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羽化した後は羽を伸ばすものです。

本当に周囲の手助けのおかげで今の自分があるのです、私の場合。
本当に色々な人に少しずつ助けてもらっていて、私という人間が支えられている。

その支えが少しずつ少しずつ、軽くなっていっている。
ひとりにずっしり、だった支えは、沢山の人に分散されて軽くなっている。
総量としての支えの力も少しずつ軽くなっている。

そのぶん自分で立っているということだ。

私の頭の上で微笑んでいる運命の采配の神様は、どうやら粋なはからいをしてくれている。
その時でない時期に誰かと私を会わせ、その繋がりの結果としての今があったりする。

あの日眠れなかったのも。
あの日なんとなくそこにいたのも。
あの日なんとなく話しこんだのも。

全てに意味があるように思えてくるから不思議だ。

そしてひとつの予感がある。

また色々と転換する時期なのではないかなという予感。

大きなおおかたの道筋は、もう転換に向けて動いている。
そして私はおそらく、そこで何かを産み出した。
たとえて言うなら、今は後産の状態なのだろう。

だから、細かく細かく、わずかな、けれども重大な変化がちょこちょこと起きつつある。

さて私は。
どの目を振ってどの目に乗るべきなのか。
冷静に考えた時、答えはもう出かけていることに気づく。
けれどその答えは、星の数ほどある可能性のたったひとつでしかないということ。
私の出しかけている答えの他にも正解は無数にある。

どの目を私が歩むべきかは、私が決めることでもあり私が決められないことでもある。
しかし、星の数ほどもある可能性のたったひとつを私は選ばなければならない。
宿命の流れ方で、乗れる船も時期も限られてしまうけれど、それはまた意味のあることなのだろう。

そして、やっぱり私は誰かに助けられて、その道の手を引いてもらっている。
手を引いている段階はもう過ぎたか。
遠くからなんとなく行く先を照らしてもらっている、程度の事をしてもらっている。

さて、羽化したチョウチョは羽根を広げる時間が必要です。」
羽根を伸ばしてピーンシャンとした時に、私は一体何を見ているのでしょう。
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