サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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化石の採れそうな場所で 星空が綺麗で 僕は君の首をそっと絞めたくなる 2012-06-29

化石の採れそうな場所で
星空が綺麗で
僕は君の首をそっと絞めたくなる
大きく開いた目に
僕の背中の空の星がたくさん写ってそれは綺麗だな
音の無い空に浮かんだ
星を食べる君
止まらない膝の震えに釘を刺しながら

(星を食べる/たま)

この曲は怖い。でも好き。
滝本晃司の声が好きだ。好きだ。
最近おとなしめな曲ばっかり聴いてる気がします。
私は、たまの曲が好きです。
ごきげんよう、たいこです。
やるせない話を色々と聞いてきちゃった火曜日の終業後。
眼に見えないものは、出来上がった時も壊れちゃった時もわかりづらい。
眼に見えないから。
色々な物が壊れて、新しいものが生まれてくるんだろうけど。
今目の前にある、壊れ行くものがとてもよいものだったっていう事がとてもさみしい。
お別れは本当に慣れません。さみしいなあ。
なんて思っていたんですが、金曜日に色々とくつがえされた。
お仕事のような場所で、私のことを考えて行動してくれる人がいると純粋に嬉しい。
会社にとって、必要な人間とは会社の利益になる人間ということ。
この、利益になるという考え方には色々な切り口があって、
それが部署ごとにちょっとずつ違う。
黙々と文句も言わず、単純な仕事を繰り返す事が重要なのか、
自分で考えてあれこれ工夫することが重要なのか。
私はどちらも中途半端に持っている人間である。仕事のうえでは。
そして、自分で考えて動く能力に対しては、時に煙たがられるのも事実。
本当に幸いなことに、私の働いている環境ではこの部分も尊重してくれるのがとてもありがたい。
私の今の上司は、私のことを会社にとって利益をもたらす(というか上司自身にとってというべきか)
人間だと思ってくれているうえで、私の生活や仕事のしやすさ、気持ちのことを考えてくれる。
本当に素晴らしい上司なのでございます。
賢くて、組織の中で自分のこともきちんと守りつつ人の心で部下と関わっている。
こういう人がなかなかいないのは、事実だ。
今回の人事に関しては、ちょっと無理をしてくれたに違いなくて。
それがとってもありがたかったりしたのでした。


月曜日に行った会社飲み会で、社員の1名のとんでもない性癖が発覚したわけです。
性癖でもないんだろうけれど、彼にとってはそれは当然の行為のようで。
それが面白すぎて毎日のように誰かがそのことをネタにします。
しかしネタにされている本人は、それが当たり前だと思っているので堂々としている。
堂々としてるあたりがすごく面白いwwwwww
勤務時間中にとんでもない言葉が飛び交うオフィス。
しかしメールで。
言葉にしてしまうと他部署の人から怒られてしまうのだ。


お家ができました。
作ってもらいました。
私は家を作るのがとても苦手なのである。
そしたら喜んで作ってくれました。きっと。喜んでくれてたと信じたい。
まあ、ほんとに喜んだのは私なんですけれども。。。
おうち
人の好みって似ていてもある部分ズレたりなんだりするのが当たり前。
作ってもらっても、この一角だけは自分のものが置きたいとか、
自分のスペース確保したいとか思いがちなんですけれども。
今回はそういうのがなかった。自分でもびっくりしている。
どうしてもうまい具合に家具の配置などが出来ない人なので。
こういうものを綺麗に配置する人ってスゲーと思う。
ここ数日、INするたびにおうちの中の様子が変わってっていて。
まるで建築中の家を毎日眺める施主さんみたいな気分でありました。
ほんとにありがとう!


6月中の記事なのに、日付が変わってしまってこれをUPすると1日になるね?
1日からは着物市が始まります。
6月はRMKやSGBのお祭りに参加させていただいておりまして、
1ヶ月長いなあなんて思っていたのにもう終わるんだね。イベント。
なんだか6月は色々な意味が濃かった。
春の桜が散った頃からなんだかんだで濃密って感じの時間を過ごしている気がしますが。
ともあれ、今の現状は大変好ましく、いくらありがとうといっても足りない気がしている。
なんだかまだ描かなきゃいけないことがあったはずなんだけれど、どうにもこうにも頭が回りません。
あれか。これは、寝ろっていうことだな。。。
そんなわけで、今日は早寝!
まったく土曜日の夜だってのに、睡魔に勝てない自分がはまったくなんなんだ!と思いつつ、寝ようと思います。

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カテゴリー: 日記

きみを永遠に ぼくは 愛しつづける きみだけを ぼくは愛しつづける 2012-06-26

翼ある鳥は 翼を もぎとれ
世界へと続く 通路をとざせ すべて
そして ぼくたちは 王宮の床に
輝く偽りの歌を刻みつけた
(王国/谷川浩子)

普段、あいちゅーんに入れた曲を適当にだらっと流しているのですが、
このタイトルになった歌詞がとっても頭に残っていて、高確率でグルグル回っています。
曲の聞き方って人それぞれだと思うのですが、私は1回聴いて「あ!いい!」ってなるよりは、
何度か聞いているうちに馴染むほうが多いです。
聞くともなく何度も何度も聞いてるうちに歌詞が頭の中に入ってきて、自分で鼻歌が出る段階になって
「なんて素敵な歌詞なんだ!」
ってなることも多いです。色々順番が逆のような気もしますが。
ごきげんよう、たいこです。
今日は会社帰りに本屋に寄ろうと思っていたのだけれど、
帰り際に上司に誘われてちょこっとお酒を飲んで来ました。
だいぶ唐突な、かなり大掛かりな人事異動があるので
それを受けての飲み会だっていうのはわかっていたんですけれど。
本当にいい上司だなあと思います。
次の人事異動で、私はこの上司のもとを離れます。おそらく。
今まで色々な職場で働いてきたけれど、今の上司は本当に稀にみるとても良い上司なのです。
非常に残念であるし、悲しくもあるし、不安でもあります。
できる限り自分のもとに引き留められるようにする、とは言ってくれましたがおそらく無理でしょう。
うむ。仕方ない。
組織が変わるので、仕事の絡みがなくなるわけではないのだけれど、直属の上司って末端の人間にとっては、
非常に重要なのもまた事実。
この状態で頻繁に人事異動のある状態では、あっという間に関係のない部署になってしまうことも充分有り得る事だってのも理解しつつ。なかなか切ない話ではあります。
隣の部署の派遣さんに、「あなたはいいよね。あれだけ大事にされていて」って言われました。
それはたまたまだと、ほかならぬ私が一番知っていることなのですが。
だいたい100万以上の数字が読めないのに売上の計算をしている事が異常だw
数字を読めないのに計算をすることが出来てしまうあたりが、私の私らしい特性なんだろうなーとは思います。
おそらく他の社員が読んでいる数字とは別のものが見えていると思う。私には。
文系には文系の数字の解釈の仕方があるのだ。


ホロスコープを読むお勉強中でして。
一番身近にあるサンプルは、やっぱり自分なわけでして。
自分のホロスコープを作っては、本を見ながらちょっとずつ読み解いていっています。
基本中の基本の中に、あなたの惑星の持つ星座のエレメントを調べて、それぞれを合計してみよう!というのがあります。
エレメントは、火、地、風、水の4種類あるのです。が、
このそれぞれの合計を出して私はのけぞった。
火→2個
土→0個
風→1個
水→7個
強烈に偏ってる。びっくりするくらい水に偏ってる。
っていうか地がない!wwww
なんだかこの感じを見て、ちょっと納得した自分にも衝撃を受けました。
土って地に足をつけるような感じなわけです。現実的なものなのです。
そこがまるっとナイ。
人はご飯を食べて排泄をして、眠って、汚しながら生きている。
この社会で生きていくためにはお金は絶対不可欠のものだ。
みたいな、そういうことに対して私は非常に関心が薄いのです。知ってた。
決定的に弱いその部分を、えいやっと鍛えてくれたのはほかでもない子どもたち。
常に浮き足立ちそうな私の足元で、しっかりとした重石になってくれた人たち。
本当に子供には感謝してもしきれません。だいすきだ。
これを観た師匠が、ばかうけしつつ、「風もっと多そうなのにねー」という言葉を投げかけてくれて少し考えた。
風はクールな子。知的な子。色々論理立てて考えがちな子。
確かに私は考えることが好きだし、考えなければ生きて行けないと思っている。
なぜ、そう思うのかというと、考えなければ自分の感情に飲み込まれて、自分が一体どこにいるのか、何をしようとしているのか、そういうことが全くわからなくなってしまうからなのです。
感じたことそのままに感情を炸裂させてしまうことは、とても怖い。
傷つける気なんて本当はなかった人たちまで傷つけてしまう事があるから。
それもかなりの深手を負わせることになってしまうから。
自分の責任の持てない言動で、むやみに自分以外の人が傷つくのはもう嫌だった。
だから考えるようになった。反省するようになった。
この考えて反省する習慣は、どう考えてもそういうところから来ている気がします。
それ以外でホロスコープを眺めていて解説を読んでいて目に付くのが「家族」という単語。
私はそりゃー家族のことでは苦労しっぱなしでしたが、それがこういう形で見えると面白いもんだなーと。
私の人生のテーマは家族である。納得である。
今までも家族ってものについて考え続けるだろうし、悩み続けるんだろうなぁと思う。


最近の夜更かしが祟り過ぎて眠たくて仕方がない!
今日こそは早寝しないと死んじゃいそうなので、とっとと寝ようと思います。

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カテゴリー: 日記

おっぺけぺー おっぺけぺー おしべとめしべがおっぺけぺー 2012-06-24

I don’t wanna die
I don’t wanna die
愛はどんなんだい?
恋の呪文 唱えないでよ
ラブラブシール 貼らないでくれよ
僕はもう 骨になるまで キスしまくるよ
じーざす
(あいどんわなだい/銀杏Boyz)

木曜日の通勤時、この曲が流れたら一日中この曲に脳みそ占拠されました。
ラブラブシール、あったら使ってみたいものです。
ごきげんよう、たいこです。
昨日はお芝居を観に行ってきました。劇団新感線の「シレンとラギ」。
タイトルどおり、主役はシレンとラギの2人。
公式サイトこちら。https://www.shiren-to-ragi.com/
新感線はいつでもサイトがすごい。チケット取ってからサイトを観てはわくわくしておりました。
南北で争っている国のお話。
北の国の暗殺者であるシレンは、20年前に南の国のエライ人を毒で暗殺しました。
ところが殺したはずの南の国のエライ人が、生きているらしいというところから物語が始まります。
お前確かめてもっかい殺してこい、と、北の人、ヒョウゴに言われるのですが、
それを聞いたヒョウゴの息子、ラギが「おれもいく!」と名乗りをあげます。
ラギはシレンのことをものすごく尊敬しているのですね。
2人で南に向かうのですが、確かに南のエライ人(ゴダイ)は生き返っていた。でも腑抜けになっていた。
ゴダイは、宗教の教祖様。シレンに会いたい会いたいと繰り返す腑抜けゴダイ。
北の国の将軍を取り巻く人々の陰謀と策略の渦巻く感じと、
南の国の教祖様を取り巻く人々の欲と思惑の渦巻く感じと、
その北と南を行ったり来たりしながら、周囲の人すべてを裏切り続けて
自分の望みだけに焦点を当てて生きている男と、
シレンと、ラギ。
「アイはコロシアイ」というキャッチコピーのついたこの作品。
人と人とが繋がることとはどういうことか、一体愛ってなんなのよ、とか、
そういう事が色々心の中で駆け巡りました。
父と自分、血のつながりとしての父と自分、母、そして愛する人。
親と子の愛、異性としての愛、同性に対しての愛、それから師弟としての愛。
いろんな愛がこの物語の中に出てきて、いろんな愛がぐちゃぐちゃに絡まるからこそ、
登場人物達は苦悩してしまう。
自分のこの、心のうちにあるこの気持がどういう愛なのかわからぬまま、
そんなものはおいておいてとりあえず愛してるというスタンスに立つ、あのエンディングは素晴らしかった。
休憩時間を入れて、約3時間半の長いお芝居でしたが、まるで飽きることなく引きこまれまくってしまったのでした。
色々と世知辛い世の中だし、生きていくのは大変だけれど、だから虚構の世界の中でくらい
綺麗なものがあるって断言してしまってもいいよね。
そういうものがあると信じるだけで、なんだか生きるのが楽しくなるのです。
脚本がすごいんだよなぁ。キャラクターの作りこみがすごい。
どの人物もきちんと生きている。だから、気持よくその嘘の中に飛び込める。
主演の永作博美と藤原竜也のよさもさることながら、
強烈な悪役を演じた古田新太、小悪党な粟根まこと。
それから、お馬鹿で可愛くて怖い将軍役をやった三宅弘城。
ゴダイの妻を演じた高田聖子。
みんなすさまじくよい演技でございました。
何よりびっくりしたのが、南の国の教祖様、ゴダイを演じた高橋克実。
圧倒されまくってしまいましたのでございます。
三宅弘城はなんであんなに無垢な役が似合うのでしょう。。。
古田新太の悪党っぷりは本当にかっこいい。
あーもうなんて贅沢なの!って思いながら幸せを噛み締めたのでございました。
はあ、幸せ。


名前ってとっても大事なものなんだけど、あまり名前に振り回され過ぎないようにしないといけないなぁと感じる。
お父さんらしく、お母さんらしく、子供らしく、お兄ちゃんらしく、女らしく、男らしく。
どれもこれも必要なものではあれど、度を越すとろくなことにならない。
友達とか恋人とか知り合いとか親友とか。
その辺の境界分けも人によって違うだろうし、かなり曖昧な気もします。
だからこそ名前にこだわり過ぎるとあまりよくないなぁと感じたりするわけで。
愛ってものの本質は、異性に向けたものであれ家族に向けたものであれ友人に向けたものであれ、
根っこは全部同じだなーって思ったりするんです。
愛にくっついてくる自分の欲の質が違うだけみたいなそんな感じ。
今はこういう事を1つずつおさらいする時期みたいです。
頭で理解していてもうまく実践できないとかそういうことをおさらいしてる昨今。
あまりにナチュラルに実践できていることを確認して、自分で自分にびっくりしたり。
こういうふうに成長を実感出来るのは素晴らしいことだ。


甘え合う間柄っていうのに抵抗があったわけですが。
甘え合って成長しあえる間柄もあるんじゃないのかしら。と、今日お風呂に入りながら考えたのです。
これは、ちょっと前に書いた、苦労なんてしない方がいいに決まってるっていう気持ちに法っています。
苦労はしたほうがいいとか、学ぶべきことも多いだとか。
確かに苦労したりつらかったり悲しかったりという経験は、人を成長させるものだと思います。
けれど、場合によってはその代償のほうが大きいことも多いのです。
だから、本当は苦労なんてしなくて済むならしない方がいいと私は思っています。
現状がどうとか、相手がどうとかの問題は置いておいて、私は再婚予定です。
相手はいない。だが、再婚予定です。
結婚っていうのは、育った文化も土壌も違う大人2人が、自分たちの新たな文化を作る行為だと思う。
新たな家族という文化を作る行為だと思う。
当然それは大変なことであろうし、ぶつかることも嫌な思いをすることもさせることもあるだろうと思う。
そういう思いをして学ぶことってたくさんあると思うのですよね。
けれどそんな思いをしなくても、甘え合う関係でいたとしても、同じ事って出来るんじゃないかなぁ。
と、これが今日思ったことなのです。
そして明日は明日の風が吹くので、再婚予定の事なんてのは頭の隅っこのほうで小さくなってればよい。
今までの私に決定的に足りてなかったのはそこ。
どうしても考える癖があるので、余計なことまで考えてしまってダメになってしまうんですね。
今はナチュラルにそういうこと何も考えないでいられる。
今までそういうことはちょっと無理してやってきたのです。
だから、ナチュラルにそんなことを出来る自分が、ちょっとびっくりしつつも嬉しかったりしたのです。

おっぺけぺー おっぺけぺー おしべとめしべがおっぺけぺー はコメントを受け付けていません
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