サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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神様を信じる強さを僕に 2013-03-13

生きることを諦めてしまわぬように
賑やかな場所でかかり続ける音楽に
僕はずっと耳を傾けている
(天使たちのシーン/小沢健二)

さて、書かねば書かねばと思っている間に3月10日も11日もすぎてしまいました。
私の中では10日というより9日っていう意識のが強いのですけれども。
東京の下町で育った子どもたちは、きっと広島や長崎よりも身近にそして色々と叩きこまれているんじゃないかなあと思います。私もそんな東京の下町で育った子供でありました。
東京大空襲。
3月になれば近所のおじいさんやおばあさんがやってきて体験談を語ったり、
そういうおじいさんやおばあさんに話を聞いて、子どもたちでOHPを使って発表をしたり。
私は戦争が苦手です。
今日元気に挨拶した人が、昨日楽しく遊んだ友だちが、一瞬で死んでしまうような、
当然自分だっていつ死ぬかわからないような、安全地帯がどこにもないあの感覚がとても苦手です。
なので戦争ゲームも戦争映画もあまり得意ではありません。
守られる側にいた子供時代から、自分が守る側になった今の自分にとっても、
そういう状況は本当に、心の底から、来ないでほしいなあと思っています。
一瞬で死んでしまうならまだいい、と思う。
自分でもなんだかよくわからないままに死んでしまう…のは当然嫌だけれど、
それでも死ぬまで何日も苦しみ続けてじわじわと死んでいくのは本当に怖い。
指の先をちょっとやけどしただけだってすごく痛いのに。
焼け死ぬなんて想像したくもない苦しさだと思うのです。
そして、そんな風に死んだ人で溢れかえった当時の東京、下町。
そんな風にたくさんの人が自分の暮らしている場所で亡くなったのだっていうことは、
出来れば忘れずにいたほうがいいと思ったりするのです。
2年前の11日。やはり東京で育った子どもたちは、嫌っていうほど地震の恐ろしさを叩きこまれて成長します。
東京大空襲よりもっと前の、東京大震災。
この時もやっぱり東京は火の海になったのですよね。
そしてやっぱりひどく被災したのは東京の下町だったりするのです。
下町の子供は、大空襲と大震災の話を繰り返し繰り返し聞かされて育ちました。
2年前のあの震災の時にとっさに脳裏をよぎったのは、やっぱりそういう恐ろしい話の数々だったりします。
復興復興、この言葉をこの2年で何度聞いたんだろうと思う。
東京の異常事態なムードは、あの年の夏を境にして徐々に薄れていったように思う。
明らかに何かが変わったのは間違いがないのだけれど、もうあの地震の前には絶対に戻れないのだけれど、
それでも私たちは日々を変わらず過ごしている。
当然東北の各地ではまだまだ今までどおりの暮らしが出来ない人がたくさんいて、
先の見えない不安や恐怖はまだまだ消えないのだと思います。
あまりに大きな事ゆえ、うまく想像もできない。
決定的に違ってしまった今の暮らしの中で、それでも2年前以前の生活が唐突に目の前に現れたらきっとそれだって違和感満載なんだろうと思うのです。今いる現状も腰のすわりが悪く、過去にも違和感がつきまとう。
こういう感じが、本当に根本から変わってゆくということなのだと思います。
まだまだ大きく変わりそうな世の中ではありますが、その大きな変化に飲み込まれてしまわぬよう、できるだけ自分の足で踏ん張って立っていけるように私はきっと必死になっている。
ごきげんよう、たいこです。
日曜日に映画を観て来ました。情報公開してからずーっと楽しみに待っていた「ジャンゴ」。
私はタランティーノが大好きなのです。
全開はナチスをボッコボコにするアメリカの兵隊さんのお話でしたが、今回は南北戦争の頃に起きた黒人奴隷の復讐話。
いやあ、素晴らしかった。
イングロリアス・バスターズでランダ役をやったあの素敵なおじさまが、今回は奴隷を仲間にして飄々と生きる賞金稼ぎの役を。
前作との役柄の差がありすぎて、冒頭3分くらい戸惑いました、が、やっぱりあの人すごい。
あの人が長台詞をしゃべるシーンでついうっとりしてしまったり。
相変わらず様々な映画のオマージュいっぱいの映画なようですが、特技が映画や小説の内容を忘れる、とかなのでよくわからないまま。しかしそんなものがなくてもあの映画は面白い。
若干グロな場面もありますが、全体としては非常に楽しめるものとなっております。
まだ行ってないけど興味津々!という方はぜひ映画館に行ってみてくださいね。


SL方面。
3月の予定は1日からがガチャ祭り、15日からと19日からそれぞれハント開始というなかなかに賑やかな月ですが、
そのどれもがなんとなく準備完了。
きぐるみにダンスさせたら可愛すぎて、それが嵩じてショウダンスすることになったりしています。
楽しいことするのはよい。本当に楽しい。
昔は皆でわいわいするのが好きだったのだけれど、気づけばそういうのから敢えて遠ざかろうとしてる自分がいる。
SLでも2,3人で静かにじっくり話している方が好きみたいです。
相手が好きで欲しくてたまらないのか、その人じゃないとだめなのか、
そうじゃなくて、だれでもよくてたまたま目の前にいたのが私なのか。
球体の蛇の感想文にも書いたけれど、そんな気持ちの本当のところなんて誰にもわからない。
私は球体の外側から見えるその人とその人の核たる部分を想像力と経験値で推測して判断するしかない。
信じることは大切だし尊い事だけれど、やっぱり、自分の信じるあの人像みたいなものは、
自分なりのあの人像ではないのだよなあ。と当たり前だけれど当たり前すぎて気づかないことに気づく。
さて、来週になれば誕生日が来ます。
肉体は時間に逆らえず、日に日に老朽化していっておりますが、
それでも誕生日ってのは特別な日でございます。
去年1年の反省と今後1年に向ける思いと。
できるだけ穏やかに笑って暮らしていきたいなと思う所存。

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