サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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マリーの孤独は普遍的で 僕たちの共通項 2012-09-12

豪ジャパニメーションみたい
身代わりマリー
抗うつ剤ポッケいっぱい
手首傷3回
やっかいだ わかってた
でも愛したんだ
マリー本を読んでたんだ
三島読むぜ

(身代わりマリー/特撮)

ごきげんよう、たいこです。
今日の1曲は身代わりマリー。新しいバーの名前です。
とっても好きな曲でして、好きな曲というよりは語感で決めることの多いバーの名前ですが
身代わりマリーはもう、そのままタイトルにしても素敵じゃない!というわけでマリーになりました。
今回は看板も頑張ったんだぞ。
身代わりマリー
顔描いたヽ(`Д´)ノ 
普通に描いてたらものっそいぶさいくになって、仕方なく半分に切ってコピーして反転。みたいなね。。。
いいのだ。いいのだ。
素晴らしきデジタルお絵かき。
なかなか好評な看板で、看板に釣られて来るお客さんが多いのが楽しくて仕方がないです。
ごめんね。。。中身こんなダメダメで。
私自分から話題切り出すの苦手なんです。
ほんとこんなんでバーとかやっててごめんなさい。とか実はあんまり思ってない。
まあ気軽に来てもらえると嬉しいです。


私は基本受け身であって、無意識に相手の顔色を伺うクセがあります。
本当はこんな卑屈っぽいクセ、なくしたいんだけど。なかなか矯正するのも難しいようで。
しかしこのクセが、相手のことをよく見るクセと繋がっているから一概に悪いとも言えない。
事を荒立てるのは本当は好きじゃないから、特に怒りに任せて何かをするのは本当に苦手だから、
あんまり怒らないようにしています。
怒ってしまうと見えるはずのものが見えなかったりもして、それはなんだかもったいないっていうのもある。
基本的に人のことは信じますが、盲信するわけではない。
されたこと、したことの裏にはその人の気持や何かがある。
されたこと、したことだけを見るようなことをしたくないなと思う。
その裏側もできるだけ把握していたい。そして、怒ることと許すことは別のことだ。
いいように解釈したいのは何も特定の人に向けているわけではないのです。
なかなか理解されないのだけれど、よっぽどのことがない限り私は人をほんとうの意味で嫌えない。
それでは自分が保たないので、キライという言葉である程度の人間を切り分ける事はする。
理解の出来ないものを理解の出来ないラインで理解することはすごく疲れることだから。
けれども自分以外の他人は、みんな自分にとっては理解が出来ない未知の宇宙なのです。


当たって砕けるのだね。と、一昨日くらいに言われまして。
基本的にそのスタンスであることは否定しない。
ただいつもいつも砕けてたら体も心ももたないよ。。。
多分、砕けないようにぶつかって方向転換くらいなんだと思う。
砕けてもいいやと思えるような事ってそうそう起きないのです。
そういうものを待ち望みつつもそれが怖い。
今までに痛い目を何度も何度も見てきた過去があります。
自分を守ることは大事だと、いつの頃だかに思ったのです。
昔の自分は愚かだったと思うけれど、愚かな自分だった事は忘れないでいたいとも思う。
その頃の自分みたいな人を見かけた時に、自分もそうだったということを忘れないでいたい。
私の人に対するスタンスは、なんかすごく甘いのかもしれない。
でもそれは甘くされたいことの裏返しな気もする。


この季節は特に寂しい寂しいと思いやすいけれど、
心底寂しい思いをすることは悪いことじゃないなって思う。
そういう思いをしなければ、一人で楽しむことを覚えられない。
そしてほんとうの意味でそういう寂しさを誰かと分かち合うこともできない。
自分の寂しさばかりに囚われていると、他の誰かの寂しさに気付けない。
馴染んでいる世界から人がいなくなって、新しい場所に移ろうという時。
移りたてって馴染んだ世界に一人でいる時よりも寂しい。
自分を多少なり理解していてくれる人たちの居心地の良さを思い出すから。
けれど人はずっと一緒にはいられないし、出会ったら必ず別れるものだし、
最終的には一人になるのだし、けれど世界には人が沢山いる。
人が沢山いるのに自分はひとりだ、というのが、一番基本の、一番正しい立ち位置だ。
だから、寂しくて孤独で困ったなあ。と思うようなタイミングがきたら、
それは、最初の立ち位置を思い出すチャンスなんだと思う。
まずはそこで一人で楽しめる方法を探すことは結構大切なんじゃないかな。
その立ち位置から、色々な距離で人と繋がっている。
その人たちと自分とは溶け合わない。距離があって繋がっている。
その距離から、交わることなく、それでも心配してくれたり気にかけてくれたりする
そのことで自分の事を浮き上がらせる、そういう方法はあるはずだ。


上記の半分くらいは自分のこと。
ここ何日か、こういうことを考える機会がふんわりと訪れまして。
珍しくこういうことに関する話を何人かでする機会もありまして。
色々とまとまりもなく考えたのでした。
他人のことに関しては、案ずることしかできないのだけれど、
けれどなんとなくいい感じになるといいな。

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カテゴリー: 日記

心を素直に 本当は大好きなんだよね 虚しいケンカ 2012-09-11

僕も君も水に流せ
ほとぼり冷めりゃ仲直り
世界人類 出来るさやれば
な・な・な・な・な・な 仲直り
(仲直りのテーマ/筋肉少女帯)

特に何もしてなくても解決してしまうことがあります。
時間ってのは偉大だな。
ほとぼり冷めたら仲直りって感覚は大好きです。
何も解決してないんだけど。まあいいかってなっちゃうやつ。
そのくらい緩くていいと思うのだけれどね。なかなかそう行かないのが実情です。
難しいなあ。
ごきげんよう、たいこです。
もう、日記書かなきゃ書かなきゃと思って数日が経ちました。やばい。
その間に気分がジェットコースターのごとく上下している。困ったもんです。
さて。本を読みました。
土曜日に美容院へ行って参りまして、美容院でデジパやらカラーやらをやると半日がかりになるのでですね、
本をまとめて読むよいチャンスなのです。
だいぶ前に買って買ったことすら忘れていた「果つる底なき」(池井戸潤)。
面白かったです。銀行とシリコン。そんな感じの話。
シリコンチップとやらがどういうものなのか、半導体ってのがなんなのかさっぱりわからないのでアレですが、
まあ、ミステリです。普通のミステリであった。
私は普段あまりミステリ読まないのです。読みながら「犯人はこいつだ」とか考える読書をあまりしないのです。
1回読んだら次はない感じも自分の好みではないのです。1回しか読まないような本沢山あるんだけどねw
面白かったけど2冊目は買わないかなあという感じでございました。
純粋に好みの問題である。
うっかり本屋で買ったの忘れて、劇場で戯曲と一緒に買ってきちゃった「老人賭博」(松尾スズキ)。
薄い本なんですが。これすごく面白かった。
松尾さんの小説は温度が低くてテンションも低くて、なんていうか冷たい悲劇が多い気がするんだけど、
ってこれもきちんと言えてない。
夢も希望もありゃしない灰色の日常っていう感じ。
別に卑屈になってるわけでもないのだけれど、夢とか希望とかはなから諦めてる感じ。
そういう諦観が漂ってる作品が多い、と、私は勝手に思っているわけですが。
老人賭博は、なんだか演劇っぽかった。
賭博って言葉のイメージから(しかも老人)イメージしていた内容とは全然違ったよ。違ったよ。
松尾さんぽい重たさはないけれど、松尾さんっぽい笑いは随所に。
それがすごく面白くて、美容院でうっかり声出して笑ってしまいまして、大変恥ずかしい思いをしました。
「面白いですか?(キラキラ」みたいに話しかけられちゃってねもうね……。
もういいからほっといてください。私の読んでるものに興味を持たないでください。
本当に興味持ってるならいいけどそうじゃないじゃん?ね?
松尾スズキって言って「(´∀`*)??」みたいな顔されるのは想像がつくんです。
想像がつくけど言わざるをえないこの感じ。
案の定そんな顔されて、苦笑いでやり過ごしたり。なんだり。
でも面白いし薄い本だからみんな読むといいよ!
絶対声出して笑っちゃうから!
小説の舞台になった九州の田舎町は、多分松尾さんの生まれ故郷がモデルなんだろうなあと思って読んでいたら
解説でケラリーノ・サンドロヴィッチがそのような事を書いていたので「ああやっぱり」と思ったのでした。
松尾スズキのあの妙な諦観は、きっとこの生まれ故郷にルーツがあるんだろうなあ。
あの力の抜けた感じが私は大好きなのです。
不幸はその不幸が洒落にならなければならないほど、笑い飛ばすべきだ。
そういう重たい軽さが好きです。
で。立て続けに「ふくすけ」(松尾スズキ)を読了。
戯曲です。思った以上にあっさり読み終えてしまいました。
戯曲だからなあ。
ついこの間観たばかりのお芝居なので、観ていてうまく頭に入って来なかったセリフや、
聞き飛ばしてしまったセリフ、聞き取れなかったセリフなんかが拾えまして。
芝居は上演したものこそが完成形で、戯曲はその部品に過ぎないので完成されたものではないのです。
が、舞台を観たあとで戯曲を読み込むと、観たお芝居の色々が補完される感じがする。
先に戯曲を読んで「ふぉぉぉぉぉぉ」となる作品は正直少ないです。
だって戯曲だもの。
上演された形のものが一番だもの。
2個くらい前の記事に書いたふくすけの長セリフ(の一部)は、戯曲を見て書いたもの。
戯曲があるからこういうことができて、観ただけではこういう事が出来ない。
そういえば昔、入江雅人に狂っていた頃に彼の舞台を観に行っては一人芝居のネタをノートに書き記す、
という逆立ての戯曲を作っていたことがありました。
アレのおかげで入江雅人の初期の一人芝居ネタは、びっくりするくらいの正確さで私の頭の中に入っている。
だからなんだって話ですが。


自分のダメっぷりに若干打ちのめされつつ、でもそういうことを考えたらいけないのわかってる。
だって今は絶賛おにゃのこの日だから!
こういう時にものを考えるべきじゃないんだ。わかってるわかってる。
なんかこー、必要でないときは冷凍庫にでも入れて閉じ込めておけたらいいのに。脳みそ。
必要な部分だけでものが考えられたら、とっても効率のいい人間になれる気がします。
しかしそれって結局は自分が決めることなのだから、仕舞いっぱなしになってしまうと非常にまずいね。
管理者は全部把握していなければならないはずで、そしたら私の管理者は私なのだから、
冷凍庫にしまいこんだところでどうにもならないのかもしれない。
はぁ。
困ったもんだ。

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カテゴリー: 日記

背骨折れる覚悟しろ 俺が抱いてやるぜ 2012-09-05

裏切ったんだろ 傷ついたんだろ
傷つけたりもしたんだろう
悔しいか 悲しいか
鬱ぎ込んだりもすればいい
死にたくなるだろ 暇な証拠だぜ
バイク盗んでは走り出し
夜の校舎 窓のガラス
叩き壊すくらいナウじゃねぇ
(愛 羅 武 勇 / 氣志團)

千葉とかの話をしていて久しぶりに聴いたら良かったよ。氣志團。
GoogleIMEは素晴らしい。氣志團が一発で変換される。べんりー。
千葉って言ったらやっぱり氣志團なんじゃないかと思うのです。
ごきげんよう、たいこです。
アベンジャーズ観ました。キャッチコピーの「日本よ、コレが映画だ」は伊達じゃないと思った。
見事な娯楽作品。頭カラッポにして楽しめる大変よい映画でした。
昨日は排水管の清掃やら都営住宅の手続きやらで会社をお休み。
火曜日からがっつり昼寝してー映画観てー本読んでーっていうだらっとした1日を送ってしまいました。
してもしてもなくならない洗濯物の山などを眺めつつなんとか減らすべく努力を。
部屋が綺麗になる気がしないのだけれど、こればっかりはやらないとマズイ。
がんばれ、がんばれ俺。
LINEを入れてから、フレンドリストってほとんど真面目に観たことがなかったのですが。
明らかに知らない人の名前が結構な数入っていまして。
どーも昔の知り合いが電話番号を変えた結果起きている事態のよう。
今は見ず知らずの人がその番号を使ってるってことですよねコレ。
私にはネット経由の友達も多いし、本名とハンドルを突合して調べるのも面倒なので放置ですが。。。
実際LINE使って連絡をとる人たちなんて片手でも余るので問題ないだろう。
昔使っていたmsnメッセンジャーには、連絡先が100近く入っています。
今その中でも連絡を取るのは2,3人、それも月に1回かそれ以下の頻度。
あの頃はなんだか、おかしかったなあと今になって思う。
毎日毎日誰かしらと話していたし、いつだって毎日話す人が何人かいた。
そういう感じをやめよう、とある日思い立ってやめたのだけれど、
やめた途端に話をする相手の数が2,3人までに減りまして。
我ながら極端すぎるだろうと思う。
今はスカイプかLINEを使うけれど、連絡を取る人数はやっぱりそれぞれ2,3人。
その昔の大量なやりとりをしていた頃の自分ってつかれなかったんだろうか。
今同じ事をしろって言われたらげんなりしてしまう。絶対にすごく疲れる。


必要とされること が自分にとって一番大事なのだから、
必要とされてしまったらいかんともしがたくなるのは自然の流れだろう。
って昨日思った。
ダメンズ好きな私 というテーマでお話していた夜のバー身代わりマリーでの出来事。
好かれることから始まる恋愛をしよう、というのが今の私のテーマである。
好かれることから始まると、私の好意も穏やかなものになるから。
多分それが一番いい。
しかしスイッチが入ってしまうと穏やかもへったくれもなくなるんですけれどもね。。。
そんな感じで、週末を心待ちにする水曜日。


SLの話。
月曜日に、SLTVがホラーナイトにやって来ました。
去年幕末お化け屋敷にも来てくれた番組です。
この番組、たけるくんが面白すぎるんだ…!
今回もたけるくんの「便所コオロギ」連呼で爆笑してしまいました。
アーカイブは下記リンクから。
https://www.ustream.tv/recorded/25162249
ホラーナイト終了まであと2週間を切りました。
まだ遊びにいっていない!という方はぜひ遊びにきてね。
波野家本店のお引越しもあと少しです。
なかなかそちらに意識を集中できないここ最近のあれこれですが、
できれば新作なんかも同時に提供できたらいいなと思ってたりなんだり。
がんばれ、がんばれ俺。

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カテゴリー: 日記