サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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…ところで、あなたのことをいつも考えてる。追伸 大好き。 2012-06-10

Nothing else for me to say
And so I’ll close, but by the way
Everybody’s thinking of you
P.S. I love you
(P.S. I love you / Johnny Mercer)

洋楽はほとんど聴かないのですが、例外的にベット・ミドラーだけはアルバムを何枚か持っています。
一時期彼女の映画をたてつづけに観たせいで。
ベット・ミドラーって言ったら、The Roseがきっと有名なんじゃないかなーと思います。
日本では都はるみがカバーしていて、英語版の趣とは全く違った感じの曲になっております。
The Roseも大好きな曲ですが。
P.S. I love you は、すごく古い曲ですね。私も詳しくないんでよくわからないですが。
For the Boys という映画で歌っている曲です。
この映画のサントラに収録されています。映画もすごくいいよ!
https://www.youtube.com/watch?v=areAdI3QsR4
戦争中、戦地にいる兵士への慰問歌手としてあちこちを転々とする歌手のお話なのですが。
故郷を遠く離れて生きるか死ぬかの戦いをしている兵隊さんたちにこの曲を歌うのです。
ちなみに日本語の訳詞はこちらに載っていました。
この曲すごく好きなんですよね。
何でもない手紙の裏にある愛する気持ちみたいなのが。乙女としてはたまりません。ええ。
ごきげんよう、たいこです。
今日は朝からこの曲が頭の中をぐーるぐるでした。
運動会が終わってやっと聴けたよ。ほっ。
For the Boysはすごくよい映画なのでお勧めです。
私は何度か観た気がします。
同じようにローズもいい映画です。
でも、一番好きなのはステラかもしれない。あの映画は本当によい。ああ、見たい。
今日は中学校の運動会でした。
小学校は1学年2~3クラスと普通規模な地元校ですが、学区域の中学校はびっくりするくらいの小規模校。
1年生と2年生は30人程度しかいません。3年生は60人弱。
学校選択制度というものがありまして、学区域外の学校へも結構自由に行けるようになった結果、
こんな状態になったという学校です。
私は地元で生まれ育っていますので、彼らの学校の不人気の理由はよくわかる。
私も出来ればあの学校には入れたくないって思ってたから。
今の彼らの中学は、小規模校という事を最大限活かした丁寧な教育をしています。
生徒がたくさんいなければ出来ないダイナミックなこともそりゃあたくさんありますが、
周囲にいる大人がきちんと自分の事を見てくれているっていう安心感は、大規模校にはないものだと私は思う。
その辺を考えて、敢えて学区域にあるその学校への入学を決めたのですけれどもね。
運動会も、私の中学時代の事を考えるとまったく別物っていうくらいこじんまりとしておりました。
学年ごとの全員リレーだって、私の頃は男女別れてクラスごとに競ったものです。が、
1クラスしかないからそんなこと出来ない。
生徒を4チームに分けて、(もちろん男女混合)4チームで競うという形の全員リレー。
これはこれで楽しかったです。
組体操も全校生徒で。もちろん男女参加。
表現の競技は全学年でやらないと人数が足りないため、
ダンスも全員で。
その中で、組体操は男子が目立ってダンスは女子が目立つ、というバランスの取り方をしていました。
必然的に、子供が2人いる私にとっては、休む間もなく競技を見続けるという、
ある意味飽きない感じの運動会観戦でございました。
楽しかったです。
毎日接しているとわからない成長具合が見れるのがこういう場だったりするのでして。
運動があまり得意ではない長男も、踊っている姿を見ていて「しっかりしてきたなぁ」なんて思ったり。
さすがにもう感動して泣くことはなくなりましたが。
そういうことで泣くほど感動しなくなるというのは、
子供たちにかけている期待がそれだけ大きくなっているってことなんだろうなー。


西洋占星術、と呼ばれているようなものの本を読みあさっています。
一体どこから覚えていけばいいのかw と思いながらも、
とりあえず12星座の意味するところから始めるべきだろうみたいな感じで。
おひつじ座から魚座までの流れを繰り返し頭に入れている過程で、
自分の人生の道筋について思いを馳せる事が非常に多くなってきています。
「人はなんのために生まれ、生きて、死んでいくのか」
みたいなことです。
私は生きることはざっくりと「魂の修行だ」と思っています。
輪廻転生があるかどうかは知らない。
私は死んだことがないし、もし輪廻があるとしたって
前世的な記憶は残ってないからわからない。
私は自分が死ぬ時に「よくやった」って思いたいんだと思う。
この世界で、広くてたくさん人のいるこの世の中で、
自分という小さな吹けば飛ぶような存在であるこの自分が、
どのようにして関わっていけるだろう、というような事を考えているんだと思う。
誰かと関わって、何かと関わって、その結果思ったり感じたり考えたりしたことがあって。
そのことをモトに私は「世界ってこんな感じ」みたいな事を知っていくのだと思う。
それは同時に、「自分ってこんな感じ」ってことをも知ることだと思う。
いつ死ぬのかは誰にもわからないけれど、死ぬその時までそういう事を繰り返していって、
いつか自分の理想とする自分像に近づけたらいいなと思っているわけですが。
これは非常に漠然としているわけです。
12個の星座にはそれぞれ、人の一生になぞらえたある時期の事が当てはめられています。
具体的にそれらを読むたびに、「じゃあいま具体的に私はどうするべきなのか」みたいな事を考えてしまう。
占いからは非常に横道に逸れた感じなのだけれど。
今自分の立っているこの足元には、見渡せる周囲には、一体何があるんだろうってこと。
今まで自分が歩いてきた道の、来し方ゆく方を見渡してるって感じなのかもしれない。
今まではそういうことがあったら、必ずいくばくかの不安がつきまとっていたものですが、
なぜか今回はそういう不安感がない。
これがいいのか悪いのかわからないのだけれど、すでにゆく方もある程度断定して眺めている感じがします。
一体この先の私に何が起こるのでしょう。ね。
そもそもがその支点を明確にするお助けツールが占いだろうっていう。
うむ。日々精進でございます。


「人に説明するのが上手だ」と、よく言われます。
プライベートに限っての話です。
もっというと、上記のようなふわぁっとしたものに関してよく言われます。
しかし私は実は説明がすごく苦手だったりします。
例えば会社で仕事を教える時。
例えば家庭で子供に算数を教える時。
私は説明がとっても下手で、相手を混乱のまっただ中に叩き落としがちなのです。
雲の中から閃いたことを、何かに例えて言い換えるのが前者。
歴然とそこにあるものを順序立てて説明していくのが後者。
私は後者の能力が非常に低いのです。
おそらくそういうものを理解する過程で、順序立てて考えていないんだと思う。
私にはエクセルをそこそこ扱う、というスキルや、
中学卒業時点までの国・数・英は一応頭に入っているというスキルがあります。
それを学んで行った過程が、きっとぐっちゃぐちゃだったんだと思うのですよね。
だから、それを綺麗に並べて説明しようとすると混乱する。
他でもない私がw
説明する人が混乱しているのだから、説明を聞いている人が理解するはずもなく。
こういうものの回避手段として、マニュアルを作っています。
マニュアルを作るのはすごく時間と手間暇がかかるのですが、
これを作らないと私の頭の中にあるものは、きちんと整列してくれないのだ。
一体自分の考える構造ってどうなってるんだと思う。心底思う。
せっかく頭の中に詰まっていることを、誰かにきちんと伝えられないのは非常に口惜しい。
まあでも、心の中に詰まっているものはそれなりに伝わるみたいだからいいかー。
どっちかっていうとそっちのほうが大切な気がするし。


今日は大変いい天気でございました。
おかげ様でがっつり日焼けをしてしまいました。
顔もうでもポッポポッポしていてなんだか落ち着かない。
どのくらい焼けたのかわからないんだけれども、明日会社で驚かれないといいなぁ。。。

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カテゴリー: 日記

人生つらけりゃ 俳句を読めよ 言葉が足りなきゃ短歌があるぜ 2012-06-08

「ならば問う 人生とはなんぞや?」
「サハラ砂漠で狂った猫の反復横とびを見るが如し!」
僕等は迷い子
ワラをも掴め スラッシュ禅問答
どうすればいいのだ
小首をかしげて スラッシュ禅問答
(スラッシュ禅問答/筋肉少女帯)

狂った猫の反復横とびには意味があるんですよ。確か。
それを探していて見つけてしまいました。
Yahoo!知恵袋
一体なんのお師匠さんなんでしょうね。
ともあれこの曲は大好きな曲であります。
ごきげんよう、たいこです。
昨日、体調悪めで「あー。午前休だ。」と思いながら二度寝をしてしまいまして。
目が覚めたら10時半でした。
慌てて会社へメールで連絡し、そこで初めて着信履歴に気づく。
ボスから電話来てる!
まあ当然です。
慌てて折り返しの電話をいれ、お休みしてしまいました。
いやー・・・よく寝た。3時まで寝た。
しかし一夜あけても体調戻りません。
今もまだ強烈に気持ち悪いです。参った。
なんだってこんなに弱い胃袋で生まれて来てしまったんでしょう、私は。
体でも心でも、ちょっと弱るとすぐ胃に来ます。
はぁ。しんどい。
今日は浴衣を作りなおそうと思っていたんですけれども。
でんでん虫の仕上げをしていたらそれどころじゃなくなりました。
でんでん虫を作って!ってしゅーちゃんに頼んだら、ものすごいでんでん虫を作ってきたのです。えぇ。
「これは!!!」と迷わずこういう感じにした。
*N*+::DB:: SNAIL GATCHA
全く反省はしていない。
思ったより可愛くなって大変満足である。
この形を見てすぐにネコ!!!!って思ったのですが、やっぱりノーマルなものも欲しくてですね、
実は普通のツノがついたやつも作ってもらってあります。
出す順番間違えた気がしなくもないが、思いついたほうからやるのがいいに決まってる。
そんなわけで、しばらくかたつむりで遊びたい気持ちはあるものの、それは浴衣の後のほうがいいかもしれない。


別ゲー行ってんだろうと思ってた友達が、実は仕事に忙殺されていたでござる。
その仕事の拘束っぷりを聞いて少し「ごめんね」って思ったり思わなかったり。
仕事は大事だが、寝る時間と仕事する時間しかないような暮らしを半年も続けられない。私は。
私は仕事が嫌いなので、こうして仕事が出来る人を素直に尊敬します。
どれだけ報酬がその労働に見あっていようと、私は自分の時間が沢山ないとダメになっちゃう。
そういうことがわかっているから社員になろうとかそういう気が起こらないのですけれども。
いやー・・・本当に大変だなぁ。って思ったのでした。


いつでもどこでもふざけていられるって大事だと思う。
そういう心の余裕はあったほうがいいと思う。
余裕がなくなると視野って狭くなるけれど、いつでも面白いものを見つけようとして暮らしていると、
そのおかげで視野が狭まるのを防げたり、笑うことで余裕が出来たりするよね。
ってな感じで、今の職場はそういうスキルの高い人達ばかりがいます。
私にとってはこのうえないよい職場。
そしてこのうえないよい環境、このうえない居心地のよい環境ってのはいずれなくなるものなのです。
この言い方には語弊がある。
悪い環境もよい環境も、ずっとは続かないってことだ。
悪い環境からよい環境に変化するのは楽になるし問題ないのだけれど、
逆だとこれ、結構キツい。
だから、今の環境のよさに日々感謝しつつ、いつこの状態が崩れてもおかしくない、と
覚悟だけはしているのです。
じゃないと実際そうなった時に乗りきれない。
今の仕事を続けて3年。
もう3年かぁ、っていう気持ちが強いですが、気づけば古株のひとりになっているふしぎ。
社員と派遣は仕事そのものが違うのだけれど、社員や新しく来たスタッフさんに仕事を教える機会が増えそう。
形のないもやっとしたものを言葉にするのは得意なのだけれど、
いや、仕事を教えるみたいなはっきりと形のあるものに関しても、
マニュアルを作るのは得意なのだけれど。。。
実際にそれを教えるっていうのがすごく不得手です。
自分でも何言ってるかわかんなくなることもしばしば。
この説明じゃ理解できないよなあ。って、自分でもわかるんだけれど、どうにもうまく説明できない。
わかってる前提みたいな話をつい、してしまいがちなのです。
困ったもんだ。
それでも教えることだってお仕事なのだから、
なんとか頑張ってみんながツール使えるようになるといいな。
昔っから説明文みたいなものは、読むのも作るのも苦手なんです。
わかりやすく教えたいなあ。。。と思うのはいつものこと。
でもきっとまた、わけのわからない説明しちゃうんだろうね。とほほ。

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カテゴリー: 日記

他に人がいるなら、俺じゃなくていいしね  ニコニコしているなら俺はそれでいいから 2012-06-05

あのさぁ あのさぁ あのねぇ あのさぁ
恋人でもいいしさぁ、友達でもいいしさ
間柄なんてのは、後で誰か決めりゃいいー
あのさぁ、あのさぁ、あのね、あのさぁ
とにかくさぁ、俺は君が好きだから
出来ることを、君は言ってくれりゃいー
空を飛べとかとんでもないことじゃなけりゃ
たいがいは俺はやってみせるけどね
とにかくさぁ、俺は君が好きだから
空くらいは飛んだりもできるかもね
(あのさぁ/大槻ケンヂ)

I STAND HERE FOR YOU というアルバムに入ってる曲です。
全編「ここに俺がいるから大丈夫だって」って言い続けてるアルバム。
必要としてくれる誰かがいなかったら、潰れちゃうのはあなたじゃないのか。と突っ込みながら聴いていました。
その頃の自分の心境とまるっと同じだったので、間違いなくこのアルバムがオーケンにどハマリするきっかけ。
えぇ。ほっとけなくなっちゃったんですね。
こんなギリギリの歌を歌っている人がこのあとどうなっちゃうんだろうっていう。
当時はこの曲に大変共感を覚えたものですが、それは、
「どうしても欲しいんだ」っていう自分の認めたくない気持ちをごまかしたかっただけだったのかもしれません。
確かに、愛するっていうことはこの曲のような事なのです。
自分の事をわきに置いておいても相手のためを思うことが愛だと思う。
けれど、その裏にある「自分は本当はこうしたい」も無視してはいけないなぁって感じる昨今。
そこにもしっかり目を向けてあげないと、こういう行為は愛でもなんでもなくなってしまう。
ごきげんよう、たいこです。
そもそも何か行動を起こした時点で、それは全部自分のためなんじゃなかろうかと思ったりもするのです。
私達はしたいことしかしない。
したくないことはしない。
しなきゃいけないことはある。でもそれだって、結局自分のためにすることだろうと思う。
これは自分のやることに責任を持つってことなんだろうし、
それは自分が一人で立つための最低限のラインだとも思う。
したいことをするには自分の限界も知っていないといけない。
誰かの手を上手に借りることも絶対に必要。
そうやってみんなの中できちんと自分の両足で立てるなと思った時に、きっとオトナになるんだ。


今日はふわふわしたことを考えたくて仕方のない1日でした。
数字とか売上とか昨対比とか考えたくないのーーーーーっていう1日でした。
私のお仕事はそういうことを考え続けなければならなくて、だから一生懸命数字を観るのだけれど、
どうにもこうにも頭に入ってこなくて本当に困ってしまったよ。
そのかわり星のことはすんなり頭に入ってきたよ。
入って来たけど、基本の「き」から複雑すぎて、バラバラのピースをうまく組み立てるところまで行きません。
星占いの考え方はなんとなくわかってきた。
いろいろな角度から、いろいろな大きさから、ぐるぐると人の一生を12個に分けて回している。
個人的な側面から、現実的な側面から、心の中から、社会的な側面から。
その複雑な文字盤の中をぐるぐると動いている惑星との関係。
ちょー立体過ぎて、すんなり言葉が出てくるまでにだいぶかかる気がしてきた。
しかしやる気のないことをやるって事ほど大変なことはない。
どうか明日はやる気が湧いてきますように。(祈
会社ですごく面白いことがあったのだけれど、ここに書くのも憚られるような内容なので割愛。
でも面白かったから、どっかで話しちゃうと思う。
生まれながらに甘えスキル持ってる人っていいなぁ。。。って思った。
あと、最近ほんとにダメな人のダメな感じが可愛く見えて仕方がない。
可愛げのあるダメじゃないと可愛くないんだけどもね。。
この可愛い基準が私の中でははっきりしてるんだけど、どうも理解されづらくて困る。


飛天君から写真が届きました。
若干凹みました。
飛天君のせいじゃないんだ。
飛天君のカメラ、当日一番使っていたのは実は長男で。
長男が私への愛を炸裂させた結果、無防備な状態の私の大量盗撮という結果に。
自分の気の抜けた姿をあんな形で客観的に見せられるとは思わなかった。
ほんっとに不意打ちすぎて、地味にショックが大きいです。
しかし長男の撮った写真を並べてみると、彼の視線や視点が手に取るようにわかって面白い。
自分の気持ちを口にするのがあまり得意でない子なので、
こういう形で見えたのは嬉しい誤算でした。いや、だけど私の写真はいらない。。。


白い羊の群れの中の黒い山羊。
多くの人はこの黒い山羊に憧れたりすると思うのだけれど。
私は白い羊の群れも黒い山羊も幻想だと思う。
白い羊だってユニークで見ればどれもこれも全部まったく違う個体であるし、
個体同士としてみれば、白い羊と黒い山羊という名前すら無意味になる。
けれどカメラを引いてマクロの目で見てみたら、黒い山羊だって白い羊だってどれも大差ない、
ただひとつの群れなのではなかろうかね。
スイミーは赤い兄妹の中の立った一人の黒い魚で、その仲間の集団に溶け込むために、
自分の個性である黒さを利用して赤い群れの役に立つ。
スイミーは、群れの中で観たら異質な存在だけれど、
大きな魚に擬態をしてしまえば、彼も赤い魚もただひとつの「大きな魚」なんだものね。
黒い山羊は白い羊にはなれないけれど、白い羊と上手に手を取ることはできる。
そして手を取り合ってしまったら、黒い事なんてなんの意味もなさない。


実はまだ写真のショックから軽く立ち直れないままでいます。
はぁ。。。
不意打ちってこれだから困るんだよなぁ。。。とほほ。

他に人がいるなら、俺じゃなくていいしね  ニコニコしているなら俺はそれでいいから はコメントを受け付けていません
カテゴリー: 日記