サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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微笑む人と夢で出会い ふり向いて まだ笑ってくれてたら 手を振れよ あがなうな 2012-05-16

ロコ!思うままに生きてごらんよ
腕はからませてもいいさ
涙こぼれても 傷つく時にも
いいことしかないさ
(ロコ!思うままに/特撮)

同名の小説も出ているくらい、オーケン自身もお気に入りのこの曲。
私には非常に思い入れの強い曲でもあります。
悩んで悩んで凹んで落ち込んでいた長いしんどかった時代の終わりに、
「あ、生きてて四面楚歌ってないな」とか「八方塞がりってないな」とかって思った事がありまして。
そうやって思ったタイミングでこの曲が発表されたのです。
ああ、私が思ったことと同じ事だ!!ってなった。
そんなこんなで大好き。
ちなみに小説は短編集ですが、この小説も私は好きです。
オーケンのマイノリティへの視線は、とても優しくて、
人とちがってしまうことや集団からはずれてしまうことの切なさやらかなしさを、
「わかってるよ。大丈夫だよ」って認めて掬いあげてる感じがするのです。
ごきげんよう、たいこです。
お仕事がちらほらと忙しいです。
そういう時期だから仕方ない。
仕事することは嫌いですが、仕事そのものが嫌いかと問われると、それはそうでもない。
私は通勤が嫌いなのだ。
昨日は久しぶりにがっつり残業しましたが、定時で帰る日よりも残業してる日のほうが仕事に集中できたりするのはなぜなのでしょう。
暇で定時待ちしている時のやる気のなさっぷりがひどいと我ながら思います。
「あなたの仕事に対するモチベーションってどこにあるの?」
と聞かれました。
うん。そんなものはない。
その時その仕事が自分にとって楽しいか否かでしかそんなもの発揮しない。
「じゃあ、あなたにとって仕事ってどんなもん?」
と聞かれました。
お金を稼ぐため以外のなにものでもない。
お金を稼ぐ必要性がなければ、私は今だってエクセルは使えないだろうし、
Windowsの便利ショートカットも1個も知らないままだったに違いない。
そういう事を覚えられたのは仕事のおかげだけれど、でも私にとって今のところ、
仕事っていうのはお金を稼ぐ手段でしかないのです。
その人はすごくよく仕事をする人で、会社でもみんなから頼りにされている。
休みだろうがなんだろうが関係なく連絡はくるし、必要があれば定時の2時間も前から出勤していたりする。
自分にとって仕事のモチベーションってなんなんだろう、と、考えてしまったらしい。
私は仕事に対してそこまで思いいれたり頑張った記憶がまるでないので、
ある意味尊敬してしまうのですが。
完璧主義で、人に仕事を任せきる事ができず、能力もあるのでどの仕事も全部自分で抱えてしまって
気づくとものすごい量の仕事を前にマッハのスピードでクルクル動いている彼女は、
私とはその辺が正反対である。
私は自分でもどうかと思うくらいいい加減だし、人に任せて「そうじゃねえ」と思っても
形になっていればそれでいいやーって流してしまうし、何か思うところがあっても、
それが直接自分の身に振りかかることでなければ、口をだすことはしない。
基本自分のパートの仕事がやりやすければそれでいい。
職場に求めることは働きやすい環境でしかないし、
それは、職場が暑いとか寒いとか狭いとか広いとかそういうことではなく
仕事を通じて関わる人間関係の事だったりする。
きっとそういうんじゃない仕事の仕方ってあるよなぁ。と思い始めたのが年末です。
お金を稼ぐ手段だけではない仕事の位置づけ。
自分にとっての仕事をそういうふうにしたい。って思ったんだったなと、
そんな話を聞いて思い出しました。
今の仕事はとにかくエクセルを使う仕事で、
とにかく数字にまみれた仕事で、
そういう仕事をしている私のことを、「理系だ」と思っている人が少なからずいるようです。職場に。
私ほど文系な人間はいないのにーーーー。
文系だけど生活のために数字をごちゃごちゃいじってるんだ!
と、言っても信じてもらえなかった。
文系な人間が脳内お花畑で遊ぶはずないのだ。
本来は白も黒も赤も青も全部ぐちゃっとしたままでいいような人なのです。
どこからどこまでを白のグループにいれて、どこからどこまでを黒のグループに入れるの?っていう
その線引きはどこにあるの?っていう
それならその色はそのままでいいじゃないか。という。
白黒はっきりつけちゃうぜ!なんてまるで思えない!
理系でどSとか、よく思われがちな人物像ですが自分で思っている自分像はその正反対なわけで。
しかしそう見えるというなら、そういう面も確かにあるのかもしれませんね。
……理系の面が?


ひとりでいるのはさみしいなあ。というさみしさと
求められてはいるけれど、求める方向が見当違いーっていうやるせなさと。
寂しいから誰か一緒にいてほしい、必要とされたいっていう気持ちはある。
だけど、必要とされたい感じと全然違う感じに必要とされると、心底うんざりしてしまう。
世の中には沢山の人がいて、恋人が欲しいなと思う人も沢山いて、
結婚したいなと思う人も沢山いるんだけれど、
「私もあなたも恋愛したいのね。じゃあ私達で恋愛しましょう。」
という風には出来ないのが恋愛だったり結婚だったりだろう。と思う。
しかし世の中にはそんな風に恋愛する人が思ったより沢山いるみたいだ。
うーむ。
そういう感じで恋愛すると、消耗することにしかならない気がする。
でもそれで満たされる人もいるのが事実なんだなぁ。なんてことを考えつつ。
こういうものに対する思い方、考え方は人それぞれ。
自分で思っている以上に、そっち方面では融通きかない自分を発見したのでした。


考えすぎるとろくなことがないっていうのは間違いだと思う。
考えて考えて煮詰めて煮詰めないと生み出せない事柄は沢山ある。
良くない方向に考えてしまうことも含めて、やっぱり考えることは必要だと思う。
きちんと考えれば、良くない方向に突っ走る思考がおかしいってことにも気づくよ。
そういう時は大抵、本当はもうとっくに見えている結論が自分の気に入らないからそうなってるんだ。
きっとこれはこういうことだけれど、それを受け入れると自分がとっても可哀想。だとか、
ちょっと耐えられそうにない。だとか。
堂々巡りをして、そういうことに気づくのはやっぱり考えるからだと思う。
飲み込まないと先に進めない事柄はある。
頭でわかってても気持ちで納得するのが大変だというようなことも。
でもそれが頭でわかっていれば、心の負担は随分軽くなるような気がする。
きちんと考えていれば、一時の気の迷いに流される確率はすごく低くなる。
結果的にそれが自分を救うんだと思う。
感情にばかり流されては自分の身は持たない。
これは強いっていうことでなく、自分の感情を予め、できるだけコントロールするための手段だ。
強くなる必要はないかもしれないけれど、賢くなる必要はあるきがする。
せっかく考える頭を持って生まれたニンゲンなのだから、あるものは使ったほうがいいよね。

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