらないでくれ さわらないでくれ
(7月/bloodthirsty butchers)

8月もがっつり終わりの声が聞こえてくるこの時期に7月。
いいんです。あついから。
今日は雨ですか、雨ですね。。。
工事が始まると本当に面白いように朝起きられなくなります。
初日2日目くらいだけですがw
「私はダメな人間になってしまったんじゃないだろうか」って、工事初日の朝はいつも思う。
そして「あ、工事だった」って思い出して安心する。
重たいか軽いかと問われれば、私はおそらくごく平均なんでしょうけれど、
なんだか工事期間中の私は注意力がなくなるというかおろそかになるというか……。
そして毎月恒例で午前半休。
この時間になってもまったく頭はすっきりしないけれど、仕事は山のようだし
月曜日からオフィス引っ越すので荷造りもしなきゃいけない!
というわけで午後から頑張ってきます。
ごきげんよう、たいこです。
ノリノリで作ってたアイテムが、他所のSIMで出した途端ものすごい不具合発揮→ボツ。
っていう悲しい経験をしました。いいんだ。。。いいんだ。。。
昨日は会場設営(怪談ラジオ)をしていたら、竜馬さんとくろえさんがきました。
雑談しながら思いつきでいろんなモノを設置する。
プリムに制限がないって楽しいね!楽しいね!
竜馬さんは本当によくしてくれる素敵オーナーですが、この人怖いのすごく苦手なんだよね。
怖いの苦手なのによくまあお化け屋敷だの怪談ラジオだの、快く快諾してくれるものだ。
大変ありがたい。
ついでに「ホラーナイトにも行こうよ。リョウマサン」と、さらにホラーで押しておきました。
怖がりな人はお化け屋敷の大好物ですよ。ええ。
腹をくくる話。
21歳で妊娠したと知ったとき、私は素直に「やったー」って思った。
それまで漠然と、不妊症なんじゃないかっていう不安を抱えていたからです。
私は自分が子どもを持たないっていう人生の選択をすることが考えられなかった。
当然のように母になりたいと思っていた。それが何に由来するかはさておき。
同時に、子どもを持ったら出来なくなることって沢山あって、そんなものに思いを馳せては、
「それはちょっと不自由だなぁ。。。」と思ったりしていたわけです。
どっちも本心。矛盾してるけど本心。
あっちもいいな、こっちもいいな、の状態で、相反する本心が沢山あるのは当たり前だよねー。
腹をくくるってのは、それでもなお「こっちにする」って決めたときにしなきゃいけないこと。
踏み込んでみて想像を絶したとか、想定外だったとか、そんなことは沢山ある。
そういうものもまるっと飲み込んで「これでいい」って楽しくその選択した方を自分で肯定すること。
今までの私は、割とその辺気楽に「こっちでよかった」と思って暮らしています。
子を持ったことも、結婚したことも、離婚したことも、自分の中では大正解だと。
自ら決めるにしろ、流されてそうなったにしろ、選択したのは自分なのだから
どっちかに道が決まったときは腹をくくったほうが、きっと楽しく生きられるよねー。
一昨日、私は自分が「いくつの本心があったっていーじゃなーい」
って思えてなかったことを発見したわけです。
彼氏ほしい!恋愛したい!できれば無責任なのがいい!
恋愛は心が疲れる。結婚したい。友達結婚がいい。
独身でいる現状のとんでもない自由っぷりが愛おしい。
むしろ彼氏いただけで色々と自由が縛られるから、いなくていい。。。
みたいなのが全部私の中にあるわけですよ。
なんつーかなんでこれが全部あっていけないと思ってたんでしょうね。私は。
これ全部本心でもなんにも困ることないんだ。
一昨日の思考を2日寝かせて思い返すと、自分の不器用さとかダメっぷりがよくわかるねって、
今ここに書いて気がついたんですけれども!<ダメっぷり
そのうえで、自分のこのどーしようもない不器用な感じが可愛いと思ってる時点で救いようがない。
本当に私はいつになったらオトナのスタートラインに立てるのでしょう?
大丈夫。いつかきっとこんな私を可愛いと愛でてくれる殿方が現れるはず!
(脳内BGM:ダンデライオン/ユーミン)
と、頭の中のひまわり畑の一部を晒して締めようと思います。
乙女心はいくつになっても持ってるべきなんだ。きっとだ。

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カテゴリー: 日記

愛はどんなんだい? 2011-08-18

おっぺけぺー おっぺけぺー
おしべとめしべがおっぺけぺー
(あいどんわなだい/銀杏Boyz)

ものすごい久しぶりに銀杏を聴いたら相変わらず可愛かったでござる。の巻。
この曲と、東北新幹線はチヒロちゃんを乗せてを聞くと、これをよく聴いていた頃のことを思い出します。
何があったってわけじゃないんだけれど、おそらくSLを始めた頃ですね。
最初に借りた土地だとか、最初にランチオフした人だとか、
当時働いていたミッドタウンだとか。
そういうあれこれがごっちゃになった雰囲気の手触りを思い出します。
うむ。あの頃は私もまだ31歳であったよ。
ごきげんよう、たいこです。
もう明後日になりますか、ラジオやります。
体験談を語る怪談ラジオ。
離婚をした27歳くらいから31歳くらいまでの期間、私の周りには常に心霊現象みたいなものがつきまとっていまして。
なんだか異常な時期だったと今にして思う。
その頃に体験したあれやこれやをお話できたらいいなと思います。
怪談話は、話している人が一番怖いもんだと思います。あ、自分の体験談に限った話。
他の誰かの体験談を語るのはさほど怖くない。
毎年、怪談話をするたびに「ああ、なんで話しちゃったんだろう」って思う瞬間があります。
そのくらい怖い。私が怖い。
そしてああいう暮らしをしてきた割に、今がなんと平和なことかと安心したりもするのですw
当時は、のほほんと暮らしたいと思いつつ、そんな未来が来ることなんて本当に信じられなかったのですw
毎日のように心のなかは大きな小さな嵐の中に浮かんでいる小舟みたいな状態で、
自分で自分の感情すら制御できず、かといって周りに迷惑を掛けるわけにも行かず。
昨日読んだ2011年星占いに、「これまでの7年は無理やり自分を変化させるようなしんどい思いをしてきた人もいるでしょう」って書いてあって、私は星占いをここまで納得して読んだのは初めてだなぁと思ったのでした。
怪談話は、本当に大変だったと今だから思える大変だった頃のことを思い出すきっかけになったり、
それゆえ今の自分の安定っぷりを自画自賛する材料になったり、
あの頃の恐怖を思い出しては「よくぞ無事だった」と思ってみたり、
大きく方向転換した30歳前後から、今までの緩やかな変化に思いを馳せたり、
怪談ひとつでなんとまあ忙しい心境のくるくる。
本当は腹をくくる話を書こうと、昨日の夕方に思っていたんだけれど全然書けないなこりゃ。
今日、まだ腹をくくる話について書く気満々だったら、今晩にでも書こう。そうしよう。

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カテゴリー: 日記

どうも俺は長く生きてけないような気がするから 2011-08-15

大好きだよ君が 初めてさぁ言うが
僕の歌を総て 君にやるよ
どうも俺は 長く生きてけないような
気がするから だから総てやるよ
(僕の歌を総て君にやる/筋肉少女帯)

「俺長生きできないような気がする」
っていう言葉が大嫌いですが、たまに彼氏が言うくらいなら許してやろうと思う乙女(35歳)です。
こんばんはこんばんは。
生まれてはじめて付き合った人は、本当にこの人死んじゃうんじゃないだろうかって思うくらい
具合の悪そうな人でした。
持病持ってたんですけれどね。
体を疲れさせると面白いくらいに体のあちこちに症状が出てしまうので、
それでもなお無理をする彼氏を見て、なんかもう心配がマッハって感じだったのを覚えています。
なんだかんだ病持ちの人と縁があるようで、それ以降もいろんな病気やら何やらを目の当たりにしてきました。
からだの病、心の病。
でも私の知る限り、過去縁のあった方が亡くなったという話は聞いていないのできっと生きているのでしょう。
少なからず縁のあった方たちなので、出来れば幸せにしていてほしいなと願っております。
いっときはものすごく近いところにいた人たちなのに、
恋愛関係になってしまうと終わったあとでなかったことにせざるを得ないのは、
なんだか寂しいなぁ、と思うんだけれども、
そういうふうにしかおわらせられなかった自分の未熟さということなのかもしれないです。ハイ。
昨日は昼過ぎに、かれこれ9年近い付き合いになる友人に呼び出されました。
コミケ帰りだったようで、汗だくのボロ雑巾のような姿で待ち合わせ場所に現れた友人。
コミケに行く習慣などない友人なので、ちょっと不思議に思ったのですが、
どうも彼の作ったものをコミック化して売っている方がいらっしゃったようで。
その挨拶がてらコミケまで赴いたということでした。
うむ。納得。
私が芝居の話の出来る数少ない友人でして、彼自身も過去、劇団をつくってお芝居をやっておりました。
一度だけ彼の劇団のお芝居を観に行ったことがあるのだけれど、
「これでチケット1000円は安すぎる!」
と言わざるを得ない、出来栄えのよい舞台でございました。
面白いこと、笑わせることだけで頭がいっぱい、みたいな人なのですが、
優秀なのに欲がないのが非常に残念でござる。
原作提供という形だけでの参加をひどく悔いている様子で、次回からはがっつり製作に加わるとのこと。
きっと次回から出る本は、別物ってくらい面白いものになっているに違いない。


表現を提供し続けている彼と話していて思ったこと。
大切なのは、客席の立場に立って自分の作品を観るスキル。
それは観察力であり、それを補う想像力である。
そのまま突き詰めれば、それは思いやりになるような気がする。
表現をする人は、表現をする自分自身に対しては熱くいなければならず、
同時に熱くなっている自分自身を客目線から、かなり冷静に正確に把握していなければならない。
やりたいものをやりたいようにやりっぱなしでは、そんなもの表現でもなんでもなく
ただのオナニー行為であると思う。
他人のオナニーを見せられて喜ぶ人間はあまりいない。
ましてお金を払って見たいと思う人はいない。
彼らは楽しませてもらいにやってくるのだから。
そういうことがしたいならば、チケット代なんてとらなきゃいい。
なんてことを思う背景には、自分自身が芝居でお金を取ってきてなお、そこに至らなかったことに対する反省と、
件の彼から最近の劇団事情をちらちらと聞いたりしたから。
私は12年芝居を観ることから離れていたのだけれど、
12年前と今との演劇事情・劇団事情がまるで変わっていないという事実がある。
これは、私の10歳くらい上の演劇人たちが特別優秀な人材いっぱいだったのか、
どんどんダメになっていってるのかわからないのだけれど、
12年前に最前線にいた人たちが、今も最前線にいるってなんか演劇、ちょっとやばくないか?なのです。
とはいえ、私も安全なところしか観てきていないので、もっとたくさん勢いのある若手劇団がいるのかもしれない。
こないだ観た鹿殺しは本当に面白かった。
他にも沢山あのくらい面白い、中堅劇団がいるといいなーと思ったりしたのでした。
演劇の話になってしまったけれど、ホラーナイトも幕末お化け屋敷も、
これらのスタンスは同じなわけです。
本当に、お客さんの立場に立ってストレスのないように何かをつくるってすごく難しいことなんだよね。
ホラーナイトはどうやら来年も開催される予定らしいので、
今年の反省点を活かして、今年以上のお化け屋敷が作れたらいいなぁ。
って、まだまだ終わりません。ホラーナイト。
まだあと半月ありますので、まだの方はぜひ遊びにきてくださいね。
「SLでこんなことできるんだー」
っていう驚きを持ってくれたらこんなに嬉しいことはないです。

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カテゴリー: 日記