サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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暗い音色からすぐに抜けだすのは ありえない悲しみの抜け殻 2012-10-04

形はいつだって行儀よくして
いつしか笑えなくなっていた
嘘つくことばかりうまくなっちゃって
気づけば別の場所に立っていた
立っていた立っていたことも忘れていたんだ
(THE END / Discharming Man)

昨日は6年間で1度回ってくる校庭開放の当番の日でございました。
すっかり忘れていて、慌てて会社を休む水曜日。
なんか色々仕事があった気がするんだよなあ。。。
肝心の校庭開放は午後からの雨で中止とかねもうね。
無為に過ごしてしまった休日となりました。
ま、たまにはこういう日があってもいい、ということにしておきましょう。
ごきげんよう、たいこです。
ホロスコープを勉強しはじめてから、いろいろな占い師さんのホロスコープ解釈を読むようにしていて。
いろいろな人の解釈を読みながら、少しずつ星の位置と意味、関係を頭に入れてってるのです。
今週はいろんなことが動くー!っていう印象がありまして、
2年に1度くらい星座を移動する土星が動くのもこのタイミングなのです。
土星はいわゆる「不幸な星」と言われがちなのですが、どちらかというと、
水面下で力を蓄えるべき時期みたいな印象があります。
土星さんが自分の星座にいる間の2年くらいは、何かをやろうとしてもなんとなくうまく行かなかったり、
思ったように動けない!という感じになるのです。
なぜうまく行かないんだろうというその理由や、進みは遅くてもとりあえずこつこつ頑張ることや、
そんなことはあとになって自分の地の力になるものだと思うのです。
だから、土星さんが自分のところにいる時にどれだけ頑張ったか、考えたかによって、
その錘が取れたあとの自分に恩恵がフィードバックされるのではないかなーと、そんなふうに思っています。
土星の象徴しているものは、克服すべきウィークポイントなのです。
その弱点は克服すべきであって、克服したあとではそれは自分の強みに変わるという事なのですよね。
占いとの正しい関わり方(なんていうものがあるのかないのか知りませんが)は、
出てきた運勢や占い結果を盲目的に信じることではありません。
所詮占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦なのでして、そもそも今現在示されている未来は、
その後の自分の行動で簡単に変わる不確定なものなのです。
過ぎ去った過去、何かを選択し続けて自分が結果を出してきた事柄については、
いくらでも自分で分析ができます。
もうそれは確定してしまった事実なのです。
けれどもその分析・解釈の仕方は無数にあるわけで、
この過去の出来事をいかにこの先の自分に有効に解釈するかが、強く楽しく生きていくポイントだと思うのです。
それは自分に都合よく解釈するということではありません。
あの時の自分の行動はこういう理由でここがまずかった、と反省することが大事なのです。
責めるだけでなく、そこから今後の傾向と対策を打ち出すこと。
そしてそれをできる限り実践すること。
そういう自己分析の材料として占いを使うのがきっといちばん自分にとってよいのだと思う。
そりゃあいいことが書いてあれば嬉しいしテンションもモチベーションもあがります。
それはそれでいいのです。
でもその占いが当たるかどうかはまた別の話。
自分の人生に起きる沢山のいいことや悪いこと、傷ついたり幸せを感じたりすること、
これらの責任は全て自分にあります。
それは、自分の人生の面倒は自分しか見れないという視点から、自分の責任であるということになります。
自分が感じる辛いことや悲しいこと、その気持ちを他の誰もきちんと分かってはくれません。
だって同じ思いを感じさせることはできないんです。
高熱を出して苦しんでいる大切な人を見て、代わってあげたいと思ったって無理なのです。
自分一人の力でなんとかするしかない。
自分が不幸なのはもうそれは自分のせいで、
心霊も先祖も占いも神様も仏様も友達も家族も関係がないのです。
占いにかぎらず、いい感じに自分の過去も未来も肯定して生きていくことがすごく大切なんじゃないかなー。
できるだけ自分をいい状態に置いておく努力をすること。
そのために、占いや映画や小説や誰かの言葉、話を聞いてくれる大切な誰か。
そういうものを大切にしていけたらなと私は思うのです。


母なる証明を見ました。韓国映画。
ものすごく怖い映画でありました。
母というものの怖さ、そして女性ならば少なからず持っているその怖い部分を、
これでもかと増幅させて純度を高めて見せられた感じがする。
ラスト30分で衝撃を受ければいい。と、この映画を薦めた人に言われたのだけれど
本当にすごい衝撃を受けました。
非常に、蟹座的な母性だよなあとどうでもいいことを考えつつ。
暗くて重たい映画ですが、暗くて重たい映画が好きな人はぜひ見てみてください。
俳優さんの演技も素晴らしかったです。

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カテゴリー: 日記

代わりに私が生きてあげようかな 2012-10-02

浮かぶのはイメージ
落ちたヘリコプター 狂った時計
くだらない友達 救えない神様
横抱きのまま売られた子供
(生きてあげようかな / 大槻ケンヂ)

この曲のメインってたぶん語りなんだけれど、あえてこの部分。
とっても若い感じのする好きな曲です。
本当は筋肉少女帯の曲なんだろうけれど、私が最初に聞いたのはソロバージョン。
で、やっぱりソロバージョンのほうが好きである。
天国の愛する優男は少女をとっても愛しているのだけれど天国にいるから案ずるしか出来ない。
ちょっといい話っぽいけれど、これはこれで残酷な話なのかもしれない。
恋とか愛は肉体だけの話ではないし、精神的なものも非常に大事なのだけれど
それだけでは成り立たないもののような気もします。
触れられないものなんて、認めない!
と、頑なに言い続ける私は非常にアナログな人間なのかもしれません。
ごきげんよう、たいこです。
だがしかし、触れたいのに触れられない辛さというのは人一倍味わっている自信がございまして。
RL・SL問わず、心のそこから好きになった人とはなかなか触れ合う機会が訪れないというのが
私の持っているトラウマ。
ネットから始まった恋もそりゃあいくつかあるのですけれど、
そうではない恋に関しても、本当に惚れてしまった人と触れ合った回数って片手で数えるほどだったりするのです。
このジンクスが、私のいろいろな意味でのストッパーになってることは言うまでもありません。
あの感じは本当に辛いんだ。筆舌に尽くしがたいんだ。
出来れば二度と経験したくないんだ。


朝ブログを開こうとしたら「ご指定のURLは存在しません」とか言われてびっくりしまして。
大慌てで会社からJUGEMの管理画面を眺め、ロリポップの管理画面を眺め、意味もわからず途方に暮れつつも
JUGEMのサポートにお問い合わせ。
いろいろいじっているうちに、.infoドメインが年間180円だとかいう情報を仕入れてしまって、
仕事中に新しいドメイン取っちゃったり。なんだり。
さあ、新しいドメインで何しようー。
ワキに話がそれた。
夕方、JUGEMからお返事が来ました。
実はこのブログはもともと、ロリポップの付属オプションで始めたものでして。
ロリポブログという名前のプランでJUGEMを使っていたわけです。
そこからJUGEMplusというJUGEMの有料サービスに切り替えたのですが、節約生活の一環として、
これをロリポブログに戻そうと思い立ったのですね。
で、有料契約を切りましたら、ロリポブログではなく、JUGEMの無料プランになってしまったという。
無料プランは広告が強制的に表示されたり、ブログのURLに独自ドメインが使えなくなったりするのです。
どうやらロリポブログからJUGEMplusに移行したら、
もうロリポブログには戻れないというとんでもない一方通行状態らしく。
これはね、ちょっとひどいと思うよ。
だったらJUGEMplusのオススメなんてしないで欲しいと思う。
ブログのURLが変わってしまうのは一番困る。
それは、お引越しの案内もせずにお引越ししてしまうようなものだからで。
データが残っているとかそういう問題ではないのです。
契約の折にロリポブログには戻れませんと明記してありますのでご了承ください。
と、メールには書いてあってですね、ああ。。。と思ったのでした。
しかしこのままURLが変わりっぱなしはさすがにまずい。非常にまずい。
だってURL変更のお知らせも出来ない。
仕方なくロリポブログで同じURLのブログを作り直しましてん。
なのでこのブログ、今までと同じように見えて全然別のものだったりします。
インポートにちょっと失敗したから、過去の記事にダブりがあるよ。。。あるよ。。。
まあしかし、戻ってこれてホッとしています。
知らずにどこかのリンクから飛んだ人はきっとびっくりしたでしょう。
いきなり消えるってちょっとびっくりする事態だものなあ。
なんにせよ、パッと見は今まで通りのブログでございます。
なんの目新しさもなく、どうせならテンプレくらい変えろよと思わないでもないのですが(笑)
今はそんな余力はないの!!!!!!(切実)
とはいえ、テンプレもそろそろ飽きてきているので諸々の諸事が終わって落ち着いたら衣替えしようかなと
思っております。
ああ、無駄に説明が長くなった。
そんなわけで、これからもうっすらとよろしくお願いいたします。
しかし私はどうしてこんなに説明文がヘタなのでしょう。


今日、「あーげつようびだ仕事いかなきゃ。なんで台風は夜中に来るの?」なんて思いながらダラダラとしていたら、私以上にダラダラとしている子供たちを発見。
「君たち、時刻はもう7時50分なのだがなぜそんなにゆるゆるとしているのだね。学校はどうした」
と問うたところ、
「今日は都民の日だよー。うへへへへ」
というタイヘンかわいくないお返事が。
ああそうか、今日は1日か。
なんでしょう。子供の頃は大変嬉しかった都民の日ですが、
おとなになったら休めないんだこの休日。
さらに彼らの通う中学校は、10月2日が創立記念日でして・・・・・・
あいつら今年4連休だよ。
羨ましいにも程がある。
だらだらへらへらしている子供たちを尻目に今日も頑張って働いて来ました。
仕事はないけれど働いて来ました。
仕事が無いからドメインのような事を会社で手続きしてしまったのである。不覚である。
あと4回も仕事に行かねばならないよ。涙が出ちゃうよ。嘘だよ。
今週末は劇団鹿殺し。
三連休だなんて知らずに土曜日のチケットをとってしまったよ。
下北沢に住んでいる友だちと遊ぶ約束もしていたのだけれど、
急遽仕事が入っちゃってお預け。いや、会社の同僚なんですけれども。
彼女とのデートが流れるのはこれで2回目であって、この先当分下北沢に行く用事がないのであって、
なんだか残念極まりない話なのだけれど仕方がない仕方がない。
三連休だというのに日曜日は自治会のお掃除当番。
なぜか私の仕事ではないものまで振られそうになって、お断りする。
他にやる人がいないならいいのだけれど、他に当番がいるのである。
誰がいったっていいじゃないかというのはおかしな話で、本来の当番がいるのに
本来の当番ではない私がしゃしゃり出たらそれは周りを混乱させるだけだということを、
隣の爺さんはなぜわからないのか。
私はこういう、周りのことを考えているようでまるで考えていない自分本位な行動や指示が大嫌いなのです。
久しぶりに隣の爺さんに喧嘩売ってしまった。。。
まあいいまあいい。
とりあえず今週は、鹿殺しを楽しみに過ごそうと思う。


twitterを眺めていて、乙武氏の「夢売るふたり」の感想文に出くわしました。
映画そのものの見方が私とまるで違っていて、「ははあ。こういうふうに解釈する人もいるのだな」と
ちょっと考えてしまいまして。
乙武氏は、松たか子の演じる結婚詐欺する夫の妻役を「凛としている」と表現しました。
しかし私からみた松たか子は、夫への愛をどうしていいか持て余して、結果わけのわからない事になって
途方にくれちゃったけれどやっぱり夫が好き。っていう感じの人物に見えたのです。
真面目で、不器用。
甘えるのがヘタ。どちらかというと支える側に回ってしまって、好きな男を立て続ける。
真面目で不器用だから、「もうやめよう。私しんどい」という一言も出すことが出来ない。
彼女にとって、他の騙される女と自分の違いは、配偶者であるということ。
騙される女性はみんな、自分の最愛の夫と恋人として非日常を積み重ねていく。
面白いはずがないこの状況。
やっぱり、みんな強くないし常に迷ってるってことを描いた映画だと思う。
そして、どれだけ歳を取ったって人生に迷わない人はいないんだと思ったりしたのでした。

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