ここに今ぼくがいないこと誰も知らなくて
そっと教えてあげたっくてきみを待っている
(電車かもしれない/たま)
youtubeの動画がとても有名な(って私の周囲だけだろうか…)この曲ですが、
カラオケに入っていません。入れろ!
PVじゃないです。でもすごく素敵な動画です。
なんでこんなに知久寿焼のかく詞が好きなんだろう、アングラ臭のせいかしら、と思っていたんだけれど、
最近、この人が死についてばかり描いているからだと思いました。
劇的な死じゃなくて、死の瞬間じゃなくて、もうすでに死んでることを歌ってる。
死んじゃってるよ、とは言わないんだけど、聞いてたら「これ死んでるねー」ってなる。
それも死に絶えてる感じがする。
私は人がみんな死んじゃうとか、必死で死なないように頑張らないと死んじゃうとか、
そういうのがとても怖い。
かなしくて怖いから、戦争映画とか、戦場を扱うものが得意じゃない。
ひとが沢山のひとを殺す、殺しあうっていう状況が怖い。
理屈じゃなくて、心の奥のほうの自分ではわからないところから沸き上がってくる恐怖なのです。
かなしくてさみしくて、だから怖い。
この感じを上手に説明することができないのですが。
でも、身内が死んじゃうかもしれないとか死んじゃった時にも同じ感じがしたから、
怖いっていうよりかなしいとか寂しい気持ちなのかもしれない。
そのうまーく言葉に出来ない雰囲気を、知久寿焼は歌う。
だからきっと好きなんだと思う。
ごきげんよう、たいこです。
昨日は非常に体調が不良でございまして、
工事が来たと思ったら、娘から風邪をもらったよ。。。っていう。
そんなこんなで昨日はお仕事をお休みしようとしたのですが、
どうしても当日やらねばならない仕事が発生したので3時間だけ働いて来ました。
いやあ、しんどかった。
職場に行けばいろいろな仕事を頼まれてしまうのでですね、
結局やることは全部やって帰って来ました。
工事中は注意力が普段以上に散漫になってしまうので、複雑なお仕事は絶対に出来ない。
さて、昨日は午前中に思い立って、Your SL Evolutionってのをやってみました。
自分のSLでのアバターの変遷を1枚の画像にしてみようっていう試み。
私2007年からSLやっていまして、今5年目なんですね。
いやあ・・・SLの時代の流れも、自分自身の時代の流れも感じる逸品となりました。

4年って結構な長さの時間で、当時保育園児だった末っ子が今は小学校3年生だったりするわけです。
当時3年生だった長男は中学生になってしまっている。
おとなだってそれなりに変わるわけで、私は仕事が変わったし、彼氏も2回くらい変わったし、
今彼氏いないし!出てこい王子!
で。
2007年のSSには2007年の人間関係がにじみ出ていて、それはどの時も一緒。
2007年から今までのSSにずーっと映っている人は、実は1人しかいません。
私はRLや他サイトの繋がりから一緒にいる人達とSLで遊んでいた傾向が強いので、
今はSSに映らない人=縁の切れている人ではないのですけれど。
でも確実に縁の切れている、昔は仲のよかった人って思ってたよりたくさんいたわけですよ。
なんかなぁ、、いろいろ考えちゃった。
わかりやすく「今日から会わない!」みたいに離れた人も、
徐々に疎遠になった人もいるんだけれど
なんかなぁ、やっぱりそこはかとない寂しさは感じます。
先のことなんて分からないけれど、今現在付き合っている人たちに対して、
いつかこの人達と遊ぶことがなくなるなんてことは考えません。
いつか遊ばなくなるなんて考えもしないで遊んでいる、今は遊ばなくなった人たちの姿って
結構ぐっと来るものがありました。
まー私そんなことを30年近く繰り返してるんだけれど。
10年20年続く友達がいないことは、やっぱり少し不安になるところであります。
本当は、そういう友達が1人くらいいればいいんだろうなぁ。と思うのです。
続くだろうなぁと思って深い付き合いをしていた友達は、数年くらいのサイクルで、
大問題を起こして去っていく。
私が悪いのか、相手が悪いのか、そういうことを考えてしまうと落ち込むので、
縁がなかったと思うことにしていますが、
こうして数年の流れを一度に追いかけるような機会に遭遇すると嫌でも考えてしまう。
絶対自分にも原因があるだろ、と。
自分の意思を現さないっていうのは、信用していないってことになるんだろうか。
遠慮しているくらいが丁度いいこの感じは、人によっては「信用されてない」って事になるんだろうか。
相手の思う自分との距離感と、自分でとっている距離感がずれるのはよくあること。
距離感を測るのが下手なので、相手の距離感に合わせる戦法で人付き合いをしている私です。
だってさー、人によって居心地の良い距離感って全然違うんだもん。
だから相手のいいようにしているのだけれど。
それがしやすいように振舞っているつもりなんだけれど。
そういうことがうまく出来てないかなぁと思う出来事がいくつか続きまして、
うーん。。。と考えこんでしまっています。
確かに自分と同じように人と付き合う人に対しては、距離の置き方すごく難しくなる。
もうちょっと踏み込めるかな?と思っても、踏み込んだりすることがめったにないから踏み込みづらいという。
あれか。少し踏み込んで斬り込むことも覚えなさいってことか。
むーずーかーしーいー。
自分の気持や思惑は相手に伝わらない。
そういうものがきっちり伝わることはまずない。
だいたい何割かの誤解と共に伝わる。
それは当たり前だし、だから理解されないって地団駄踏むこともない。
でも時に、その何割かの誤解のせいで縁が切れてしまうことがある。
それすらも仕方がない事なのかもしれない。そうじゃないのかもしれない。
ただ、自分から縁を切ることも出来ればしたくないし、
誰かから縁を切られるのもとっても悲しいこと。
徐々に疎遠になっていくのも、じわじわと悲しいこと。
過去に深い付き合いのあった人で、「嫌う」という感情が芽生えている人はひとりだけです。
そうじゃない人たちに対して、私は今でも好きだし、また機会があれば仲良くしたいなと思うのです。
この気持は主に、「せっかくそこまでの関係になったのにもったいない」という、
もったいない精神から来ています。
人によっては「器が大きいね」って評価してくれますが、それはきっと勘違いです。
昔あった事にいつまでもこだわることのほうがエネルギーを使うのです。
昔は昔、今は今って考えたほうがいろいろとお買い得なのです。
昔はこうだった、今は違う。
それでいいと思うのです。
再び付き合うようになって、やっぱり「昔も今もこうだね」ってなってしまったら、
それはその時に考えればいいことで、「昔も今もこうだけど、今の私には無問題」って事だってある。
このくらい緩く人付き合いしたいんだけどなぁ。
緊張感も何もない。
緊張感がないのは人をダメにする気がしなくもないですが、
無理に持とうとしなくたっていつでもそれなりの緊張感ってぺったり張り付いてるものだから、
きっとそんなに問題じゃない。
そしてさっきから、iPodの更新が失敗し続けています。
なんなのもう!ばか!
曲の更新ができないじゃないの!