サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
Menu

世界の誰よりアタシ 寂しい 2011-08-13

あることと ないことと
書き込んで 貼り付けて
あることってのは 恋してること
ないことってのは 愛されてること
ネットで叩いてやる! 君を叩いてやる!
世界のどこかで誰か信じて
(ネットで叩いてやる!/特撮+大正九年)

オーケンが筋少解散の折、ネットでファンからボッコボコにされたというのは割と有名な話。
それ以来「インターネット怖い」ってなってるようですが、これはあんまり定かじゃない話。
いかにもオーケンらしくて微笑ましい限りですが。
取り繕わない人気商売の人、オーケン。
人気商売してるのに、ファンの気持ちは棚上げして、インタビューなどに素直に答えてしまう感じは、
未だにあるみたいです。
友達から断片的に読まされた特撮復活のインタビューが本当にひどかったw
インタビュアーが必死でフォローするものの、そんなことは全く意に介さず、
特撮に対するモチベーションの低さをゴンゴン出していました。
特撮がもっと聞きたいファンの立場からすると切なくなっちまうんですが、
そもそもオーケンのそういうところを愛してやまないので、嬉しくもなってしまうわけで。
ごきげんよう、たいこです。
うっかりしてたら一週間くらい更新してない!びっくり!
私は一昨日から夏休みに入っております。
我社は社休日がありませんので、お盆休みは各自めいめいにとるわけです。
私は派遣社員なのでお盆休みという概念がありません。
ので、有給休暇をこれにあてるわけですが。
みんな6日くらい休んでるー!じゃあ私もー!という安易な理由で、
用事があるわけでもないのに6連休です。土日挟んでるので実質4日のおやすみ。
週の前半3日間なんてもう、仕事モードになるはずもなくですね、
休みを指折り数える毎日みたいな。
ないやる気をひねり出しつつ仕事に励みました。頑張った。
水曜日は2時間近く残業した。頑張った。
連休のうちで一番幸せな時間って連休前の夜だと思う。
例にもれず、水曜日の夜の私のテンションは大変に高く、今は休みが終わりに近づくにつれて「あと何日・・・」って指折り数える始末なのである。だめだこりゃ。


臆病な人はいつだって終わりのことをかんがえる。
私もたいそう臆病なので、いつだって終わりのことを考えている。
「あなたがいないと生きていけない」って思っていたって、
そのあなたはいつ突然いなくなるかわからない。
そして、そんな大切なあなたがいなくなったって、私は生きて行きますよね。当然。
私はたいそう甘い人間なので、誰かをアテにしてしまうとキリがなくなってしまう。
ゆえに、できるだけアテにしない、最悪ひとりでもやってけるラインってのを崩さないようにしているわけです。
我ながら、なんと臆病なことかと思うわけです。
しかしながら、誰かとの関係が終わりになることほど寂しいものはないわけで。
頼ったりアテにしたりするような間柄ならばなおさら。
つよくあるには、色々なことを感じないくらい鈍らせるか、
できるだけ衝撃を和らげるべく先回りするかしか、今の私には思いつかない。
先回りしすぎるとせっかくの今現在が楽しくなくなっちゃうので、そこは気を付けないといけないところ。
こういう「アテにしないぜ」的な弱いとこはですね、
心の底の方でうっすらと進行していればいいものなので、敢えて書くまでもないんだけどさ。
普段、こういうことを意図的に考える事も、それに沿って行動することもしないし。
書きたかったのはこっちじゃなくて、つよくあるべく鈍らせる的な方だったんだけど、
そこまでたどり着かないうちにこの日記は終わってしまいそうw
ともあれ、私はこれから幕末の新選組とオフ会なのだ。
ついさっき子どもたちもお盆休みの帰省に出たばかり。
明後日まで、私は一人。
今このひとりを満喫せずにどうするwwww
というわけで、行って参ります。
わーーーい!

世界の誰よりアタシ 寂しい はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記

私はバカになりたい 2011-08-07

ガードを下げれば舐められる ガードを上げれば寄りつかぬ
ガードを外せば子猫はビビって逃げてく
弱けりゃいいの?弱ければ
弱いものなら 責任はないの?
私の魂の片割れよ その器を見せてくれ
あァ 私はバカになりたい フワフワの服着たバカになりたい
ゆとり 草食 クリーミー
押し寄せてくる時代の波よ いやがおうにも 背負ってしまう
守ってあげたいと言われても 私を守れる奴などいない
守ってあげたいと言われても 本気を出せばお前に勝てそう
弱けりゃいいの?弱ければ
弱い者に 弱点はないの?
私の魂の片割れよ その姿を見せてくれ
あァ 私はヤワになりたい カルアミルクで酔えるヤワな女がいい
ゆとり 草食 クリーミー
押し寄せてくる時代の波よ いやがおうにも 背負ってしまう
(バカになりたい/劇団鹿殺し)

久々に思わぬ拾い物をしました。
いやーーーー面白かった!鹿殺し!
久しぶりに今日の1曲をフルで書いちまいましたが、
芝居の冒頭で歌われるこの1曲で、いきなり引きずり込まれました。
本来歌に載せてしまうと歌詞って流れてしまいがちなんだが、これはズシンズシンと心に響き渡った。
草食 ゆとり クリーミーなんて死んじまえ!って叫ぶ台詞があったんだけれど、
思わず「そのとおり。」とうなづいてしまった次第。
歳を重ねるたびに、やっぱり生きてりゃー色々あるわけでして、
色々あるたびに強くなってってね、気づけばわりと強い感じになってるわけです。
気づけばなんだか強くなってるぞ、っていう自分がキライじゃないが、周囲から時折聞こえてくる
「強くなりすぎ」という言葉に心を揺さぶられたりするわけです。ええ。
かくあるべし と自分で信じて突き進んできた道がありまして、
その方向は間違ってないと思って突き進んでいるわけなんだが、
一人で走ってると迷子になってもわからないじゃないですか。
渋谷で迷子になるのとは違うんだ。
目印も何もないんだ。おまわりさんだっていないんだ。
あれ、私これで合ってるのかな。間違ってないかな。と、
事あるごとに振り返っては確かめようがないから不安になる。
未来のこと考えて「うわぁぁぁぁぁぁいやああああああ」ってなる。
でもそんなことばっかり考えちゃられないのですぐ忘れる。
しょーもないことではすぐ泣いちゃうのに自分の事になると泣けないの!
とか訴える三十路三女の台詞は胸にバシバシ突き刺さるわけです。
私がじぶんごとで泣いたのは、3年前だ。
映画や芝居ではしょっちゅう泣いているというのに。ふふん。
なんていうか、普段思っているようなごちゃごちゃしたものをスカっと代弁してもらいつつ、
慰めてもらった気がした今日の芝居。
こういう芝居を円形劇場という、役者さんと客席の非常に近い劇場で観られたことは本当に幸せ。
もともと大阪の劇団だそうですが、今日の東京の千秋楽のあと、大阪公演に向かうらしいです。
大阪の30代オーバーな女子は機会があったら行ってみるといいと思うよ。
演劇初心者でも入り込みやすいカジュアルでわかりやすい内容&演出だったのでオススメなのです。
劇団鹿殺し
あまりに自分を取り巻く状況にシンクロしちゃったので、
久しぶりにアンケートに「面白かった!」以外の感想を書いてきました。
うーん。いい時間だった。しあわせだ。


昨日、お友達と少し話す。
近況なんぞを語り合いつつ、お互い不安に思ってるようなことを「心配ないよー」って言い合うような。
たぶんあれはガールズトーク。
自分の近況、取り巻く環境を誰かに語ると、自ずと今の自分の立ち位置なんかが整理されるわけで。
色々と「ああそうかー」っていう発見があったりしました。
人間ってのは日々成長するもんでして、きっと死ぬまで成長し続けられるもんです。
その気にさえなれば。
改めて誰かに話してみて、その成長の課程を自覚したりすると「おおよしよし。頑張ってるな私」
って自分褒めるモードに入りますね。単純なもので。
そんな話をしつつ、SLでは結婚だの離婚だのの話で盛り上がる。
20代と30代と40代、独身とバツイチと既婚者での結婚話はそれぞれの見方がそれぞれに違っていて、
すごく面白かったです。
ね。こんな話をした翌日にこんな芝居だもの。
なんというタイミング。
これは少し結婚について考えねばならないのかもしれない。
ってうっすら思ったけれど、なんか嫌な予感がするので考えないことにする。
私の魂の片割れは一体どこで道草食ってるんでしょうねえ。のんびり待つことにしますか。。w

私はバカになりたい はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記

夢のなかにまで出てくるこたぁないだろう 2011-08-05

天使は言ったよ 別れの時が来なければいいな
天使に言ったよ 映画で観たろ古いダンスをさ
手を握るからクルリと回れ ほら、また会えたろう?
天使は言ったよ お別れしても また会えたら、チャラね
(天使/大槻ケンヂ)

お別れしてもまた会えたらチャラね っていうフレーズがとっても好きです。
たぶん、本気で大槻ケンヂを聴き始めた頃に聞いた曲。
別れが来るのが嫌だとか、終わりが来るときついから、とか
そういう曲が多かったような気がする。
楽しければ楽しいほどいずれやってくる終わりはかなしいし、寂しくなる。
そのくらいその時間は楽しかったんだと思う反面、
過ぎ去ってしまったことが本当に惜しくてならない感じ。
ここで持てる幸せ量とか楽しい量の総量は決まっていて、
たくさん使ってしまうと早く終わってしまう、だから、
出し惜しみしつついつまでも長く続けていたい、みたいに考えてしまうことは
まあわかります。乙女だね。乙女だよ。
本当はそんな総量なんて決まっていないのだけれど、
でも、すごく楽しい事って短い期間だからこそすごく楽しいんだとも思うんだなぁ。
お別れしてもまた会えたらチャラになるなら、
お別れのことをあまり考えなくてもよくなる。
また会えるかどうかなんてわからないんだけど。
ごきげんよう、たいこです。
SL方面ではわりとホラーナイト漬けです。
そろそろ別のことへも動いていかないといけなくて、それはそれでちまちまと作業しています。
テクスチャを描く作業はとても楽しいんだ。
でもうまく描けない。そんな感じ。
どこかで自分の納得するラインを見つけられたらいいなぁと思いつつ、試行錯誤している感じ。
間にあうんだろうか。。。
自分が全体的にホラー方面に傾いているので、作るものもそういう感じになりそうな気配。
そもそも私はあまり明るいものをつくりませんので、これが素なのかもしれない。
波野家は本当にたくさんの人形を売っていますが、私は本当に人形が好きなんです。
ただ、RLで自分のものにすると管理が大変なので、今は人形のようなものを持っていません。
人形は飾るものではなく、一緒に遊ぶもの。
SLでそこを再現したいとずっと思っているのですが…(主に私が遊ぶため)
市松人形のお着物を取り替えたり、箱膳並べて一緒に御飯食べたり、そういうことがしたい。
小さいけれど人間用と同じ緻密さで作られてる着物とか、わくわくしませんかw
どう考えても難しすぎるので諦めましたがw
着ぐるみドールは、SLで出来る「一緒に遊んでいる感」が出せるお人形。
お人形にポーズをつけるのがとても楽しいのです。
彼ら(彼女ら)がとっているポーズのもとになっている存在は、間違いなく幼い日のわが子だと思う。
集団生活をはじめて社会性を身につける前の人間の子供は、
可愛くて面白くて、本当に理解するのが難しい生き物です。
結果だけを見て、「どうしてこうなった」って思う事もしばしばであった。
考え方が恐ろしくシンプルなんだけれど、そのシンプルの仕方間違ってるよ!
っていう幼い可愛さを、あのお人形ではこれでもかと出し続けている。たぶん。


自分と同じものを持っているひとやものには親近感を得ます。
それは湧き上がる親しみの心だから、すごく近い人って感じたりする。
逆に、全然自分とは遠いところにいる人と気づけばかなり長いこと仲良くしている、
ということもよくあることで。
こっちは湧き上がる好奇心なのでしょうかw
ともあれ、自分と全然ちがう人と関わるのは楽しい。
同じ嗜好を持っている人と関わるのも楽しい。
昔から「考えすぎる」って言われていた自分の考えグセが、今までよくわかってなかったんだけれど
最近その考えすぎるってこういうことかー。ってのがわかってきたっぽい。
考えすぎるってことについて考えて話しているので、
このことを誰かに話すと「だから考えすぎ」って言われるんだけれどw
なかなか上手いこと伝えられません。
でも、それは自転車の乗り方を口頭で説明するのと同じことなんだな。
「お、なんか私出来てる?」
って思ったことは、「できた!」って報告したくなるじゃないですか。ねえ?
そしてこの考える事自体はやめることが出来ないなって事もよくわかったりした。
考えてしまう方向の舵取りをうまくしないといけない。
考えても行動しないんじゃまったく意味もないので。
実践と思考がですね、今はうまいこと動いている気はするのです。

夢のなかにまで出てくるこたぁないだろう はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記