サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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リセットなんかじゃなくふりだしに戻れ 2014-10-15

そのダイスはオーパーツでゾロ目出す度過去へ戻れる
ただリスクはつきものさ、時の闇に消えることもある
だが設定ランダムで行きたい過去とは限らない
ただリスクはつきものさ、ダイス振るたび、命消えていく
構うもんか!連れて行けすぐ
ゾロ目ゾロ目揃え戻るんだ 一体何コマ
リセットなんかじゃなくふりだしに戻れ
あなたと恋したあの日まで何コマでも戻れ
二人は愛のゾロ目
(ゾロ目 / 筋肉少女帯)


やー。筋少のアルバム出ました。
何を勘違いしたのか限定版と通常版が1枚ずつ届くといううっかりをやらかしたわけですが。
Amazonさんは同じ商品なら「それ持ってるよ?買ったよ?」ってアラート出してくれるんだけど、
微妙に商品違ったからなあ。。。出なかったんだろうなあ。
そんなわけで生まれて初めてアマゾンで返品をしてみました。
返品もすごくわかりやすくできるようになっている。素晴らしいなアマゾン。
とりあえずぐるぐるとCD聴いているのですけれど、歌詞を改めて眺めたらこの曲しょっぱなからすごいな!
オーパーツか!オーパーツのサイコロってなんだ!
ちなみにMVはヌンチャク動画になっています。ひたすらヌンチャク。ライブでよくヌンチャクぶん回してるんですけれども、、、まさかメンバー全員でぶん回すとは。
特撮聴いてー、筋少聴いてー、とかやってるわけですが、やっぱ筋少は筋少で特撮は特撮なんだなあとしみじみしちゃったりします。私は特撮が好きです。筋少でもわくわくできます。
まーなんだ、歌詞も曲もアレンジも筋少だなって感じのアルバムでした。
モモクロの「労働讃歌」を歌っているんだけれど、おっさんと女の子でこんなに印象ちがうのかよこの曲……。ってなります。特撮でも聴いてみたいなぁ。。。
ごきげんよう、たいこです。
 週明けごとに台風にやられて都民のHPはもう0よ!!!って感じですが、今回の台風は明け方には過ぎ去ってちょっとほっとしました。休み明けから通勤に120%のパワー使うとか本当にできるだけ避けたい。先週は素敵上司の顔を全く見ることなく過ごしたのですが、どうやら病気しておやすみしていたらしいです。まだ治らない……というか完治までに3週間くらいかかるようなので大変そうですが、今日は朝からその病をネタに大騒ぎしていました。元気そうだがあの元気は半分が素で半分が元気なフリのような気がするので、早く治ったらいい。
 部長以外にもなんだか熱とか風邪とかが微妙に蔓延している気配の社内。季節の変わり目だからなあ。ちびっこのいるおうちでは避けられない事態だろうなあと思う。季節の変わり目になるたびに熱出したり病気うつされてきたりした事は、私にとってはすでに懐かしい感じの出来事になっています。10歳もすぎれば子供は本当に強くなるものなあ。
 いつの間に11月が手の届くところにいます。11月は頭の方にたくさんのイベントが詰まっています。11月にイベントということは今が大忙しということなのです……が。季節柄、漫然と作っているとどうしてもハロウィンの方向に引っ張られてしまうものづくり。ダメなんですけれどね。11月にハロウィンって終わってるんだ。どうしても寄っていってしまうハロウィンテイストと日々戦っているわけです。
 11月のFGCのテーマがMMOなので、MMOに疎い私はアニメで勉強しようと週末にログ・ホライズンを見ました。面白くて全部見てしまった。今のところ全27話。今第二期放送中なので、毎週1個ずつ新しい話が増えます。完結してなかった。完結してないのは先が気になりすぎて、できるだけ手を付けないようにしているのですが今回はまんまとやられた!って気がします。
 現実逃避の一環として漫画も読みました。よつばと!。想像してた感じとだいぶ違って、読んでいて何度も声を上げて笑ったりしたのでした。すごくよい漫画だなあ。この漫画が人気なのは、うっかり笑ってしまうような面白さだけでなく、周囲の大人の優しさが心地いいのじゃないかなと思います。あんなに素敵な大人に囲まれて、おとなりのこどもたちにも可愛がられて、よつばは幸せものだなあ、と、読むたびにため息が出ます。自分が不幸だったとは思わないけれど、こんな大人に囲まれて育ったらずいぶんと楽しい子供時代が送れただろうなあ、と。よつばと!は、ファンタジーだと思う。現実にはああいう大人ばかりが周囲に集うなんてこと、あんまりない。
 忙しい中にも色々なことがあって、私達の周囲は私も含めてすごい速さで変わっていきます。一つのところにはとどまれないから。だから今あるこの現状はできるだけ楽しんで過ごしたいなと思う。
 現実逃避も程々にしないとあとあと後悔するよ!ってよくわかってるんですが。ままなりませんね。苦手なものがどんどん残っている気がする。あとで苦労するのは自分なのよー!

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カテゴリー: 日記

和むには冗談 ナゴムには相談無い? 2014-10-09

暇に勝るモノ無し 今なお その日暮らし
暇つぶし ひつまぶし いまだ光るモノ無し
We are little children use to be.
ありすぎる思い違いで
We are little children use to be.
alles klar 多分違うね

(少年ヤング / 電気グルーヴ)

 なんかの拍子に電気グルーヴの話になり、なんだか今日は電気グルーヴです。この曲はグミ・チョコレート・パインという映画の主題歌になったやつ。原作は大槻ケンヂ、脚本と監督はケラリーノ・サンドロヴィッチという、ナゴム臭半端ない映画でございました。そして大変面白かった。原作となった小説は、グミ編・チョコレート編・パイン編という上中下の三冊セットですが、チョコレート編からパイン編まで、確か8年くらいのブランクがあって出版されたものです。
チョコレート編まで読んだのが10代の終わり。パイン編はだいぶおとなになってから読みました。さすがに時間が経ちすぎていて、パイン編はそれまでとは別の小説のようになっているという……。なんであんなに話がでかくなったのか。
 ともあれ、この小説は大槻ケンヂの小説の方の代表作のひとつです。もうひとつは「くるぐる使い」だと思う。なんかもうすごく恥ずかしい小説なのだけれど、私はこれと「新興宗教オモイデ教」で大槻ケンヂのファンになったのでした。ちなみにグミチョコは月間カドカワの連載で読んでいた。
ごきげんよう、たいこです。
 10月に入ってもう1/3が過ぎてしまったなんて信じられない!まだまだ気分は若干9月です。未だにうっかり半袖で出勤して帰りに寒くて震える……なんて事をしています。時間の流れに取り残されているよ。困ったよ。10月はそれでなくともあれこれ忙しく、やることが山のようにあるのです。ありすぎてこなせる気がしなくてちょっと現実から目をそらし気味ですが、逸らしていてもやるべきことは消えてくれないのでやるしかないわけで。。。というわけで、ここのところ毎日のようにメタセコ開いてSAI開いてってやっています。いやあ、作っても作っても終りが見えない!
 Twitterでちょこっとやりとりした話。ああこれは140文字では書ききれないなあと思ってブログに書こうとしてから数日経ってしまった。
 生きていて、なんでこんなに次から次へと色々起きるんだ!と思うような時期ってあると思うのです。または、なぜこの人にはこんなに大変なことが押し寄せるのだろう!みたいなこととか。波瀾万丈な人生を送っている人っていますよね。すごく苦労しているとか。生きていれば色々なことがありますし、何もないという人のほうが少ないですけれど、それでも人によってその波の高さは違う気がする。
 私は昔、「たいこさんはある時に人生の獣道を選んだから、この先の人生は見通しが悪い」というような事を言われたことがあります。獣道に進んだきっかけもタイミングも自分ではっきりとわかっています。あの時だなって。生まれる時に、その人の人生がどういう感じになるかは決まっているのだそうで。でもそれは、私のように踏み外すこともできる。踏み外すことで大変になった道のりにはしかし、そこでしか得られない宝物のようなものもあります。
 魂というものがあって、今私達のいるこの世界は魂の修業の場であって本当の魂の居場所はあの世にある……という考え方は、イギリスとかのスピリチュアルなんたらのもののようですが、なんとなくこの考え方は正しいような気がしています。今まで知り合って来た人たちの話を総合すると。こういうものは証拠も何もないので、さらっと読み流してほしい話ではあるのですが、、、という前置きをしつつ。
 魂にはこの生でクリアすべき課題を持って生まれてくる。クリアすべきだということは、その魂にとっては現状それが苦手な事なのですよね。だから、自分の人生のほんとうの望みは叶えるのがとてもむずかしい、ということになる。でも、クリアすべく生まれてきているのだから、やってやれないことはない。なんかそういう事なのじゃないかなあと私は思っています。みんな課題が違うのだから、人生の波がどんな感じなのかはその人によって違うのは当たり前。でも、きっと自分に乗り越えられないような課題は降ってこないだだろうと思っています。
 自分だけが特別につらいとか、自分だけが特別に恵まれているということはきっとないのです。どんなことが度の人にとってすごく大変なのか、すごく幸せなのかは人によって違います。自分の痛みは自分だけのものだし、同じ痛みを他の誰かが味わったところで同じように苦しくなるかは誰にもわからない。
 私には、この経験は必要だったし得難いものを得たけれど、二度と同じ経験をしたくないというような経験が2つくらいあります。その頃の事を思い出すと心に砂嵐が吹き荒れるような、本当にヒドイ経験でした。得難い宝物を得るには、それ相応の何かに耐えないとだめだって事なのだろうなと思っています。私の本当の望みは、未だに叶うか叶わないか分からないのですけれど、それを叶えるためにはまだ足りないものがいくつかあるなあ、ということはわかります。かなわないことを嘆くのではなく、この足りないものをどうにかして埋めていかねばなあと思う。年々難しくはなっていっているのですけれども。本当にこれは試練だなと思うくらい、同じことが繰り返し繰り返し起きている。まだまだ自分が未熟なせいです。
 だから、今の現状がしんどくてしょうがない人たちは、今自分は集中講座中なんだなと思ったらいいと思う。集中講座はずっとは続かないし、その時の課題をクリアしてしまえば抜けることができる。冷静になって今自分に起きていることを1つずつ吟味していくと、自分がどうしなければならないか、どうすればいいのかってことは、きっと自ずと見えてくるものだと思う。そして、どんな苦境にも八方ふさがりはない。必ずどこかに逃げ道があるはずで、本当に四面楚歌だなあと思った時は、そういう時ほど自分の現状を他人ごととして眺めてみることが大事だと思う。きっと逃げてはいけないところで自分が逃げている。大体そういうものだと思っている。
 と、まだ38年しか生きていないような私がいうのもおこがましいのだけれど。でも、こういう考え方で救われることは多いんじゃないかなあと思っています。自分に優しくとはそういうことなんだろうなと。嘘は必ずしも良いことではないけれど、自分で自分につく嘘は大概よくないものだ。あとで自分が3倍位苦労すると思う。


 上橋菜穂子の「鹿の王」を読みました。久しぶりの上橋菜穂子の新作で、私は心躍らせながら読んだのですが期待を裏切らない!この人の小説は本当に贅沢な気分になります。物語の世界がため息が出るほどしっかりと作られていて、色々なところに思いを馳せてしまう。ファンタジーなのですが、生きることとは…とか、人と人との絆だとか、血だとか、そんなことをしみじみと考えてしまいました。
 親とか子とか家族とか。血は水よりも濃いと言いますが、私はあまりそう思っていません。確かに私は両親の遺伝子を受け継いでいるし、だからこそ似ているところもたくさんあるのですけれど。でも、大方は環境が変われば変わってしまっていただろうな、ということも多いのです。大切なのは、どれだけ濃いつながりを誰かと持つことが出来たかに尽きる。
 主人公のヴァンのこの先の物語は、自分で想像するしかないのだけれど(またそういう想像をしたくなるような終わり方だった!)、きっと幸せになっているんだろうな、なってるといいなと思ったりしました。

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