サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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ドアのキイを回してパタンと閉めた 散かった荷物とひとりの私 2011-12-12

観光馬車のお迎えに hum hum
ナイトクラブの舞踏会 hum hum
マリアッチのリズムで 教会の鐘が鳴る
皮のサンダルソンブレロ hum hum
安くされてもいらないわ hum hum
お土産買うあてもない
ホリデイは アカプルコ
(Holiday in Acapulco/松任谷由実)

金土日と謎の体調不良でグダグダだった者です。
せーりとかなにやかにやの周期のせいなんでしょうけれど、
異常な肩こりと鈍い頭痛。やるきがーやるきがー吸い取られるー。
そんな感じで、週末を無駄に過ごしました。という話。
はぁ。切ない。
そのぶん家でだらだらしていたわけで、だらだらとSLしていたわけで。
いろいろ終わっております。ぎゃふん。
11日は幕末のオフ会だったんだ。。。なんか珍しい人も来てたみたいだったんだ。。
本当に残念だったんだ。。。


SLの方面のお話。
10日から幕末着物市が始まりまして。
波野家はオール新作で参加させていただいております。
かんざしまで作る余裕がなくてかんざしが出せていないんですが。
男女それぞれ遊べるキセルのガチャを置いてます。
*N*PIPE GATCHA
遊びすぎたなと少々反省しかけた動物の煙。
蓋を開けてみたら、結構な感じでがちゃがちゃされていて嬉しい限り。
いつもこんな斜めに向かうようなアイテムで本当にすんません。
そしてこんな斜めったアイテムを買ってくれるお客様、本当にありがとう。
パンダが素敵な感じになるのは目を描かなくてもいいからだって事がわかったよ。
着物市、今年は建物から自前で!っていう自由度の高い感じだったんですが。
私が建物を建てられないのは周知の事実。
本店の建物も破扇堂さんのモール用の建物を改造して作ってるしね。
さてどうする建物。。。と悩んでいたら救世主が現れた!

ものすごく可愛い建物を作っていただきました。
本当によかった。。。
これ撮ったあとで畳敷きにしたんで、実際の建物はもうちょっと和服屋さん度が高いですが。
本当に、周りの皆様に助けられて助けられて、今の波野家がありますよ。
ありがとうありがとう。
きもの市は来年の1月8日まで開催しています。
クリスマスが終わったら次はお正月!というわけで、皆様是非足をお運びくださいね。
時を同じくして12月10日から、クリスマスハントっていうハントもスタートしています。
このハント、夏の終わりくらいにお知らせが来ていたんだけれどそれから連絡がなくてですね、
オフィシャルブログもノットファウンドになってたりで、どうなったんだかなぁなんて思っていたんです。
ハントスタートする1週間前に告知がきた。
正直焦ったwwwwwww
着物出来上がっててよかったwwww本当に良かったwwwwwww
クリスマスらしいものクリスマスらしいもの……と念仏のように唱えつつ提供させていただきました。
ChristmasHunt Prize#2
ChristmasHunt Prize#2
道行コートは裏地が赤でクリスマスカラー。
着物にあわせるコートですが、SLだから、お洋服にも合わせてみようよ!っていう試み。
割といけます。
久しぶりに登場したうさぎの1プリムドールもサンタ仕様。
この顔すごくすきで、いつかちゃんと商品にしたいんだけどなかなか機会がないなぁ。。。


SIMをリニューアルしまして。いつものことなんですが。
雪をふらせて真っ白にしています。
秋モード全開だった今までのオムライズも建て替えたい建て替えたいと念仏のように唱えていたところ、
親切な大工さんがちゃちゃっと建ててくれました。
まじですごい。
魔法みたいだった。

来てくれたお客さんが口をそろえて、「あれ、なんかお店っぽい」って言います。
今までほんとにお店じゃないみたいだったもんね。ごめんね!
お店っぽくしなかったのは自分がくつろげないのが嫌だったから。
お店っぽいけどくつろげるならお店っぽいほうがいいと思う。
オーダー建物のよさは、使う人の事を考えられたつくりになることだと思います。
私のように致命的に空間把握能力がないと、どういう風にしたら居心地がよくなるのかが分からない。
どうしたらいいか分からないので、こうしたい!というのが伝えられないわけなんですが、
なんだ、あれだ。ね。
本当にまほうみたいだったよ!
昔、建物を作るのがとても上手な人にお店を作ってもらったことがあります。
出来上がった店は、建物としてはとてもかっこよかったのだけれど、
建物の個性に商品が負けてしまって商品が全く目立たない残念なものになってしまいました。
当時のSLでの私を一番よく知っていていいはずだったその人の建物を見て私は少し悲しくなったりしたものです。
というようなことをしみじみと思い出したりした昨日。


書き溜めると本当に書くことが増える。
ふと今日の日付を確認して愕然としまして。
もう12月12日なんだって。早いね。
あと2週間とちょっとで2011年が終わってしまうのだって。びっくりだね。
2011年という年は、多くの日本人にとって忘れられない年になるのじゃなかろうか。
これからどうなってしまうんだろうっていう漠然とした不安を抱えたのが3月。
あの時点で到底解決なんてしないように思えた福島の原発はやっぱり解決しないまま。
あの当時想像して気持ちが沈みがちだった3ヶ月先、半年先を軽く肥えてしまって今は9ヶ月目。
想像していた事態とそう変わらない、むしろ少し悪い今の現実なわけです。が、
私たちは思ったより日常を平和に過ごしている。
東京に住んでいるからかも知れない。
けれど暮らしていて、ぱっと見での震災の影響って、東京で暮らしている私には見えなくなっている。
見えなくなっている、というのは正確じゃないかも知れない。
生活のなかの当たり前に、東北支援という言葉が組み込まれている。
私のしている仕事柄なのかもしれない。でも、全国規模の仕事をしている人は、
きっと多かれ少なかれこういう風になっているんじゃないのかな。
異常事態っていうものに、人は弱いんだなぁって思った。
異常事態、しばらく続けばそれが平常になってしまうのね。
こう書くとすごく当たり前の事だって気づく。
今年の漢字は「絆」。
まーそうだよな。絆ってものすごいたくさん聞いたもの。今年。
んで、絆ってなんなの?と思う。

絆とは、絶つことのできない人と人との結びつきのことを言う。

だそうだ。なるほど。
人は群れで生きる動物なので、こういう結びつきがなくなるとびっくりするほど弱い生き物だと思うのです。
個体としては弱い。群れるから強い。
群れるから強くて、だから絆なんてものが生まれるのですが、群れるっていうことは個体の生命って実は軽いってことだとも思うの。
オンリーワンオンリーワンと言いますが、今私が死んだところで世の中自体には大きな影響がないわけで。
影響を及ぼせるのなんてせいぜい両手くらいの人に対してだと思うのですね。
それがいいとか悪いとかいう話がしたいんではなくて。
人間という生き物が地球最強なのは、これだけの数がいるからにほかならないと思う。
これだけの数がいれば、個体はどんどこ多様化するわけで。
それこそオンリーワン。
群れているその他大勢のうちのたった一粒な自分だけれど、
その中で抱えている強烈な自己っていうのは大事にしたい。
どっちもわかってるってことはとっても大事なことなんじゃなかろうか。
絆っていうのは、その砂漠の砂一粒同士がつながるようなものなんじゃなかろうかなあ。
と、あの3月を経験して本当にそう思う。
糸をあざなうように、人と人との縁を丁寧により合わせて、しっかりつないでいく事が絆っぽい。
丁寧にしっかりと、切れない縁を作って行きたいなぁと思います。
なかなか難しいんだけれどね。

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カテゴリー: 日記

捨てる神 拾う神も 勝手の向こう 2011-12-08

まぐれを希望に乗せて
偶然もまさか
錯覚を削る
濡れている 雨抱え
持ち合わせも切れ
おどけて笑い出す
捨てる神 拾う神も
勝手の向こう
「△」 よススメ
(△/bloodthirsty butchers)

ブッチャーズの歌詞カードは全然歌詞を読ませる気がない。
女は卵を抱える性なので、卵の成熟の周期にいろんなモノが振り回される。
メンタルだとか体調だとか、厄介なことこの上ないのだけれど、これがないと子どもが作れないのだから仕方がない。
そんなこんなでまったくやる気のでない今週。
かろうじてやるべきことをこなし続けるけれど、1日じゅう眠気に勝てないのは非常にしんどい。
楽しいことをしているときは全然眠くならないのにー。人の体って不思議。
ごきげんよう、たいこです。
あと一歩できもの市の準備が終わるのだけれど、そのあと一歩のところでダラダラしております。
本当にダメな感じです。
あとほんの一手間なのにそれが進まないのはなぜなんだ。
あとほんの一手間だからとほうっておくと後で痛い目見るのはわかってるのに。
しかし日曜日まであと何日かありますから、大丈夫。
ポップ作るだけだから。大丈夫。
着物にかけた時間が長すぎたので片手間な感が否めないおもちゃのキセル。
実際かけた時間は他のアイテムと変わらないんだけれど。
まあなんだ、楽しく遊んでもらえるといいなと思います。
******
ここまで昨日書いた。
昨日無事にポップは出来上がりまして、いろいろなんとかなった気がします。
先週から今週にかけて、地味に色々な事が起こっていて、いろんな変化についていけなさ気味な昨今。
気持ちに頭がついてってない感じ。
キツネに化かさてんのかしら。っていうくらい、気づいたら周りの風景が全く違っていて戸惑っている。
頭で考えていることと心のなかで感じていることがうまくすりあわないわけです。
私はどちらを信じればよいのでしょう。ね?
こんな戸惑いや混乱を胸いっぱいに抱えつつ、けれどそのうちきれいにすりあうだろうなとどこかで楽観もしている。分からないうちに色々もがいてももがくだけ無駄なのだ。
物事のすべてはなるべくしてなっているし、なるようにしかならない。
けれど、なるべくもなるようにも、その時々で自分が選択して行動した事に他ならない。
私は今、どんなふうにも踏みきれるし、どんなふうにも行動できる。
どうしたいのか、どうするべきなのかは全然わかんないけどね。
しかしど真ん中で我が事なのにこんなに他人ごとの気分でいいんでしょうか。
ひとつ確かなのは、今がとても楽しいこと。
だからこれでいいかなーって思います。
驚きつつ戸惑いつつ不安を感じつつ、考え込み考えすぎてなんだかよくわかんなくて、
この状態でなんでこんなに楽しいのかが不思議。
不思議だけど、ちょっとまえを振り返って考えてみると、楽しい!!!っていうのが唯一の大正解な気がする。
そんなこんなで、しばらくこの楽しい気分に乗っかってみようと思う。
おお、成長してね?私。とか思ってるのは内緒。

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カテゴリー: 日記

消えない勇気を受け取ったよ 臆病なあなたから 確かに 2011-12-05

言葉より声を 声より唄を 唄から心を 心の言葉を
星より光り 光を願い 祈る様に踊る 今は無い星を
あなたに声を 声より唄を 唄から心を 心にあなたを
一人減った未来を 一人多かった過去を 抱きしめた胸に 今もある星を
(angel fall/BUMP OF CHIKEN)

定期的に「来るものが来た!」という感じで胃の調子が悪いです。
いつからこんなに胃が弱くなったのか。謎。
優しさってなんだろうなぁって考える。
毎日毎日、うちの小さい人たちの喧嘩を見ていて考える。
奴らの喧嘩の原因を見ているといつも少し心が痛むのです。
家の中だから遠慮がないとはいえ、3人が3人とも自分だけの主張を前面に出して譲らない。
こういうふうに言えば終始和やかに事が運ぶ、ということを考えない。
だから、「どいてよ!」とか「かえしてよ!」っていう喧嘩ふっかけ口調になる。
仲裁に入っても、お互いがお互いの主張を譲らない。
ここのところ喧嘩が絶えないのは、長男が反抗期の入り口に立ったからに他ならない。
ああ、反抗期ってのは屁理屈こねる時期のことなんだなぁ。と納得してみたり。
大人の入り口には立っているけれど、まだまだ未熟な人間である彼ら。
屁理屈にしか聞こえないのは、その言葉に説得力がないからで、
なぜ説得力がないのかというと、自分がその言葉をきちんと獲得していないからだなぁと思う。
正論だろうがなんだろうが、説得力がなければ相手は納得しない。
一般論で語っても、まるでその言葉が自分に当てはまるようでは、
「おまえがいうなw」になってしまうわけで。
思春期入り口の長男には、そのあたりが理解できないようです。
その調子で次男に正論で返されると一気に言葉に詰まって、キレる。
どう考えてもいつだって長男が負ける長男VS次男のきょうだい喧嘩ですが、
ここで次男のほうに乗っかると、「お母さんまで俺を不当に責める」って長男がすねるので、
最近は黙って聞いています。
やれやれ。
これがVS娘となると、娘の言ってる事が支離滅裂なのでカオスになります。
これもまためんどくさいので、本質とは関係のないところを注意して収束に向かわせます。
奴らのそれぞれが同じくらい相手を思いやれば喧嘩にならないのにねー。
なんで兄弟ってああなるんだ。
きっと自分の親も同じように感じつつ、うんざりと兄弟げんかを眺めていたに違いない。
私が弟と喧嘩しなくなったのは中学3年の頃です。
あと2年、こういうことが続くのか。。。。
ごきげんよう、たいこです。
なんとここまでが11月の30日に書いた内容っていう。
それでも大体のところ、私の日常はこんな感じなのであまり問題がない。
SL方面では相変わらず延々と引きこもって地味な作業を続けております。
っていうかさ、色々とちゃんとつくろうとすると本当に時間がかかるもんだなって実感中。
やってもやっても終わらない作業に、軽くめまいさえ覚えるような日々でございました。
んでも可愛いなと納得するものができた。よかった。


着物と袖なし羽織。
道行コート。
道行コートはやっぱり可愛いなと思うのです。
色々な事情があって短い袖になってしまったんだけれども、これ短いと袈裟みたいなんだなって、
頭をつるつるにして着たときに実感。
今回の着物市には、様々な人の様々な手を借りることとなりました。
みんな快く引き受けてくれて、ありあまる労力を割いてくれてなんだか本当に感謝しているのです。
私のつくるものには、私の色が出る。
そこに誰かの手がかかると、その人の色も混ざる。
いろんな人のいろんな色が混ざって、それが完成形になるその感じが私は好きです。
さらにそれが買ってくれた人の手にわたって、最後にその人の色が混ざるんだと思う。
そんなことを考えながら、いろいろ合わせられるような着物にしたつもりです。
ぜひ楽しんでいただけると嬉しいです。
信じない・疑り深い・無防備。
なんだか最近よく投げられる言葉。
疑り深いのと無防備って正反対じゃないの?それとも全然別の話なの?
守っているものとさらけ出しているもの、どちらを観るかによってこうなるんだろうなと思う。
どちらも当たっているよなー。
どちらも当たってるよなーって自覚できてるうちは大丈夫だろうと思うのです。
理解するとかされないとか、理解して欲しいとか理解したいとか、
どっちもそんなのないよ。と思う。
私なりの誰かに対する解釈があって、誰かの私に対する誰かなりの解釈がある。
理解しようなんて思ってないし、理解してくれとも極力思わない。
期待をすることはしない。っていう、大人ぶった逃げ道でございます。
星占いによると、この時期はカーブを曲がるタイミングなんだそうです。
カーブは先が見えなくて、カーブを曲がったら今までとは全然違う景色が見えたりする。
それは、行き詰まっていた感じがトンっと開けるってことなんじゃないかなぁ。
今が、とか、その時期が、とかは別にして、生きているとそういう事を感じるタイミングがあります。
少し前から、そろそろ来るなあってことを感じていてですね、
実はだいぶ長いこと、そろそろなんかが変わるなあって感じ続けているわけですがw
私はこの1年くらいかけて、ゆっくりゆっくり回っているんじゃなかろうかという気がします。
長い長い緩やかな坂道をのぼっている最中。そろそろ下り坂、もしくは平坦な道が現れるなあと。
それって、視界がひらけるってことなんだよね。
ここ数年取り掛かっている課題の、ゴールがそろそろ近づいてるんじゃないかと。
そこまでたどり着いたら、次に見えるのは次の課題。
そんなことを感じながら、きっと今年が終わっていきます。
年々、時間のすぎるのが早くなっていて、ぼけっとしてると無駄に時間を使ってしまいそうな焦燥感はあるのですが、それでもまた1年、できるだけ丁寧に生きていけたらいいなーと思うのです。

消えない勇気を受け取ったよ 臆病なあなたから 確かに はコメントを受け付けていません
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