サボテンとバントライン
ホーイ、サボテン 緑の光 バントラインと僕を照らしてくれ
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GO GO! ヌイグルマー LIFE IS A FIGHTING BEAR 2011-11-08

わたしの体 タオル地 わたしの瞳 洋服のボタン
あなたを守り抜くために わたしは望んでぬいぐるみになり
N.U.I.G! U.L.U.MAR!
N.U.I.G! U.L.U.MAR!
あなたを襲う不幸と わたしは 永遠(とわ)に戦っていこう
やすらかに眠る寝顔に そっとフエルトの指を置いたなら
LET’S GO! ヌイグルマー LOVE IS A TEDDY BEAR
GO GO! ヌイグルマー LIFE IS A FIGHTING BEAR
糸ほぐれ 綿もはみで
布破れ 体もげてさえ
(ヌイグルマー/特撮)

週末に始まった工事のせいで私の体は絶不調。
せーりのばか!
いやしかしこれがないと困るのです。
大事なのは女性ホルモン。
もうあと10年くらいは女でいたいよ…?
秋なので。
色々なことを考えます。
これが何か形になったらいいなぁと思いつつ、ここに書くことで満足してしまう私がいていかんともし難い。
でもさ、書かないと忘れるんだよね。書いても忘れるけどさ。。。
なんだかんだで自分のことが好きです。
自分の書く文章が好きです。
ここのブログはチラシの裏なので、書いてすっきりしていることの方が多いけれど、
あとで読み返してやっぱりすっきりしたりする自分の自分大好きっぷりは、客観的に見たら痛いと思う。
愛について考えたり話したりしました。
なんかこう書くとあれだね。痛いね!
けれど、愛についての話をしました。
愛ってなんだろうね。ほんとにね。
恋愛も友達も家族も、根っこにあるものは愛で、それってどの関係でもそんなに違うものじゃないと思う。
恋は性欲。愛は信じること。あとは積み上げていった時間。
自分を愛するってことは、自分を信じるってことになるわけで、
それは自分に期待をするってことなわけで。
それはとてもとても大変な作業ですが。
それでも、怖くても、絶対に一歩踏み出さなきゃイケナイときはあるし、
そういう時にきちんと一歩踏み出せる人になりたいなー。


沈めて蓋して閉じ込めてる、どうしようもない願望。
願望は願望で、ちゃんと客観的に見れる今の自分は偉いなぁって思う。
ほんとに思うw
本当に大切な人が現れるまで、この大切なものは開かない。
開く気にならない。
私はそういう考え方が出来るようになったんだよなぁ。この3年で。
こういうの大人になったっていうんでしょうかね。
そういうことが出来るまでにお前は一体どれだけボロボロになったのかとw
大人になった、というより、懲りた、が正解なのでしょう。
懲りるほど傷つかなきゃ気が付かない自分が可愛くて仕方ないwwwwww
自分のキャパを知ること。
自分のキャパ以上のことをしないこと。
自分にとって大切なものはなんなのか、それをしっかり見極めること。
そういうことが、今の自分にどのくらい出来るのか、
なんかその力試しをしている気分な今年春からの人との出会い。縁。
人と関わることは本当に面白い。そしてこわい。
なんかこう、今ある周囲のものを大切に大切にしていこうと思ったりしています。


そういえば、日曜日に観た三谷幸喜の舞台作品は、
どれもこれもが無償の愛をもらった作家の話でした。
無償がつかなきゃ愛じゃない、とも思う。
見返りを期待した時点で、それは愛ではなくなってしまう気がする。
なんだかね、おとぎ話のような、いいお話だったんです。
無償の愛なんて本当におとぎ話みたいだけれど。
でも、きっとそんな無償の愛はあるんだと思うのよね。

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カテゴリー: 日記

サヨナラ。もう二度と触れられない。一途な想いは何処へやら。 2011-11-07

誰かにいい子いい子。とされてる時は、どんな頭の悪そうな顔をしてるんでしょう。
あなた好みであればと思い伸ばした髪は、いつか誰かの為になってしまうんでしょう。
十年後も想い変わらず、あなたを好きでいたならあたしを見て下さい。
(POP/ミドリ)

ものすごい久しぶりにミドリなんて聴いてみる。
ずっと聴いてるとものすごく疲れます。
聴き流せない感じが。
好きですけれども。
この曲はそんなに疲れません。聴きやすいからなのかな。
そして乙女モード全開のこの曲は、パッツンパッツンの時に聞くといい感じにほぐれます。
ごきげんよう、たいこです。
なんだか昨日は久しぶりの人と沢山お話しました。
面白かったです。
なんか全然軽い話じゃなかった気がするけど面白かったです。
暮らしの8割以上が仕事になってしまったら、私は気が狂うだろうなと思う。
そういう人は結構沢山いるし、話も聞く。
なんだかんだで乗り切ってる彼らを心から尊敬する。
私にはそれがどうしてもできないから。
忙しくて大変そうな人を見るにつけ、大変だなぁ。。。って
胸がきりきりしてしまうのです。
私がきりきりしてもなんの意味もないのですが。


私はあまり輪っかのコミュニケーションを好みません。
どこに属する、というのも好きではありません。
SLのなかでは、「波野家」というお店を作っていて、SIMがあって、
カフェやらバーをやって遊んでいるわけですが。
波野家のスタッフ(というか中の人達)という枠組みはあります。
しかしこの中に「スタッフオンリー」という領域はあまりない。
その時のタイミングやご縁で、その時だけ波野家に参加!という人たちも沢山います。
こんななのでバーやカフェに常連すらいません。
だからいつだってお店は人がいません。
それはしょうがない。私がこういう感じだからしょうがない。
自分で「閑古鳥が鳴くバー」とかよく言いますが、別にそれでいいやと思ってる自分もいるわけで。
別にいろんな人に好かれなくていい。
沢山の人と関われなくていい。
私にはそんなにキャパがない。
輪っかのコミュニケーションを好まないので、基本的に1:1の付き合いをしたがります。
私が仲良くしているAさんとBさんの仲が悪くても、私は基本的に気にしません。
何度も書いてるけどさ。
ただし、その場の空気は大切にしたい。
あえて空気を乱すようなことをして欲しくない。
極端な話をしてしまえば、AさんとBさんの事には私は全く関係がない。
私には関係のないことで、私の場所の空気を汚すことはちょっと困る。
ちょっと困るけれど、1回なら「そういうこともある」で水に流しましょうと思う。
けれど2度目はだめだなぁ。
それは、1度目に私が感じたことが伝わってないってことになるから。
私の好きなこと・キライなこと。
興味のあること・ないこと。
そういうことをずっとずっと発信し続けているにもかかわらず、
それを見事に都合のいいようにねじ曲げて受け取られている感じがすごくする最近。
これ以上ないくらいストレートに発信しているつもりなのだけれど、
それでもきちんと受け取っていてもらえない感じ。
そうやって勝手に私自身のことを創り上げられてしまうのは、本意ではない。人は自分の解釈したいように解釈するものだけれど、個人的にストレートに言ったことすら伝わらないって、それはもう、疲れてしまうのです。
もともと建前とか大嫌いなんで、建前の何が嫌いかって、その奥の本心をどうしても探ろうとしてしまうから。
お前それ本心じゃねーだろ?とか思ってしまうから。
だから極力ストレートに、伝わってほしいことは伝えるのだけれど、それでも裏を探られる。
ない裏を探られるのはなんだか切ない。
建前なんてこの世からなくなってしまえ!


ここんところずっと求めているものがあって、それが手に入らなくて悶々。
具体的に形になるところまでつかめていないのもまた事実で、
あーこれは去年の夏と同じかなと振り返ってみるわけで。
だとすればここでグダグダになってしまうのもどうかと思うのですよ。
去年の夏はそれで、大事な人にものすごい負担かけたなぁってすごい反省しているのです。
反省は次に活かさなければ反省でない。
いい感じに適度に乗りきれればいいなぁ。
幸い虚構の世界やら水族館やら、逃げこむ先はそれなりにあるので。
全力で逃げまわってやろうと思います。
調子の悪い時は、自分なりのやり方で巣篭もりしようと思います。
全力で自分に優しくする期間なのだなー。
11月は本当に、最弱になる時期なので仕方がないとはいえ。。。
なんかこういう心の振れ幅って大人になったら狭くなるものなのでしょうか。
それともずらし方が上手になるだけなのでしょうか。
これも毎年毎回のように思うこと。

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カテゴリー: 日記

それでも、パレードの日、影男を秘かに消せ!

拝啓 親愛なる江戸川乱歩様
あなたの物語の中で、退屈なパレードを憎みながらも
実は憧れた影男達は
犯罪という猟奇の果てに死んでいきました
彼らほどに勇気のない僕は、
退屈なパレードの一員になろうと思っています
あなたはボクを軽蔑しますか?
(パレードの日、影男を密かに消せ!/筋肉少女帯)

だいぶ長いこと聴いてない気がする。この曲。
ところで前髪部分の白髪っぷりが目を覆うばかりで泣きそうです。
早く美容院に行きたい。
でも美容院行ったら間違いなく6時間コース。
行きたい。でもしんどい。
そういうジレンマを抱えつつ、全力で虚構の世界に浸って参りました。
土曜日は、2個くらい前の記事に書いたとおりの松本人志三昧。
若かりし頃の漫才ネタ3つくらい。
ごっつええ感じ時代のコントダイジェスト。
ビジュアルバムからのコント2作。
正直このあたりは、どれもこれも何度も観たネタだったり、
っていうかビデオ持ってたりDVD持ってたりでネタを暗記する勢いだったり。
どんだけマニアだよって話ですが。
昔はマニアだったんです。
各界の有名人からの松本人志への質問、とか、マリオの人との対談とか。
ファンだから面白かった8時間半だったのかもしれない。
だらだらと8時間半見続けてしまいました。
面白かったのは1時間の対談。
残念ながら夕飯の時間とだだかぶりしてしまい、ちゃんと見続けることが出来なかったのだけれど。
あの対談だけ後でゆっくり見たいなぁ。。。
あとは映画祭に招かれた折のドキュメンタリー。
すごく面白かった。
日本では本当に興行成績の振るわない松本映画ですが、海外のマニアにすごく受けてると。
唐突にどこかの国のファンが、「サインくれ!」って出てきたのがとても印象的で。
緊張で手がぷるぷるしてるのね。あの経験、私もしたことがあるなぁって懐かしく思いました。
今はそこまで人を尊敬してしまうことってないです。
それだけ図々しい大人になったのです。きっとw
ああいう光景を見ると、若いなぁと思う反面、ああいう純粋な感動ってきっと年々しづらくなるんだろうなぁと寂しくなったりもして。
それは子どもたちがもっともっと小さい頃、見るもの触れるものすべてに好奇心を丸出しにして嬉々としていた姿を羨ましく眺めていた気持ちと同じだなぁと思いだしたりするのです。
立って歩くことに、歩き始めの子どもはものすごく感動しているはずなのです。
私たちが当たり前にやっている歩くという行為が。
私たちは歩くという行為すらめんどくさい時があるというのに、
この小さい人達はなんて楽しそうに歩くのでしょう。
この人達にはこれから沢山の感動するものがあるのだなぁ。
なんてことをですね、赤ん坊を見ながら考えていたのです。
正直羨ましかったwwww
私が芝居にはまったきっかけは、この感動に他ならない。
最初に観たお芝居で「ビビビ」って電流が走ってしまったからに他ならない。
あの感動をもう一度、もう一度、って足しげく通っているうちに、
めったなことではビビビってしなくなっちゃった。
かなしいなー。慣れちゃうものなんだなー。って思ったりしたものです。
話が大幅にずれた。ちょーずれた。
ともあれ松本人志なのですよ。ええ。
8時間半はあれ、相当好きな人じゃないと見続けられなかったと思う。
私も自宅で見てたら見続けてなかったと思う。正直なところ。
実家にいたからなんとなく全部見ちゃった。そして全部見ないと面白い箇所わからなかったかもしれんw
これから月イチのペースで、松本人志のコントが見れるわけです。
しかもNHK地上波で。
なんかもう私はそれだけで満足だ。
NHKって素晴らしい。
昨日はコントを見終えた直後、母が録画していた三谷幸喜の舞台を再生し始めまして。
実家はWOWOWに加入していまして、WOWOWで舞台中継をやるっていうと、母が録画しておいてくれるのです。
ただ、デジタル放送って録画したそのテレビでないと録画したブツが見れないのですよ。
実家に行かないと見れないのですよ。
そんなわけで、ここぞとばかりに出てくる出てくる三谷の舞台中継。
夜中の12時から、「ろくでなし啄木」を。
見終わったの3時過ぎ。
途中寝ちゃったのはいつものこととして、それでもいいお芝居でした。
藤原竜也は舞台で輝く俳優だなぁ。。。としみじみと。
クライマックスの見せ場の迫力はテレビなのに見入ってしまいました。
生で見たかった……!
中村勘太郎もものすごい上手だった。
私は多分、上手い演技が見たくて舞台に行くんだなって思った。
ストーリーももちろん大事なんだけれど、それ以上に大事なのが俳優のうまさなんだなぁ。
俳優の力量もさることながら、それを引き出すのは演出家の役目だ。
俳優の魅力を120%くらい引っ張り出して魅せる三谷幸喜が、だから私はすごく好きなんだなぁと思いました。
小劇場と呼ばれる劇団の脚本や作品は、大体手持ちの俳優個人個人に向けて作られる「アテ書き」で形成されています。この俳優にこういう役柄をやらせてみよう、みたいな。
この俳優の力量ならこんくらいのことはできるかな、という。
そうした制約のなかで、面白い作品を作り続けられる劇団が大きくなっていく印象があります。
私が演劇の世界にどっぷり浸かっていたのは20年前くらいなので、今はどうなのか知りませんが。
そういう力をつけた脚本家・演出家の代表が、三谷幸喜だったり宮藤官九郎だったりするんじゃないかなー。
あと河原雅彦。
他にも沢山いるんだろうけれど、最近の演劇事情は本当に鈍くてよくわからないのです。
・・・やばい。まだ土曜日のことしか書いてないのにこの長さ。やばい。
駆け足で日曜日のことを。
朝起きたら誰もいませんでした。
自治会の掃除に駆り出されてたっぽいです。
1時間ほど一人でぼーっとしてネット。
なんだろう。最近の母は、実家に行くとご飯を作ってくれて大変やさしい。
数年前はご飯はお前が作れ。っていう空気満載だったのに。
そのご飯を作ってくれる空気に甘えまくって何もしない私。
作ってもらったご飯ってなんであんなに美味しいのでしょうね?
ご飯も食べ終わらないうちに、映画「13人の刺客」を観せられる。
面白かった。
ほとんど前半観てないけど。
後半しか観てないけど。面白かった。
何が面白いって殺陣。戦うシーンがすんごかった。
刀で戦うってほんっとえげつねーよなぁ。。。と思いながら観ていました。
稲垣吾郎の悪役っぷりもものすごくはまってたと思う。
しかし侍ってのは、なんでこう、あんなに気軽に死ぬんだ。
気軽にってのは語弊があるかもしれないんだけれど。
それにしても昔は本当に命が軽かったんだなぁと思わざるをえない。
命の重さは一緒なんて嘘だけど、確かに命の軽かった昔のほうが野蛮なのかもしれないけれど、
それでもその生命の重さの比重って今現在も変わってないよなって思う。
隠されたぶんだけいやらしい。
休む間もなくハリーポッターと謎のプリンスを鑑賞。
ここから先の映画版を観ていないので、なんとなく見始める。
やっぱ映画も面白いわ。よく頑張って作っている。と思いました。
クィディッチのユニフォームがかっこよすぎた。
謎のプリンスは、ラストが衝撃の展開で終わっていて、
「え、これからどうなるのこれ!!!!」
っていうもゆやっとした気分を思う存分味わえる話ですが、
映画もそのまんま、もわっとして終わりました。
この「もわ」の解決編は一番最終章の最後に出てくるわけです。
いい加減疲れて来たところで、三谷幸喜の「ベッジ・パードン」を見る。
野村萬斎でござる。
やっぱり狂言とかやってる人だけあって、体の動かし方が全然違う。
うまい。綺麗。
ろくでなし啄木は、わかりやすく石川啄木の話なんだけれど、
ベッジ・パードンはわかりづらく夏目漱石の話。
しかし2つの作品に共通する部分。
女癖が悪くて、いつも本音で生きてる。
女の人、めっちゃくちゃに振り回す。
しかしでも、それでも魅力的な人物だからこそそれが成り立つんだろうなと。
そんな感じでヘロヘロになりながらの映画・演劇鑑賞しかしていない週末。
これはこれでとっても贅沢な週末の過ごし方…だよね。
KYについて書こうかと思うけれど、それは明日に回そう。

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