大好きだよ君が 初めてさぁ言うが
僕の歌を総て 君にやるよ
どうも俺は 長く生きてけないような
気がするから だから総てやるよ
(僕の歌を総て君にやる/筋肉少女帯)
「俺長生きできないような気がする」
っていう言葉が大嫌いですが、たまに彼氏が言うくらいなら許してやろうと思う乙女(35歳)です。
こんばんはこんばんは。
生まれてはじめて付き合った人は、本当にこの人死んじゃうんじゃないだろうかって思うくらい
具合の悪そうな人でした。
持病持ってたんですけれどね。
体を疲れさせると面白いくらいに体のあちこちに症状が出てしまうので、
それでもなお無理をする彼氏を見て、なんかもう心配がマッハって感じだったのを覚えています。
なんだかんだ病持ちの人と縁があるようで、それ以降もいろんな病気やら何やらを目の当たりにしてきました。
からだの病、心の病。
でも私の知る限り、過去縁のあった方が亡くなったという話は聞いていないのできっと生きているのでしょう。
少なからず縁のあった方たちなので、出来れば幸せにしていてほしいなと願っております。
いっときはものすごく近いところにいた人たちなのに、
恋愛関係になってしまうと終わったあとでなかったことにせざるを得ないのは、
なんだか寂しいなぁ、と思うんだけれども、
そういうふうにしかおわらせられなかった自分の未熟さということなのかもしれないです。ハイ。
昨日は昼過ぎに、かれこれ9年近い付き合いになる友人に呼び出されました。
コミケ帰りだったようで、汗だくのボロ雑巾のような姿で待ち合わせ場所に現れた友人。
コミケに行く習慣などない友人なので、ちょっと不思議に思ったのですが、
どうも彼の作ったものをコミック化して売っている方がいらっしゃったようで。
その挨拶がてらコミケまで赴いたということでした。
うむ。納得。
私が芝居の話の出来る数少ない友人でして、彼自身も過去、劇団をつくってお芝居をやっておりました。
一度だけ彼の劇団のお芝居を観に行ったことがあるのだけれど、
「これでチケット1000円は安すぎる!」
と言わざるを得ない、出来栄えのよい舞台でございました。
面白いこと、笑わせることだけで頭がいっぱい、みたいな人なのですが、
優秀なのに欲がないのが非常に残念でござる。
原作提供という形だけでの参加をひどく悔いている様子で、次回からはがっつり製作に加わるとのこと。
きっと次回から出る本は、別物ってくらい面白いものになっているに違いない。
表現を提供し続けている彼と話していて思ったこと。
大切なのは、客席の立場に立って自分の作品を観るスキル。
それは観察力であり、それを補う想像力である。
そのまま突き詰めれば、それは思いやりになるような気がする。
表現をする人は、表現をする自分自身に対しては熱くいなければならず、
同時に熱くなっている自分自身を客目線から、かなり冷静に正確に把握していなければならない。
やりたいものをやりたいようにやりっぱなしでは、そんなもの表現でもなんでもなく
ただのオナニー行為であると思う。
他人のオナニーを見せられて喜ぶ人間はあまりいない。
ましてお金を払って見たいと思う人はいない。
彼らは楽しませてもらいにやってくるのだから。
そういうことがしたいならば、チケット代なんてとらなきゃいい。
なんてことを思う背景には、自分自身が芝居でお金を取ってきてなお、そこに至らなかったことに対する反省と、
件の彼から最近の劇団事情をちらちらと聞いたりしたから。
私は12年芝居を観ることから離れていたのだけれど、
12年前と今との演劇事情・劇団事情がまるで変わっていないという事実がある。
これは、私の10歳くらい上の演劇人たちが特別優秀な人材いっぱいだったのか、
どんどんダメになっていってるのかわからないのだけれど、
12年前に最前線にいた人たちが、今も最前線にいるってなんか演劇、ちょっとやばくないか?なのです。
とはいえ、私も安全なところしか観てきていないので、もっとたくさん勢いのある若手劇団がいるのかもしれない。
こないだ観た鹿殺しは本当に面白かった。
他にも沢山あのくらい面白い、中堅劇団がいるといいなーと思ったりしたのでした。
演劇の話になってしまったけれど、ホラーナイトも幕末お化け屋敷も、
これらのスタンスは同じなわけです。
本当に、お客さんの立場に立ってストレスのないように何かをつくるってすごく難しいことなんだよね。
ホラーナイトはどうやら来年も開催される予定らしいので、
今年の反省点を活かして、今年以上のお化け屋敷が作れたらいいなぁ。
って、まだまだ終わりません。ホラーナイト。
まだあと半月ありますので、まだの方はぜひ遊びにきてくださいね。
「SLでこんなことできるんだー」
っていう驚きを持ってくれたらこんなに嬉しいことはないです。