サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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サヨナラ。もう二度と触れられない。一途な想いは何処へやら。 2011-11-07

誰かにいい子いい子。とされてる時は、どんな頭の悪そうな顔をしてるんでしょう。
あなた好みであればと思い伸ばした髪は、いつか誰かの為になってしまうんでしょう。
十年後も想い変わらず、あなたを好きでいたならあたしを見て下さい。
(POP/ミドリ)

ものすごい久しぶりにミドリなんて聴いてみる。
ずっと聴いてるとものすごく疲れます。
聴き流せない感じが。
好きですけれども。
この曲はそんなに疲れません。聴きやすいからなのかな。
そして乙女モード全開のこの曲は、パッツンパッツンの時に聞くといい感じにほぐれます。
ごきげんよう、たいこです。
なんだか昨日は久しぶりの人と沢山お話しました。
面白かったです。
なんか全然軽い話じゃなかった気がするけど面白かったです。
暮らしの8割以上が仕事になってしまったら、私は気が狂うだろうなと思う。
そういう人は結構沢山いるし、話も聞く。
なんだかんだで乗り切ってる彼らを心から尊敬する。
私にはそれがどうしてもできないから。
忙しくて大変そうな人を見るにつけ、大変だなぁ。。。って
胸がきりきりしてしまうのです。
私がきりきりしてもなんの意味もないのですが。


私はあまり輪っかのコミュニケーションを好みません。
どこに属する、というのも好きではありません。
SLのなかでは、「波野家」というお店を作っていて、SIMがあって、
カフェやらバーをやって遊んでいるわけですが。
波野家のスタッフ(というか中の人達)という枠組みはあります。
しかしこの中に「スタッフオンリー」という領域はあまりない。
その時のタイミングやご縁で、その時だけ波野家に参加!という人たちも沢山います。
こんななのでバーやカフェに常連すらいません。
だからいつだってお店は人がいません。
それはしょうがない。私がこういう感じだからしょうがない。
自分で「閑古鳥が鳴くバー」とかよく言いますが、別にそれでいいやと思ってる自分もいるわけで。
別にいろんな人に好かれなくていい。
沢山の人と関われなくていい。
私にはそんなにキャパがない。
輪っかのコミュニケーションを好まないので、基本的に1:1の付き合いをしたがります。
私が仲良くしているAさんとBさんの仲が悪くても、私は基本的に気にしません。
何度も書いてるけどさ。
ただし、その場の空気は大切にしたい。
あえて空気を乱すようなことをして欲しくない。
極端な話をしてしまえば、AさんとBさんの事には私は全く関係がない。
私には関係のないことで、私の場所の空気を汚すことはちょっと困る。
ちょっと困るけれど、1回なら「そういうこともある」で水に流しましょうと思う。
けれど2度目はだめだなぁ。
それは、1度目に私が感じたことが伝わってないってことになるから。
私の好きなこと・キライなこと。
興味のあること・ないこと。
そういうことをずっとずっと発信し続けているにもかかわらず、
それを見事に都合のいいようにねじ曲げて受け取られている感じがすごくする最近。
これ以上ないくらいストレートに発信しているつもりなのだけれど、
それでもきちんと受け取っていてもらえない感じ。
そうやって勝手に私自身のことを創り上げられてしまうのは、本意ではない。人は自分の解釈したいように解釈するものだけれど、個人的にストレートに言ったことすら伝わらないって、それはもう、疲れてしまうのです。
もともと建前とか大嫌いなんで、建前の何が嫌いかって、その奥の本心をどうしても探ろうとしてしまうから。
お前それ本心じゃねーだろ?とか思ってしまうから。
だから極力ストレートに、伝わってほしいことは伝えるのだけれど、それでも裏を探られる。
ない裏を探られるのはなんだか切ない。
建前なんてこの世からなくなってしまえ!


ここんところずっと求めているものがあって、それが手に入らなくて悶々。
具体的に形になるところまでつかめていないのもまた事実で、
あーこれは去年の夏と同じかなと振り返ってみるわけで。
だとすればここでグダグダになってしまうのもどうかと思うのですよ。
去年の夏はそれで、大事な人にものすごい負担かけたなぁってすごい反省しているのです。
反省は次に活かさなければ反省でない。
いい感じに適度に乗りきれればいいなぁ。
幸い虚構の世界やら水族館やら、逃げこむ先はそれなりにあるので。
全力で逃げまわってやろうと思います。
調子の悪い時は、自分なりのやり方で巣篭もりしようと思います。
全力で自分に優しくする期間なのだなー。
11月は本当に、最弱になる時期なので仕方がないとはいえ。。。
なんかこういう心の振れ幅って大人になったら狭くなるものなのでしょうか。
それともずらし方が上手になるだけなのでしょうか。
これも毎年毎回のように思うこと。

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