Nothing else for me to say
And so I’ll close, but by the way
Everybody’s thinking of you
P.S. I love you
(P.S. I love you / Johnny Mercer)
洋楽はほとんど聴かないのですが、例外的にベット・ミドラーだけはアルバムを何枚か持っています。
一時期彼女の映画をたてつづけに観たせいで。
ベット・ミドラーって言ったら、The Roseがきっと有名なんじゃないかなーと思います。
日本では都はるみがカバーしていて、英語版の趣とは全く違った感じの曲になっております。
The Roseも大好きな曲ですが。
P.S. I love you は、すごく古い曲ですね。私も詳しくないんでよくわからないですが。
For the Boys という映画で歌っている曲です。
この映画のサントラに収録されています。映画もすごくいいよ!
https://www.youtube.com/watch?v=areAdI3QsR4
戦争中、戦地にいる兵士への慰問歌手としてあちこちを転々とする歌手のお話なのですが。
故郷を遠く離れて生きるか死ぬかの戦いをしている兵隊さんたちにこの曲を歌うのです。
ちなみに日本語の訳詞はこちらに載っていました。
この曲すごく好きなんですよね。
何でもない手紙の裏にある愛する気持ちみたいなのが。乙女としてはたまりません。ええ。
ごきげんよう、たいこです。
今日は朝からこの曲が頭の中をぐーるぐるでした。
運動会が終わってやっと聴けたよ。ほっ。
For the Boysはすごくよい映画なのでお勧めです。
私は何度か観た気がします。
同じようにローズもいい映画です。
でも、一番好きなのはステラかもしれない。あの映画は本当によい。ああ、見たい。
今日は中学校の運動会でした。
小学校は1学年2~3クラスと普通規模な地元校ですが、学区域の中学校はびっくりするくらいの小規模校。
1年生と2年生は30人程度しかいません。3年生は60人弱。
学校選択制度というものがありまして、学区域外の学校へも結構自由に行けるようになった結果、
こんな状態になったという学校です。
私は地元で生まれ育っていますので、彼らの学校の不人気の理由はよくわかる。
私も出来ればあの学校には入れたくないって思ってたから。
今の彼らの中学は、小規模校という事を最大限活かした丁寧な教育をしています。
生徒がたくさんいなければ出来ないダイナミックなこともそりゃあたくさんありますが、
周囲にいる大人がきちんと自分の事を見てくれているっていう安心感は、大規模校にはないものだと私は思う。
その辺を考えて、敢えて学区域にあるその学校への入学を決めたのですけれどもね。
運動会も、私の中学時代の事を考えるとまったく別物っていうくらいこじんまりとしておりました。
学年ごとの全員リレーだって、私の頃は男女別れてクラスごとに競ったものです。が、
1クラスしかないからそんなこと出来ない。
生徒を4チームに分けて、(もちろん男女混合)4チームで競うという形の全員リレー。
これはこれで楽しかったです。
組体操も全校生徒で。もちろん男女参加。
表現の競技は全学年でやらないと人数が足りないため、
ダンスも全員で。
その中で、組体操は男子が目立ってダンスは女子が目立つ、というバランスの取り方をしていました。
必然的に、子供が2人いる私にとっては、休む間もなく競技を見続けるという、
ある意味飽きない感じの運動会観戦でございました。
楽しかったです。
毎日接しているとわからない成長具合が見れるのがこういう場だったりするのでして。
運動があまり得意ではない長男も、踊っている姿を見ていて「しっかりしてきたなぁ」なんて思ったり。
さすがにもう感動して泣くことはなくなりましたが。
そういうことで泣くほど感動しなくなるというのは、
子供たちにかけている期待がそれだけ大きくなっているってことなんだろうなー。
西洋占星術、と呼ばれているようなものの本を読みあさっています。
一体どこから覚えていけばいいのかw と思いながらも、
とりあえず12星座の意味するところから始めるべきだろうみたいな感じで。
おひつじ座から魚座までの流れを繰り返し頭に入れている過程で、
自分の人生の道筋について思いを馳せる事が非常に多くなってきています。
「人はなんのために生まれ、生きて、死んでいくのか」
みたいなことです。
私は生きることはざっくりと「魂の修行だ」と思っています。
輪廻転生があるかどうかは知らない。
私は死んだことがないし、もし輪廻があるとしたって
前世的な記憶は残ってないからわからない。
私は自分が死ぬ時に「よくやった」って思いたいんだと思う。
この世界で、広くてたくさん人のいるこの世の中で、
自分という小さな吹けば飛ぶような存在であるこの自分が、
どのようにして関わっていけるだろう、というような事を考えているんだと思う。
誰かと関わって、何かと関わって、その結果思ったり感じたり考えたりしたことがあって。
そのことをモトに私は「世界ってこんな感じ」みたいな事を知っていくのだと思う。
それは同時に、「自分ってこんな感じ」ってことをも知ることだと思う。
いつ死ぬのかは誰にもわからないけれど、死ぬその時までそういう事を繰り返していって、
いつか自分の理想とする自分像に近づけたらいいなと思っているわけですが。
これは非常に漠然としているわけです。
12個の星座にはそれぞれ、人の一生になぞらえたある時期の事が当てはめられています。
具体的にそれらを読むたびに、「じゃあいま具体的に私はどうするべきなのか」みたいな事を考えてしまう。
占いからは非常に横道に逸れた感じなのだけれど。
今自分の立っているこの足元には、見渡せる周囲には、一体何があるんだろうってこと。
今まで自分が歩いてきた道の、来し方ゆく方を見渡してるって感じなのかもしれない。
今まではそういうことがあったら、必ずいくばくかの不安がつきまとっていたものですが、
なぜか今回はそういう不安感がない。
これがいいのか悪いのかわからないのだけれど、すでにゆく方もある程度断定して眺めている感じがします。
一体この先の私に何が起こるのでしょう。ね。
そもそもがその支点を明確にするお助けツールが占いだろうっていう。
うむ。日々精進でございます。
「人に説明するのが上手だ」と、よく言われます。
プライベートに限っての話です。
もっというと、上記のようなふわぁっとしたものに関してよく言われます。
しかし私は実は説明がすごく苦手だったりします。
例えば会社で仕事を教える時。
例えば家庭で子供に算数を教える時。
私は説明がとっても下手で、相手を混乱のまっただ中に叩き落としがちなのです。
雲の中から閃いたことを、何かに例えて言い換えるのが前者。
歴然とそこにあるものを順序立てて説明していくのが後者。
私は後者の能力が非常に低いのです。
おそらくそういうものを理解する過程で、順序立てて考えていないんだと思う。
私にはエクセルをそこそこ扱う、というスキルや、
中学卒業時点までの国・数・英は一応頭に入っているというスキルがあります。
それを学んで行った過程が、きっとぐっちゃぐちゃだったんだと思うのですよね。
だから、それを綺麗に並べて説明しようとすると混乱する。
他でもない私がw
説明する人が混乱しているのだから、説明を聞いている人が理解するはずもなく。
こういうものの回避手段として、マニュアルを作っています。
マニュアルを作るのはすごく時間と手間暇がかかるのですが、
これを作らないと私の頭の中にあるものは、きちんと整列してくれないのだ。
一体自分の考える構造ってどうなってるんだと思う。心底思う。
せっかく頭の中に詰まっていることを、誰かにきちんと伝えられないのは非常に口惜しい。
まあでも、心の中に詰まっているものはそれなりに伝わるみたいだからいいかー。
どっちかっていうとそっちのほうが大切な気がするし。
今日は大変いい天気でございました。
おかげ様でがっつり日焼けをしてしまいました。
顔もうでもポッポポッポしていてなんだか落ち着かない。
どのくらい焼けたのかわからないんだけれども、明日会社で驚かれないといいなぁ。。。
