サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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Everything gonna be allright 空けぬ夜は無い それが愛のお仕事そして 「マニュアルなの」 2012-06-14

君の孤独わかってるよな、すごい話に出会っても
すぐに神と思っちゃだめさ
「マニュアルではめてるだけかもよ?
でもそれでも好きね? 合言葉を言って」
だって想いとめられぬから、信じ、叫ぶ合言葉
共に歌う、全て変わると
変われ 飛べよ 飛ぶのさ
「変わったアナタを誰に見せたい?」
あからさまに見くびった奴 あいつらにだ!
むこうがわへ
絶望の わずかな 「こっちがわへ」
きっとパラダイスだよ
僕らなら
合言葉 「林檎もぎれビーム」
(林檎もぎれビーム!/特撮)

特撮っていうか大槻ケンヂと絶望少女達。
どっちの名義でも曲を出してるから、どっちでもいいだろう。
どこかのブログでこの曲についてものすごく難解な解釈をしているのを観たことがあります。
そんなに難解に考えていなかった私は、その記事を読んで若干混乱したのでした。
「こっちがわ」と「むこうがわ」の扱いについて語っていた気がする。
私はこの歌詞、ふつーにむこうがわもこっちがわも同じだと思って聞いておりました。
アニソンだけあってなかなかポジティブな歌詞を書くな、オーケン。
って思った気がする。
最近彼のつくる、このポジティブな歌詞は好きです。
マニュアルではめられたっていーじゃん。っていう開き直りが清々しい。
絶望の僅かなこっちがわ。
わずかでもあっちがわとこっちがわは雲泥の差なんであって、
わずかでもいいからこっちがわに入ることは大事なんだと思うよ。
ごきげんよう、たいこです。
「幼児かっっっ!」
っていうくらい体が熱いです。熱はない。ただ熱気を放っている。
睡眠不足のせいですね。はい。
今日は早寝しようと思う。
朝仕事に行って、やるべきことをマッハのスピードで終わらせ、お昼をさくっと食べて渋谷へ。
平日の昼間にウロウロ出来る、それだけで幸せなのであります。
今日は三谷幸喜の桜の園を観てきました。
チェーホフチェーホフ。
すっごい有名ですよ。チェーホフも桜の園も。
でも戯曲を読んだことも上演された作品を観たこともないんです。
古典が苦手……というわけではないのだけれど、チェーホフっていうとどーも新劇って印象が。。。
(私は新劇観ない)
ロシアのお話は、10代の最後にドフトエフスキーをまとめ読みして以来読んでいません。
もともと翻訳ものの小説ってキライなんだけれど、(あれは日本語であって日本語でないので、
理解するのに時間がかかって非常に疲れてしまうため)さらにこれがロシアとなるとですね…
ロシア人ってのは今もあんなに呼び名がたくさんあるものなのでしょうか。
私はカラマーゾフの兄弟を読んでいて、主人公の呼び名がいくつもいくつもあることで大混乱しました。
ただでさえカタカナ名前は頭に入りづらいというのに。。。
そんなこんなで食わず嫌いチェーホフ。
今回は三谷幸喜演出ってことで必死になってチケット取りました。
おかげ様で前から5列目。芝居は前で観たほうがイイ。心底思う。
いやー、良かった。
「喜劇やります!」ってしつこいくらいの宣伝文句だったもんで、喜劇方面に期待しすぎてしまったのです。
それでもかなり楽しめました。
雰囲気的にこの間観た、ナイロンの「百年の秘密」にそっくりだったので、
途中途中であの舞台の事を思い出しまくってしまいました。
今まさに没落する感じの貴族のお話。
現実がちゃんと見れていない主人公とその兄。
お財布事情と母の振る舞いの板挟みで困っちゃってる姉。
否が応でも無慈悲に近づいてくる屋敷の競売日。
お屋敷はどうなっちゃうのーーー。
みたいな話。
出てくる人たちがみんな滑稽で可愛い。
本当はすごく深刻な話のはずなのに、、、、、。
ともあれ、大変素晴らしい舞台でございました。
明日はシアタークリエで筧利夫を観ます。
はー。ぜいたく。毎日芝居とか贅沢。


SL方面。
オムライズを建て替えました。
オムライズたてたらヘロヘロになったので今日は寝る。
色々思っあことはあるんだ。あるんだけど眠気には勝てない。
というわけで、おやすみなさい。

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カテゴリー: 日記

木の実や草の実たくさん食べて 元気でいてね流れ蛸

長いお山の通学路 下の川には流れ蛸
私の好きなかわいい流れ蛸
イワナやヤマメをたくさん食べて大きくなってね流れ蛸
夕焼け空の帰り道 橋の下には流れ蛸
私の好きなかわいい流れ蛸
トンボトビケラたくさん食べて赤ちゃん産んでね流れ蛸
春のお山の日曜日 友達誘って川遊び
私の好きなかわいい流れ蛸
ヤマバトカワセミたくさん食べて墨を吐いてね流れ蛸
遠いところへお引っ越し 川にきらりと流れ蛸
かわいいかわいい流れ蛸 流れ蛸
木の実や草の実たくさん食べて 元気でいてね流れ蛸
(かわいい流れ蛸/たま)

蛸はかわいい。
でもあの吸盤の吸引力は殺人的だと思う。
タコヴィス
これもタコ。かわいい。
こないだテレビで生きたままの蛸を鉄板焼くという、恐ろしい料理を観ました。
活造りだとか生きたまま焼くだとか、新鮮さを強調したいのかもしらんけれども
物言わないだけでいきものが感じる苦しみってのは一緒だと思うのですよね。
「わぁ新鮮」
「わぁすごい」
というほどの感動のためだけに、生きながらにして包丁を入れられる
魚であるとか蛸であるとかの気持ちを考えると、いたたまれなくなるのは私だけなのでしょうか。
人ひとり生きるために、数えきれないほどの命を犠牲にしているわけだが、
そして私たちはその命を奪う「食」というものをすでに生き長らえるための手段ではなく、
ひとつの娯楽として捉えてしまっているわけだけれど、
焼かれて苦しんでのたうち回っている蛸を見て喜べるセンスは私にはないなぁ。
と思ったのでした。
それって大やけどじゃん。
大惨事じゃん。
きっとこれが哺乳類だったら、お茶の間はドン引きするはずなんだ。
偉そうな事言ってますが、私は「虫は絶滅してしまえ!」とか言います。よく言います。
勝手なものです。
自分と姿形が遠いものほど、残虐な行為には抵抗がないんだろうなぁ。
地球の支配者は人間である。
いきものは平等だ、命は平等だなんてきれいごとに過ぎないよね。
ごきげんよう、たいこです。
中二風味満載の書き出しでお送りしております。
まあ、蛸がのた打ち回る姿を見て、「うわ、えぐい」って思ったのは本当のこと。
とてもじゃないが美味しそうには見えなかったんだ。
そもそも蛸ってしめてから叩くでしょう?バシバシ叩くでしょう?
そうしないとダメなのでしょう?
身が固くなっちゃうんだっけ?
どうせいただくなら美味しい感じで頂きたいものです。
蛸は好きなのだけれど、お料理の幅がすごく狭い気がする。
結局ぶつぶつ切って酢の物にするかわさび醤油かになってしまう。
美味しいけどさ、それでも。
ぎりぎり江戸っ子の私には、自宅でたこ焼きっていう選択肢もない。
アレか、パスタとかに入れるのか。
なんかこー、タコだけで立派なおかず!みたいなレシピはないものでしょうか。
クックパッドに聞いてみよう。。。


ここ2ヶ月くらい、めっきりひとりランチの習慣が板についてしまいました。
もともとひとりでご飯を食べに行くのが嫌いではないんです。
なんとなく今の職場の流れに任せて誰かと食べたりするのがデフォになっていたのです、が
ここのところ、ひとりでご飯をたべることがデフォになりつつありまして、
ランチの時間って格好のお勉強タイムだったりで重宝していたんです。
今週はひとりランチ、1回もしてない。。。
今までそんなの普通だったのに、ひとりでご飯に行きたくて仕方ありません。
しかし同じ部署の女の子(子?)って2人しかいないわけで。
当然一緒に行きたいよね?とばかりに気を使ってくれる今月から配属された社員の男の子(子?)
に見送られ、女2名でランチっていう今週でございます。
対女子だと強烈に人見知りする自分の性格と、タイマンでランチっていう逃げ場のない状況と、
これからこの人にたくさんのしごとを教えねばならないというプレッシャーと、
色々なものがあいまって非常に疲労してしまうわけです。
この状況で「私ひとりでご飯食べるから」って言えない言えない。
なんでこんなに不器用なん。私。とほほ。。。
暇だ暇だと思っていた仕事なのに、振り返るといつになく残業していることに気づく。
色々と相談されることが増えたのですよね。そのぶんの時間。
せっかくスキルがあるのだから、もっと高度な仕事を!という気持ちは大変に嬉しい。
のだけれど、それに付随する責任みたいなものは、私にとってはありがたくないのかもしれない。
仕事に対するモチベーションは、やっぱりとっても低い気がします。
うむ。お勉強をがんばろう。昼休みを使いたい。(最初に戻る)


ここまで水曜日


ここから木曜日


ひとつ前の日記の話。
まあ、色々と面倒な事件があったんです。
私は我が子を守るのが最優先で、とりあえず事件の報告をしに学校へ行きました。
そこで話が沢山脇道にそれながらも、事件のあらましや背景、関わっている子供への話へ言及していくうちに、
ちょっとした居心地の悪さを覚えてもぞもぞ。
そこで言うべきではないので黙っていたけれど、やっぱり気持ちがざらっとする。
親はみんな子どもを愛することが当たり前だっていうのは嘘だと思う。
愛することを履き違えてる人もいるし、本当に愛されてない子どもだってたくさんいると思う。
愛していたって、その愛が当人に伝わっていなければなんの意味もないとも思う。
親だから愛しているのは当たり前、とか、そんなこと言わなくてもわかるだろう で
ボタンを掛け違ってる親子だって星の数ほどいると思う。
それはおとなになって気づいたりすることもあるけれど、
気づいていない時代の子どもにとってそれは、愛されていないのと同じ事なのだと思う。
親を憎むだとか尊敬できないだとかいうという感情をあらわにすると、
「まだまだ子どもなのね」という反応が返ってくることがある。
でもそれって違うと思うんだ。
子を殺す親がいるのに、愛さない親がいないわけがない。
人は愛したら愛されたいし、生まれて初めて愛す人は両親だ。
両親に愛されなかった子どもは、生まれながらにいきなり失恋しているのだ。
しかもずっと一緒にくらさなきゃならない。
話が脇にそれた。
で、その愛されなかった子どもたちは、そのなくした愛をどこで取り戻すのか。
一番は自分で自分を愛することだと思うのだけれど、そういうことをどこで学ぶのか。
結構難しい問題。
けれど、他人が他人に愛されて守られる姿を見て学ぶって事はまず絶対ないだろうということ。
ましてやその他人に「あなたは敵だ」と宣言されてしまったらなおさら。
それは、もしかしたら「世の中にそんなものはない」と抑え続けてきた感情を、
悪い方向に発散させるきっかけにだってなるかもしれない。
どこにもないなら諦めもつくが、確かにあるのに自分の手には届かないと知った時の絶望はいかばかりかと。
正しい人、その正しさを貫く人はかっこよかったりキラキラして見えるものだけれど
影の中に入ってしまった人にとって、そのピッカピカの正しさは、救いにならない事は大いにあるよね。
光を当てられてしまったことで、居場所を奪うことになることだってある。
悪気なく、影にいる人を追い詰めるみたいなことが頭の中をぐるぐるしたのでした。
影に入ってしまったまだまだ未熟な人たちを救い出すのは、なかなか大変なことだと思うのです。
そしてそれは私の手に余る。
私は自分の子供たちを守ることで精一杯だから。
だから、運良く素敵な出会いがあるといいなってちらっと祈る程度にとどめたのでした。
概要がわからないとなんだかさっぱりわからない話な気がしてきた。


今日は会社をお休みする予定だったんだけど、ちょっと無理そうだから午前中だけ仕事する!
こうやって頼られている事自体は嬉しいんだ。
でもそれに付随する責任を負うだけの自信は、(こと仕事に関しては)私にはない。
そのくせ、あてにならないだの使えないだの言われたら切ないなあって思いながら、
せいぜい与えられた仕事は頑張ってこなそうとするのである。
というわけで、午前中仕事を終えたら三谷幸喜!
がっつり睡眠不足なわけだが、寝ないで観られることを祈ろう。

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君の爪をピカピカにみがこう
 さびしさをギザギザにきざんでくれよ
 2012-06-12

ネコの中には 当たりと外れがあってさ

小さな舌の裏 それは書いてある


僕の子ネコは やっぱりはずれたけれど

気にしちゃいないぜ

 大好きだからさ
(猫のリンナ/大槻ケンヂ)

詩集の方はこんなほんわかした詩じゃなかった気がします。
子供も大きくなると色々と起きるもので。
我が家で大きな事件を起こすのはたいてい次男なんですが、
また次男がやらかしたわけです。。。
はぁ。困ったもんだ。
調子に乗りすぎないスキルを身に着けてくれ。頼むから。
もともと胃の調子が悪かったところに痛恨のいちげきって感じで、
まるでご飯が食べられません。困ったもんだ。まったく。
ごきげんよう、たいこです。
そんなわけで月曜日から子供に振り回されっぱなし。
しかしあの子は大事な時にきちんと「ありがとう」って言えるんだな。
いい子だ。。。(親バカ)
超深刻モードの次男の横で、あんまり事情が飲み込めてなくて脳天気な娘と、
ある程度事情は飲み込んでいるものの他人ごとの長男。
そんな光景にもため息を吐きつつ。
何も考えないで書いていると罵詈雑言がハンパなくなってしまいそうなので、
色々と考えながら書こうと思います。


私は日本語を使ってコミュニケーションをとります。
このブログも日本語を使って書いています。
日本に住んでいるから、周囲の人は大抵日本語が使えます。
でも、同じ日本語使ってたって話が通じない事はあるんだよね。
むしろ通じることのほうが少ない。
こういう場合、同じ日本語同士なだけにもどかしさが募ったりして。
まあ今日はもどかしさよりもイライラが募って仕方なかったのですが。
たとえ同じ言語を操っていようと、その人のバックグラウンドやらモノの考え方がずれていると、
話は面白いように通じない。
こういう時、「理解がずれてる」と感じたりします。
1回ずれてしまうとなかなか元に戻らないこの、ズレ。
結局伝えようと思ったことが伝わらないまま、不完全燃焼な感じだけが残ったりしがちです。
まるっと同じ価値観を持っている人間なんていないので、
いくらかのズレは絶対にあるのですが、根っこの部分の材質が違うと、
言っていることから何かを推し量ることさえ困難になります。
半分流し読みみたいなのは得意な私なので、
適当に流して聞いていて、突っ込んだ話が出てきた時にびびるのはいつものことです。テヘ


今日は会社の席替えでした。
隅っこの席から島のど真ん中へ移動。
落ち着きません。。。
隅っこ大好き。
朝っぱらから1時間もの時間がかかったプチ引越し@職場。
まさかこんなに時間がかかるとは。。。
しかして今回の席は、エライ人が同じ島にいます。
朝、引越しを終えて席順を観たエライ人が一言、
「濃い」と。
席順が濃いんじゃなくてうちの部署そのものが濃いんだと思うよ!
新たに隣になった人は、およそ仕事中とは思えない話をポンポン振ってきます。
いいんですけれどね、楽しいからw
これで私の教える週間が本格的に始まります。
教えたくないなあ。。。
教えるの難しいんだもん。


またコミュニケーションの話。
頭を使いながら話すことができません。
駆け引きみたいなことができません。
「言質とられてたまるかっ」ってガンバルこともありますが、
大抵失敗します。っていうか無理。
ボードゲームが得意な人とか、相手の思考の2歩、3歩先を読むとか。
非常に苦手です。
この人こういう人だから、こういう場面ではこういう事を言いがちだなぁ。
っていうのはわかっても、
だからこうやって揺さぶってみよう みたいなことが出来ない。
頭が回転しないんだ。
だって話すときは話すことで精一杯なんだ。
それはいいことだ。と言われましたが、出来ないってことと
できるけどやらないってことには大きな隔たりがある気がする……。
みんなすごいよなあ。
私は自分のコミュニケーション能力をすごく疑ってかかってる、最近。
歳をとったらわがまま度が増えた気がするのです。
わがままを野放しにすると頭の固い人になってしまいそうなのです。
こわい!!!!!
今日は起きていてもろくなことを考えなさそうなので寝てしまおうと思う。
はー。明日はいい日になるといいなぁ。(切実)

君の爪をピカピカにみがこう
 さびしさをギザギザにきざんでくれよ
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