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俳優K君

最初に記しておかなければならないのは、彼には恋愛感情がなかったということ。
お芝居仲間として、年上だった私を「姉御」として慕ってくれていたK君の話をしようと思う。

当時彼は高校生だった。
年齢で言うと高校生だったのかな・・・。学生ではなかったかな。
その辺はさだかではないが、甘え120%で意味不明の自信に満ち溢れている若者だった。

まず、彼の外見について。
150kg近くあるんじゃないかというような、まるで巨大なゴムボールのような形状。
しかし身長はさほど高くない。
本当に、お肉で出来た鞠というのがぴったり。

彼は自分で人を集めて、何か今までにない芝居をしようと考えていた。
どうがんばって聞いても成功しそうにない計画だったのだが、彼はノリノリだ。
自信も満々だ。

当時、本当の意味で実験的な公演を繰り返していた劇団の制作と仲良しだった私。
実験的な公演ならば、色々な話を聞いているけれど・・・と言ったところ、

「一緒に公演やってくれ」

と。こちらの拒否も一切聞き入れない勢いで頼ってきた。
嫌だと言っているその言葉を聞かない我侭は、ある意味で最強である。
毎晩のように電話がかかってくる。
しかしその内容のほとんどが自分の家族への愚痴。

「長電話してるとうるさいんだ」

「本当にむかつく」

いや、男の癖に愚痴ばっかりで4時間とか、君おかしいよ。
私も嫌だよそんな息子。

何故図に乗ったのか、全くその意図は不明なのだが、あるときから

「お母さんに電話するなって怒られてるからかけなおして」

という電話をかけてきては切るようになった。

最初だけはつきあったが、結局話は愚痴のみ。
残りは自分の自慢話。
彼は当時注目されていた若手劇団の公演に出演したり、
NODA・MAPの公演に出たりしていたのだ。
勿論その他大勢の役どころで。

この次の電話から、私は居留守を使うようになった。
そんなある日、仕事から帰宅した私に母が言う。

「あんた、外国に友達いるの?」

そんな友達はいない。外国はおろか地方にも友達はいない。
何のことやら、と思っている私をよそに、母親が言うには・・・

「昨日の夜中にコレクトコールがかかってきたのよ」

いくら考えてもそんなシチュエーションで電話をしてくる人に心当たりがない。
しかしはっきり私を名指ししたと言う。
不可解ではあるが、何かあるのならまたかかってくるのだろうと放っておいた。

数日後。

私が自宅にいるときにその電話はかかってきた。
電話を取ったのは私。

電話を取るとオペレーターの声が聞こえる。

「K様からたいこ様宛てにコレクトコールがかかっております。お繋ぎしますか?」

なんとK君、コレクトコールをかけてきた。
居留守を使っていた私にコレクトコール。しかも都内から。

をの時の私の気持ちをどう表現したらいいだろう。
想定外の出来事に呆気に取られつつ、あまりのことに笑いがこみあげる。
しかし非常に冷静な判断をした私の脳みそは、きっと偉い。

「繋ぎません」

こんなこと、コレクトコールのセンターには頻繁にあることなのでしょうか。
不思議でなりません。

しかもこのコレクトコール攻撃、この後数回続いたのだ。
拒否した時点で気づけよ・・・と思うところもあったが、そんなところで引くのならコレクトコールなどかけては来ないのだろう。

--

月日は経過し、コレクトコール事件も記憶の片隅に追いやられた頃。

私は当時、情報誌の編集アシスタントをしていた。
担当は演劇。

演劇情報の載っているメジャー情報誌というのは少なくて、だからその雑誌で紹介されることは一種のステータスであった。
当然毎日のように売り込みの人がやってくる。

郵便物の整理はアシスタントの仕事。
封筒は開封し、封筒を手紙の左上にステープラーで留める。
写真がある場合は裏に劇団名を明記し、封筒の中に入れて手紙の端に「写真あり」と記入する。

そんな仕事をお手すきの時に毎日やるわけです。
たくさんの郵便物を整理していて、私の手が一枚の写真に留まった。

「肉ボールがいる!!!」

そう、それは紛れもなくK君の姿。
なんと彼は劇団でも公演でもなく、俳優Kそのものを売り込むつもりで資料を送りつけてきた様子。

その後、私の目の前で信じられない光景が繰り広げられる。
なんと社員とK君が電話で話しているのだ。
社員の口から、日時が告げられる。


会うのかよ!!!!


そのときの私の軽い恐怖を察して欲しい。
私が逃げたい気持ちや避けたい気持ちを一切無視してあつかましく突き進んできた男である。
私に軽い恨みを抱いていて当然なのだ。

顔合わせたらどうしよう!
うっかりエントランスで会っちゃったらどうしよう!

私は即さま社員に確認をする。

私「今のって、あの、ボールみたいなKって人ですよね?・・・会うんですか?」

社員「え、たいこさん知ってるの?」

私「ええ。実はですね・・・」

と、私は過去の一部始終を話した。
明らかに顔色が悪くなる社員。

社員「もーなんで早く言ってくれなかったのー。会う約束しちゃったじゃん」

そんな事を言われても。
会う判断をしたのは社員のあなただもの。ふふん。

細心の注意を払ったため、その日に鉢合わせるという事態は防げた。
これっきり、本当に彼とは連絡も取っていませんが、今は一体どうしているのやら。
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