サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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浮かれた街にゃ 幾千万の嘘の花 だけどお前ただひとり 2014-09-23

一度だけよと許したら 限度知らない調子者 お互い様ねと笑っちゃおう
仏の顔も三度まで 昔の人はいうけれど 大ボケ野郎を許してね
言葉なんかじゃないのさ 
瞳の奥にゃ幾億万のきらら星 
きっとお前見つめている
(仏の顔もIt’s All Right! / 上々颱風)

上々颱風の颱風がどうしても変換できません。Google入力を使っているので予測変換で出てきてくれます。
昔からの友達に、「上々颱風ってこんな曲歌ってたの」とびっくりされたのはついこの間。
「たいこが聞いてるからコミックバンドかと思ってた」って私にも上々颱風にも失礼なことを言われました。
私コミックバンド好きだっけな……と考えて思い当たった。板尾とかダウンタウンとか聴いてたからか!
あれバンドじゃないしミュージシャン枠でもないじゃないか!
というわけで、沖縄沖縄した上々颱風。だいぶ昔の曲ばかりですが、何枚かアルバムを持っています。
なかなか素敵な曲を歌うバンドですが、この歳になるとこの高音がなかなかでません。聞いてて気持ちのいい高音なのですけれどね。
ごきげんよう、たいこです。
2日休んで1日仕事して1日休みという飛び石連休。飛び石連休って全然連休じゃないと思う。
週休2日に慣れてしまったこの体には、1日のおやすみってすごく短く感じます。
私と同年代の人たちは学校は土曜日もあったものだと思うのですが、私の通っていた高校は週休2日だったため、15歳の頃から週休2日が当たり前になっている。とはいえ、あの頃はアホのようにバイトをしていたので、土日は大抵働いていました。あの頃なんであんなに働けたんだろう。若かったのか。本当に社会人になったら土日なんて是が非でも休みたいものであったというのに。。そしてそれは今も変わらない。私は仕事が嫌いなので、できれば週休4日くらいがいいと思っているというのに。1日12時間くらいの労働でいい。3日で済ませたい。
 好きなことを仕事にできるのは幸せなことですが、仕事にしてしまうと楽しさが減ってしまうのもまた事実。しかしやっぱり、好きなことを仕事にできるのは幸せなことなのだと思う。私は仕事はお金を稼ぐ手段以上の価値が見いだせない人なので、どうせしなければならない仕事ならできるだけ楽しく!という思いはあるものの、必要以上に頑張ったりはできません。故に正社員なんかになってしまったら、仕事に取られる自分のキャパに思いを馳せては切なくなるだろうなと思ったりするのでした。面白い仕事に巡りあえていないだけかもしれないけれどね。
 じゃあ私の生きがいってなんなんだろうと思うと、深くくらい穴の底に沈んで行きそうになるので考えないことにして……とはいえ、趣味を楽しんでいられれば楽しく生きられてしまう気がしなくもないです。私の趣味はフィクションのお話を堪能すること。なので、映画でも芝居でもアニメでもドラマでも小説でもゲームでもなんでもよいのです。フィクションの世界が楽しめれば。私にとってはSLもフィクションのひとつ。こんなになんでも自分の思った通りのものを作れるようなツール、他にはない。大人のおままごと、SL。なんだか現実逃避しまくって生きている気がする。間違っちゃいないけれども。
 私のこのフィクションに逃げ込む感じは子供の頃からです。小学生の頃は主に小説で。中学に入るか入らないかくらいでレンタルビデオというものが誕生し、母がそれにのめり込んだのをきっかけに私も一緒に洋画の世界へ。ハリウッドは素晴らしい。いつの間にかお芝居を観るようになり、気づけば趣味は読書・映画・芝居って感じになっていました。RPGのコスパの良さは異常だなあ、と気づいたのは専業主婦だった頃です。専業主婦にはすごくたくさん時間がある。私はドラクエを2~8だか9くらいまで遊んでいますが、やりつくすほど遊び倒したのは専業主婦時代に遊んだ7だけです。7000円ほどの金額で300時間以上遊んだ気がします。お金のない貧乏結婚生活だったので、ゲームは本当によくやったなあ……。RPGやサウンドノベル、ホラーアドベンチャーばかりなのですけれどね。お話がないとどうものめり込めない。
 そう考えると、年齢ひと桁台の頃から何も変わってない気がするのですが。おそらくこれは死ぬまで変わらないんだろうなあと思ったりもします。星占いを勉強し始めて、自分のこの感じがそのままホロスコープに出ている事を知った時は思わず苦笑いしてお茶を濁したくなったりしたものです。今は開き直っている。


 ここのところ、Twitterで「ほぼ日刊ダメ人間」っていうブログの更新情報をちらほらと目にしていまして。家入一真氏のブログなのですけれど、今朝なんとなくリンクを踏んでみたのです。それまではずっと流していたのだけれど。たまたま読んだ記事がこれで、なんだかこの文章を読んで懐かしくなったのでした。ちょっと昔に自分がハマっていた感じと似たようなことが書いてある。私は、博愛みたいなものは、本当は誰にもやさしくないんじゃないかって考えた時期があるのです。
 世の中の皆が幸せであればいい、みたいな事を結構本気で考えていた時期があります。昔はもっともっと頻繁にたくさん文章を書いていました。あの時どうやって内容ひねり出してたんだろうって思うくらい、たくさん。ブログのような日記のような、なんかそういうところで書いていました。私は毎日のようにいろいろな人の悩みや愚痴を聞いていました。その一つ一つに同調しては自分の精神もやられて、でも、誰かに必要とされていることにすがっていたんだろうなあと今になれば思う。けれどある時、見ず知らずの人の話を聞いて時間を取られていることに不自然さを感じたのですね。私はおそらく、自分もそうやって優しくされたかった。愛されたかった。けれど、私には私のことを心から愛してくれている子どもたちがいたのですよね。皆を、というけれど、そうしたら私の子どもたちはものすごく飢えるんじゃないかと。よその子もうちの子も一緒、という考え方は一見美しいですが、一緒にされてしまった「うちの子」はそれでは可哀想じゃないかと。贔屓をすることに罪悪感があったのですけれど、そういうことに思い当たってからは、絶賛身内を贔屓するようになった気がします。
 自分のことを、良い所も悪いところも認めるってことは自分を愛するってことだと思っています。悪いところは受け止めなければ治りませんから。いやだいやだと避けているうちは自分のことを好きにもなれないし成長もしない。けれども、「もしかして自分開き直って楽してんじゃないの」っていう自問自答はずーっとつきまとうのです。だって自分のことを客観視することは難しい。苦手な分野ならば尚更。追い詰めすぎても自分を責めるだけになるのでうまくないですが、開き直る事もなかなかしんどくて。こう、弱った時にその開き直りが自分を責める材料になったり、将来的な不安の材料になったりするわけです。人って本当にめんどくさいですね。
 自分のことを外側から観ることは絶対にできません。いくら客観的になろうとしてもそれは無理です。それにはある種の鈍感さが必要で、こういうことで考えこんでしまう人はその鈍感さを持ちあわせていないことが多い気がします。だから、そういう時は自分の信頼の置ける人の意見を参考にすることにしています。今自分が外側からどう見えているのか。どう軌道修正するべきなのか、どう舵取りするべきなのか。当然、自分の内側っていうのは自分にしかわかりません。自分でもわからないところもたくさんです。けれど、私はできるだけ自分の内側から見ている自分像と外側から見える自分像の誤差を少なくしたいと思う。実際外側からどう見えているのかなんてわからないので、すごく不安なわけです。けれど、生きていかざるをえない。
 そうやって人と接することにびびりつつ、けれど他人との交流が欲しくて常におっかなびっくり生きています。ここでいう他人とは、自分にとっての大切にしたい自分以外の人たちというほどの意味です。世の中すべての人に対して、なんて考えたらきっと私は家から一歩も外に出られなくなる。それに世の中のすべての人に好かれるなんてこと、不可能ですからね。そんなこと、頭でわかっていても拒絶されたりすると傷つくのですよね。我ながら面倒な人だなあと思うのですけれど。
 こんな面倒な人誰が好き好んで……という気持ちも実はあります。しかしまた、この面倒なのも自分自身なのだから、やっぱり必死こいて生きていくしかないんだなあ。

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