サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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あなたが希望と認識している最後のものは、 本当は、絶望であるのかもしれない。 2014-02-19

そうだ。喜びに見えるものは悲しみで、
愛に見えるものは実は憎しみなのかもしれない。
しかしこの宇宙は闇ではない。逆に言えば、
私たちが孤独や苦しみと認識しているものは、本当は、
あたたかな、あたたかな午後の陽射しであるのかもしれないのだ。
猫かと思ってよく見りゃパン!しかし一斤、
まだ、まだ一斤もあるじゃないか。
(ケテルビー / 特撮)

紙袋に猫が入ってると思って近づいたら食パンだった。しかも一斤。
女だと思って抱いた女はよく見たらタニシだった。
という、不条理極まりない歌詞の最後にこの壮大な語りが来るケテルビー。
名曲ですが、これをタニシと猫と女とパンにたとえてしまうあたりが非常に大槻ケンヂらしくて好きです。
物事は観る側面によって悲劇にも喜劇にもなりうる。
絶望って嫌な響きだけれど、絶望のあとに湧いてくる希望ほど強いものもない。
というのはすごく良くわかります。
捉え方次第、切り口次第で、人生は辛くもなれば楽しくもなる。
願望や欲、執着といったものは、自分を成長させるうえでは絶対に必要なものなのですけれど、
使い方を間違えるとただただ自分を縛ってひたすら飢えと乾きとに耐えねばならなくなる。
楽観的過ぎても悲観的過ぎても、うまいこと生きられないものではあります。
大切なのはバランス。極端にどちらかに傾かないように、ふわふわしたものと自分の足元とを見つめて客観的に判断することは、大人としては絶対に必要な事なのだと思います。
ごきげんよう、たいこです。
昼間仕事をしていたら、次男の担任から電話がかかってきました。
ああ、来たな……と。半ば予測していた事態ではあります。
次男くんはいわゆる器用貧乏なタイプで、それなりに器用で、なんでもそこはかとなく形にすることは出来るのですが、こつこつと基礎の力を貯めることが苦手。
器用な分ずるいのですね。
しかし基礎力がないと何事も偽物にしかなれないわけで、
そういうものはこれから先、簡単に見破られて軽んじられる。
やりたくないものもやらねばならぬ、ということを心身に叩きこむ時期が来たのかなあ、なんて思っているのですが。
で、この次男君、今年に入ってから彼のダメなところが非常に目立っていまして。
学校はサボる、遅刻は常習、叱られても口先だけで謝って話を聞かないという、
非常にカワイクナイ状態になっております。
ついこの間、ブチ切れた私にさらっと脅されてから少し改善はしてきているのですけれど、
それでも遅刻はすごいのだよなあ。。。
今のうちからサボりぐせなんてついてしまったら、後々その10倍は苦労することになる。
このタイミングでなんとか持ち直して欲しいのですが、どうなることやら。
人間にはそれぞれ個性があって、子供だって例外ではない。
その人間にとって有効な叱り方、脅し方ってのはあると思う。
上から目線でガミガミ言う事は、思春期反抗期の子供にはあまり有効じゃないよなあ、と私は思っているので、
要所要所で五寸釘を刺すくらいの方向性で子育てをしています。
観察力の鋭い次男は親にとっては凶器です。
下手に喧嘩なんてしてしまったら、鋭くとがった言葉の刺身包丁でぐっさり刺されてしまうのです。
若いうちの正論は、容赦がないぶんすごく正しい。
正しいことだけが正解ではないのだよ、ということに気づくのはまだまだ遠い先のことだから、
今はそれでよいのですけれど、やっぱり叱る側としては刺されるのは怖かったりするのです。
いい感じになってくれるといいんだけどなあ。


お仕事復帰2日目。
繁忙期は21日からなので今は本来一番暇な時期なのだけれど、さすがに休みが長かった分だけのたまっている仕事はあるわけで。
定時には余裕で帰れるけれど集中してこなさねばならない仕事の量は確実に増えています。
そんなわけで、珍しく仕事をしている時間は仕事だけをしているような状態が続いています。
気が付くとお昼。
気が付くと終業時間。
いつもこのペースで仕事ができたらいいのになあ。


SL方面の話。
昨日と今日はたくさんたくさんお話をした気がします。
身代わりマリーはやっぱりみんなでワイワイには向かない店なんだなあと思ったり。
今日も静かにちょっと真面目な話をしてお開きになりました。
ワイワイと内容も意味もない会話のキャッチボールも楽しいものですが、
じっくりと腰を落ち着けてお話する感じのほうが性に合ってるんだなあ。とこれまた実感。
しかし既婚率結構高いと思うんですけれどこのゲーム。
今日お店に来たのは皆揃って独身でした。私も含めて。
SLとかネットの世界では、自分の容姿が実際はどういう感じなのかとかが全然わかりません。
それはそれで利点もたくさんあるのだろうけれど、
プレイヤーにとっては、現実逃避がすごくしやすい厄介なツールでもあります。
そういえば昔、私はパソコンのことを悪魔の箱って言ってたなあ。。。なんて懐かしいことも思いだしたり。
それでも取り繕うすがただけで周りを騙し続けてはいられないもので
実のないものは、すぐにその化けの皮が剥がれるものだとも思うのだよなあ。
まあ、そんなこんなでとりとめのない話をしながら、火曜日は終わったのでした。
まだ火曜日なんだよなあ。はあ、一週間ってなんでこんなに長いの。
おやすみしている時の一週間なんてあっという間なのに。
と、若干せつない気持ちになりながら、今日は寝ようと思います。

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