サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
Menu

カード一枚ひくように 決まるさだめがとてもこわい 2013-09-24

宇宙の片隅で めぐりあえた喜びは
うたかたでも 身をやつすの
朝陽のなかで 抱きしめて
形のない愛を 包み込んで
(朝陽の中で微笑んで / 松任谷由実)

何度も何度も今日の一曲にしてるこの曲。
本当に好きです。
Youtubeで検索したら、この曲も色々な方がカバーしているようです。
うん。。。わかる。
9月の三連休祭りも終わってしまって、残るのは仕事の小山だったりします。
小山で済んでて本当によかった。今日からまた忙しいのですが、今日は午前休です。
住宅の事務手続きです。これからです。
事務所の営業時間が毎週火曜日の10時~というすごい感じなので、今日を逃すと先がない。
朝ちょっと外に出たらびっくりするくらい涼しくなってる!
そうだよね。秋分だものね。
これからどんどこ涼しく寒くなっていくのですねえ。やだなあ。
1年が途方もなく長い時間だと思っていた時代が懐かしい。
年をとるごとに1年間が短くなるのは、自分の人生に於ける1年間の割合はどんどん少なくなっていくのだから
当然なのですが、本当に1年間、いつの間にこんなに短くなったんだろうって愕然とする気持ちでいっぱいだ!


最終回が終わったこのタイミングから半沢直樹を見始めています。なんだこれ面白いな!
ちょっと我慢したのは1話の前半部分のみ。そこからは続きが気になって仕方のない感じで飽きません。
これはちょっとまとめて観るのは危険なドラマだなあ。
つい先が気になって次々見てしまう。
んでまたキレた半沢がかっこいい。
普通に暮らしていて、思っていてもぐっと飲み込んでしまうような事柄を半沢直樹はぶちまける。
啖呵きって風呂敷広げて、きちんとその風呂敷回収してしまうのだから本当にカッコイイ。
もうファンタジーの領域だと思います。あんなにカッコイイ会社員。
香川照之の悪いやつっぷりも素晴らしい。この人悪い役本当に似合う。
なにげに小劇場系の俳優さんがたくさん出ているのも楽しい。
京橋支店の川原和久、手塚とおるなんてツボ。手塚とおるは本当にこういう役柄が多いなあ。。。
蟹工船の時みたいな素敵キャラでも出てくれないかな。。。
私がキャッキャしながら芝居を見ていた時代の舞台俳優さん、軒並みいいおっさんになってるって事でもあるんですが。
歳をとってから、テレビを見ながら母がつぶやいていたような事が実感として理解される。
私もいい歳だものなあ。


SLのお話。
8月8日にパートナーになっていたのをさくっと忘れている私ヒドイ。
だいぶ遅れたけれどSSだけ撮ろうー!って事で正装してSSを撮りました。
自宅の上に教会建てて。
この気軽さがSLのいいところだと思いますよ。本当に。
教会は去年ちょこっと波野家の本店にしていた建物。友達に作ってもらったものです。
あれから1年なんだけれども、彼は1年でびっくりするくらいスキルが上がったなあって思うのでした。
20130808
写真館っぽくしたけれど実は2人ともただ立ってるだけ。
不意打ちでSS撮ってやった。
どこか行きたいところとかやりたいことはないの?と聞かれて、話す事以外に答えられないダメな37歳。
RLでもその辺はインドアです。どこかに出かけても「落ち着いてゆっくり出来るところに行きたい」とか言い出してカラオケボックスやらネカフェに入り込んでしまう。友達と遊んでいても。
もう家でいいじゃんそれ。って話ですか。そうですね。自分でもそう思う。
こないだオープンした箱庭に遊びに行ってきました。
自分の作ったところでダラダラしていたらお客さんに遭遇。
なんかもうダラダラしててすみませんでした。
箱庭気に入ってくれて、たびたび散歩しに来てくれているそうです。
きっと蒼い巨人が聞いたら大喜びする。
フルSIMになってスケールが上がったというか、ふんだんにプリムを使えるようになった分ギュっと詰まった感じになった箱庭。皆様も是非遊びにいってみてくださいませ。
マップでHAKONIWAで検索するとたどり着けますよ。実は私はLMを持っていない。京都幕末のLMも持っていない。
検索で行けるところは検索したらいいじゃない。インベントリにアイテムが増えるのはよろしくないじゃない。
そんなこんなで三連休の最後の1日は、SLの中でとても素敵な時間を過ごしたのでした。
なんか普段聞けないような事も聞けたし。
言わせた気がしないでもないけれど、でも、とっても嬉しかったからよい。
色々と教えてもらっていることが多いです。
相手にはあんまり自覚なさそうだけれど、この歳になって当たり前なような事を教えてもらっている気がします。
ありがちな話ほど当事者にとっては重大ごとで、大切なこと。
使い古されたような言葉は使い古されるくらい、的を得ている言葉なんだろうなあ。

カード一枚ひくように 決まるさだめがとてもこわい はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記

もうそれ以上もうそれ以上 やさしくなんて しなくていいのよ 2013-09-22

青いとばりが道の果てに続いてる
悲しい夜は私をとなりに乗せて
街の灯りは遠くなびくほうき星
何もいわずに私のそばにいて
(埠頭を渡る風 / 松任谷由実)


この曲、いつ頃から好きだったのかと問われると物心ついた頃から。と答えざるを得ない。
当然子供の頃はこの曲の意味なんて全然わからなかったわけですが。
わからないなりに、このサビの部分はものすごく想像しやすかったのですね。
ちなみにタイトルに使った部分の続きは、「いつでも強がる姿 嘘になる」だったり、
「いつでも強がる姿 好きだから」だったりします。
大人になっていい歳になって、歌詞の意味も理解することが出来るようになって、
幼いころとは違った角度でこの曲が好きだなあと思うのです。
でも、聞いている時に心の中で流れる風景は子供の頃のままだったり。
ごきげんよう、たいこです。
3連休のあとにまた3連休っていう、地味にダメ人間になりそうな休み構成でございます。
連休明けの火曜日は締め日明けでもありまして。火曜日いきなり超忙しい予定なのですが私は午前休です。
まだ会社には言ってない。っていうか住んでるところの更新手続き忘れてたんです。
火曜日しか事務所が開いてないので致し方なし。ごめんなさい会社の人。
というわけで三連休真ん中の今日、映画を観てまいりました。
許されざる者。夏からあちこちで予告編を見ていて興味津々だった映画。
クリント・イーストウッドのオリジナルは未見。
なんかキャストがすごく美味しそうだったんですよね。
これは内容云々より俳優の演技を観に行こう!みたいな。
若干冗長的な感じはありましたし、内容を詰め込みすぎて消化しきれないという感じは否めませんでしたがテーマはきちんと届いて来た気がします。
まったく毛色は違うのですが、どうしても壬生義士伝を思い出してしまう映画。
壬生義士伝の主人公、吉村貫一郎とすごくかぶるところがあるのですよね。この映画の十兵衛。
あれだけの戦乱の世の中で、強い強いと恐れられ、それだけに敵も少なくなかった状況で生き残るのに必要なのは何か。生への執着に他ならない。
どちらの映画の主人公も死ぬことをものすごく恐れているのです。
そして、どちらの主人公も死ぬことをそれこそ死ぬほど恐れたうえで、自害したり自殺行為と思える行動をとったりする。(正確には壬生義士伝の吉村貫一郎は、最後の最後まで助けを求めてはいるのですが)
さて、この許されざる者。
映画の中には正義も悪もありません。ただただ、人が傷つけられたり死んだりするだけです。
そして行動を起こしているそれぞれの人達には、それぞれの考えと正義があって、その自分の「筋」に従っている。
映画を観ている上では、事の発端であるとある事件のきっかけとしての力がとても弱くて、そこが残念なのですけれども、おそらくここで行動する女郎たちの意志はとても堅くて重たい。(その割に実際にコトが進むと顔面蒼白でちょっとびびってる風も見えるのがアレなんですが……)
幕末、明治、そして日本人とアイヌ人。
混沌とした時代の混沌とした場所で、いくつもの正義がぶつかり合って折り合わない。
誰が悪いわけでもなく、誰がいいわけでもない。
亡くなった妻との約束を反故にして再び剣をとる十兵衛ですが、それは、自分の軸となっている自分自身の筋を通したにすぎない。
自分自身のなかでさえ、正しいことは相反していくつもあるわけで。
なんだかそのあたりの葛藤をさらりと描いている印象でした。
さらりと、でもきちんと描かれていました。
そう、殺陣のシーンが何箇所かあるのだけれど、「殺陣」という見せ場では全くなく描かれ方がリアルより。
生々しかったです。実際の斬り合いや殺し合いがどういうものか、私は知りませんが。
人が死ぬ、人を殺す、ということを実感を持って見せるような演出だったのじゃないかなー。
なのでとっても痛そうです。この辺りがPG指定なのだと思います。が、これがまたよかった。
人を殺すことの重みがとてもよく伝わるシーンでありました。
目当ての俳優さんたちも素敵に演技していて、きちんと満足出来たのでよかったです。


ごめんなさい。という言葉はどういう時に使うのでしょう。
相手に対して悪かったな、申し訳ないことをしたな、という時に使うのでしょうか。
それは改善する意志があるというふうに私は受け止めるのだけれど。
期待なんて出来ない状況で期待をしていて欲しいと思うのは簡単です。
が、期待する側はその期待を裏切られ続けるわけで、
致し方ないコトと解っていたって消耗するのです。間違いなく。
そしていくら期待しないように振る舞っていたって、やっぱりまるで期待しないなんて出来ない。
気持ちがあってもそれが目に見えなければ意味がない。
私は他の誰かと気持ちを同調することは出来ないし、他の誰かもそんなことが出来る人はいない。
だから私達は一生懸命想像しようとするのではないでしょうか。
想像することは思いやりにつながるのではないのかなと思います。
自分に都合のいいようにものごとを見るのはだれだって一緒なのだけれど、
それでも実際、都合よく目をつむった部分がなくなるのかというとそうではない。


虚無感みたいなものに浸ってしまうのは秋がやってくるとデフォなのですが。
ここのところの1ヶ月弱、全てに於いてのやる気が著しく減退していて自分でもおののいている始末。
どうしても頑張るってことが出来ない踏ん張りの効かない感じに打ちのめされそうでございます。
こんな現状でも、その原因の大きな一つとなっている仕事にきちんと行っている自分を褒めたい。
疲れちゃってるんだよなあ。ほんとに。
こういうの私だけじゃないと思うし、みんなそれなりに色々抱えてると思うのですが、
やっぱりさ、きちんと暮らしている人ってすごく偉いなってしみじみ感じたりするのはこういう時なのでした。
もーひとりでなんでもかんでもやるのやだー!
と、絶対に声に出しては言えないことをここで叫んでおこう。

もうそれ以上もうそれ以上 やさしくなんて しなくていいのよ はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記

恋する二人は言葉なくし「僕と君は」と言えない 2013-09-17

死んでゆくウシは モー
死んでゆくネコは ニャー
生きてゆく人は 言葉なくし
「愛してます」と言えない
(死んでゆくウシはモー / 筋肉少女帯)

友達が青森でオーケンと橘高を観て来たと。
一曲目がこの曲だったと聞いてずっこけてしまいました。
秋の気配もひしひしと感じる昨今ですが、まだまだ夏の名残の残りまくる中、いきなりこの曲か!と。
これ歌って「じゃあな」歌って「蜘蛛の糸」歌って「かな、頭を良くしてあげよう」と歌って「踊るダメ人間」を歌ったらしいです。
なんかもう踊るダメ人間なかったらフォークになっちゃうよ!
しかし青森でのオーケンはとっても楽しそうだったようで、なによりでございます。
私もライブに行きたい。行きたい。
ごきげんよう、たいこです。
相変わらず三連休を無為に過ごしております。
昨日ほど眠り続けてはいないのが救いかもしれない。
昨日読書感想文を書いていて、いろいろと調べてるうちにNHKアーカイブスにぶち当たりまして。
一億玉砕を調べていて見つけてしまったんですけれどもね。太平洋戦争がらみの動画集でございまして。
うっかり昨日から今日にかけてちまちまと見始めてしまってさあ大変。
そもそも小説で戦争を考える脳になってしまっているわけで。
太平洋戦争で日本の軍隊の偉い人たちがなにをしたか、どう考えてどう行動して終戦したのか。
そういうような事を、当時の兵士だった方などからのインタビューをもとに構成された番組です。
戦争とは外交手段の一つです。言ったら国同士の喧嘩みたいなもの。
しかし国同士の喧嘩というのは、喧嘩することを決めたその当人たちは実際には喧嘩しないわけです。
実際に血を流して命をかけるのは兵隊さんなわけです。
日本は戦況が悪化するにしたがって、国民みんな兵隊だ!とかとんでもないことを言い出すわけですが。
大局を見るべき人は一億を助けるために100や1000は見殺しにするものです。
しかし見殺しにするにしても、数字上の100や1000、10000はどんどん近づいていけばすべての人が様々な物語を背負った人たちなのですよね。
大局を見る人達は、そういう事を頭に入れておくべきじゃないのかなあなんて事を思ったのでした。
魚雷や爆弾に人を載せて突っ込ませる、なんていう戦い方はやっぱりしちゃいけないよなあ。


SLの話。
Haruka Mccmahonさんがやっているインタビューを受けました。
Residents Of SecondLifeというブログで、SLの色んな人にお話を聞いてみよう!みたいな素敵ブログです。
1回めのKG-SのKoguma kumakiさんの大物っぷりに若干「私でいいのこれ」ってドキドキしたのですが、まあいろいろな人が登場したほうがよかろうと(勝手に)納得してインタビュー受けました。
なんだかすごくちゃんとした人に見えるよ!
きちんと素敵にまとめていただいて感謝感謝です。
はるかせんせーはホラナイつながりで仲良くさせてもらっているわけです。私はこういう「なんかつくるぜー」的なつながりで仲良くなっている人たちがあまりいなくて、なかなか貴重なお友達でございます。
SLのなかでの普段の遊び方や活動しているフィールドが違うので、なかなか新鮮であります。
SLの面白さはこういうところだなあと痛感するのです。
同じゲームのなかにいるのに、おそらく人によって見ているSLの風景は全然違う。
まるで別のゲームくらい違ったりすることも多々あるわけで。
それだけ雑多な要素を1つのゲームのなかに内包できるのは、SLの自由さにあると思うのです。
それゆえにいろいろな問題も抱えているのでしょうけれど、リンデンさんには頑張っていただきたいなあ、と。
なかなかここまで自由に遊べる遊び場ってないんだもの。


重たい重たい腰を上げて、メッシュのモデリングに手を出し始めました。
いきなり複雑なものをやろうとしちゃだめだだめだと思ってはいるのだけれど、ついやりたくなってしまうのは私が顔とか人形とかばかり作っているから。
いやいやいやいや、もう少し色々慣れてからにしようぜ?と、自分に言い聞かせるような始末。
思い通りに造形出来るようになると楽しさも増しましになるんだろうなあ。と思いつつ、やっぱり腰は若干重たいのでした。


名前は呪いだー!と、陰陽師の安倍晴明が映画のなかで言っていたんですけれども。
確かに名前は呪いなのです。
名前をつける行為は、そのものに意味をもたせるということなのだと思います。
だから、名前を呼ぶという行為は想像以上に意味が生まれるってことなのじゃないかなあ。
なんだかがっつり呪いにかかってる気がするこの連休。
もう終わっちゃいましたが。
それもまたきっと楽しいことなのでしょう。


パソコンを買ってしまいました。
といっても4万円くらいのやつ。
まじめに文章書かねばならぬー。と思い立ってから、ずっと欲しかったものです。
どうしても集中出来る場所って家の外になってしまうので。
昔からものを書く時は喫茶店やら珈琲屋やらだった感じのクセが抜けないのですね。
タブレットかノートPCかでだいぶ悩んだのだけれど、結局パソコンにしてしまいました。
ちょっと重たいけれどどこにでも持ち運ぶわけではないし、使い勝手を考えたらやっぱりパソコンだよね、と。
パソコンという名のワープロになりそうですが(笑)


3日も休みがあったのに3日目に夕寝しちゃうってどういうことなの。。。
しかし昼寝はとてもよいものなのです。
たとえ週明けにすごく悲惨な思いをすることになったとしても。
というわけでまったく眠気がやって来ません。。。大丈夫か私。
ちなみに3日ともしっかり引きこもっていたので、台風はほとんど自分とは無縁の出来事……になっておりました。
朝ゴミを捨てに行く時に暴風にやられた程度でございます。
明日だったらお仕事休みになったかもしれないのにー。ざんねんー。
とか思っちゃうあたり、社会人としてどうかって話です。

恋する二人は言葉なくし「僕と君は」と言えない はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記