朝にぴんしゃん出掛けて攻めて、暮れて夜には帰らない

城の南で戦って、郭(とりで)の北で死んだのさ
野垂れ死にしてそのまんま、あとは烏が喰らうだけ
おれのため 烏のやつに言ってくれ
がっつく前にひとしきり もてなすつもりで泣けよって
野晒しのまま ほら、墓もない
腐った肉さ 一体全体どうやって お前の口から逃げるのさ?

(白銀の墟 玄の月 /小野不由美)

 ごきげんよう、たいこです。
趣味は演劇鑑賞、映画鑑賞、読書、アニメ鑑賞、ゲームとかです。
読書はほぼ、小説専門です。ノンフィクションよりフィクションがすきです。
好きな作家を挙げていったらものすごい長くなったので省略。とりあえず、小野不由美が好きです。

 今年の10月と11月に、小野不由美の十二国記シリーズ最新作「白銀の墟 玄の月」が刊行されました。
私がこのシリーズと出会ったのは、2002年8月(娘を産んだ直後だったからはっきり覚えている)。娘は今17歳。というわけで、17年ぶりのつづきのお話だったわけです。

 私の人生の三大没頭して読んだ小説のなかの一つがこのシリーズ。残りの2つは「果てしない物語(ミヒャエル・エンデ)」と「蒼穹の昴(浅田次郎)」。

 お試し感覚で第一巻の「月の影 影の海」を買って、読了後すぐさま本屋に向かって続きを買い、読み終わればまた本屋へ行き、結局シリーズ全て終わるまで、毎日本屋へ通い続けたという・・・。
出産後って感情な部分が過敏になっているので、それもあったのかもしれませんけれど、とにかく久方ぶりに小説の中の世界にどっぷりと入り込んだ作品でした。入ってなかなか戻ってこれない感覚は、果てしない物語以来だったなあ。
とにもかくにも、自分の中では結構強烈な体験として心に刻まれています。

 その、17年ぶりの続きですよ。
続きのお話は全部で4巻。1,2巻と3,4巻が1ヶ月あけて2度に分けて発売されました。
1,2巻の発売日は、あの凶悪な台風が来ていた10月12日で、Twitterではあちこちで「蝕が・・・・・・!」などとつぶやかれておりました。仕方がないよね。泰麒が帰還したのだから蝕だって起きてしまう・・・(笑)


小説自体はとっくに読み終わっていたのですけれど、感想にはどうしてもネタばれが含まれてしまうので。
発刊そろそろ1ヶ月ですし、そろそろ解禁してもいいかなーという感じで書いていきます。ゆえにネタばれ注意です。


 時間は積み重なっていくし、今ある結果はその時間の積み重ねの中で、どのように生きてどのように選択してきたかの現われである。みたいなお話。

 絶体絶命な戴国へ、王様を探し出すために戻る泰麒と李斉。李斉は利き腕を失っているし、泰麒はその力の源である角を失っていて、天上人をして「もはや麒麟とは呼べない」と言われるほどに危うい状況。麒麟がいれば、王気をたどって王様の場所を付きとめられるはずなのだけれど、角のなくなった泰麒には王気も感じられなくなっている。また、彼自身の身を守るための指令も引き剥がされて戻せないまま。
前のお話はまさにこの状況で旅立つところで終わりました。
その旅立ちには、私は絶望しか感じず、「この困難をどう乗り越えるんだ・・・!どう決着つけるんだ!」って不安がいっぱいだったのですけれど。

 今回のお話はミステリー&ホラーな要素が結構多めでした。今、ここで何が起きていて、自分はどうしたらいいかということすら分からないまま話が進んでいく感じは、1作目の「月の影 影の海」の前編を思い出しました。
得たいのしれない不可思議な現象の謎が解けるにつれ、王と泰麒を陥れた阿選の心中も明らかになってきます。
また、泰麒の驚くべき成長っぷりも。

泰麒は決して、最初から最後まであきらめていなかったし、麒麟とは思えないような言動で国を助けようと動きます。
味方すら欺いて。あのスマートさ、10歳で自分の無力を嘆いていた頃から知るこちらからすると「ひょおおおお」ってなります。あの泰麒になるには、蓬莱でのあの最悪な時間が絶対に必要だったと感じる成長でした。

 一方の行方不明だった戴の王、驍宗。彼が登場するのは中盤以降でしたが、つよい。かっこいい。行方不明になってから、自力で脱出するまでのくだりは、まさにスーパー王様という感じで。王に恩義のある民が、沢山の王の部下を匿ったり助けたりしていました。王自身が7年もの時間生き続けていられたのも、その民のおかげなのですけれど。なんかこのくだりは壮絶すぎて本当に泣いてしまう。
余分など一切ない生活のなかで、無理やりにでも供物を作ってそれを弔いとして王に捧げるなんて事、自分に出来るだろうか・・・・・・。本当に、本当に苦悩しながら毎月供物を川に流していたのですよね。そしてそれが、当の王のもとに届いていた。

 そして、道を踏み外してしまった阿選。
謎に包まれていた、彼の凶行の動機も中盤で明かされます。彼自身、こういう理由だとはっきり説明できない感情。
乱暴に言えば、長年切磋琢磨してきたライバルに裏切られて傷ついちゃったって感じなのかもしれません。

ライバルは、決着がつかないからこそライバルでいられるのであって、決着がついてしまえばライバルではなくなる。
負けたほうは、それまで競り合っていたがゆえに、阿選の言葉を借りれば影になってしまう。
人の一生と考えればそれは数十年ですが、彼らは仙であり、神であるわけで、寿命がないのですよね。
それもまた、彼を絶望させた要因なのかもしれません。

阿選がショックを受けたエピソード部分が非常に心に残りました。
また、形は違えど王座を競った相手である李斉が、驍宗に忠誠を誓っている、その対比も趣深いです。
もとより格が違った、というその事実をどう受け止めたかで、その後の明暗がはっきり別れたのが阿選と李斉のように思います。2人とは驍宗と関わった時間も経緯も違いますから、阿選が劣っていたっていうわけでもない。
ただただ、そういうめぐり合わせだったということなのでしょう。
阿選の事を考えると、とても切ない気持ちになります。

驍宗は、王になる前に一度「あなた王じゃないよ」って言われてるんですね。
泰麒が王気の事を理解していなかったことから起こった出来事でしたが、その時に驍宗は戴を去る決意をしていました。
そのまま自分が戴に残っていたら、いずれ新たな王を斃そうと思ったであろう、と。
そうはなりたくないから離れる決意をしたと。
阿選は去ることが出来ず、驍宗は去る決意をした。だからこそ、王は驍宗だったのでしょう。

このお話は兵隊のお話でもありました。
私には兵隊というものがなじみがなさすぎて「もう、ちょっと!」って感じるところも多かったのですけれど。
上官に死ねと言われたら死ぬ的な軍隊の様子は、なかなか・・・これが冒頭の歌につながっていくのですけれど。
なんかもういつになく人が沢山死んで、その死んだ人たちも含めて、沢山の人の想いと犠牲と協力があってこその大団円でございました。
未来のために。自分が見る事はかなわなくとも、この先のこの国の人のよりよき未来のために。
そうやって積み上げてきたものの結果が、このお話の結末であり、またこの先も積み上げていくんだろうなと。

無事に生還した戴王と泰麒ですけれど、そういう沢山の希望を背負って、それでもこの強い王様は長い治世を築くのだろうと、最後のページのイラストでまた感動したりしたのでした。


ほんとはですね、阿選の事を書きたかったんですが、いかんせん小説の内容ボリューム大きすぎて・・・。また機会あったらまとめたいなあ。

ストローくわえた僕が見ているのは地球のいびつな嘘つきのプラネッタリウム

僕が死んだ日 おじいさんは二階の屋根で 古いオルガン弾いてくれたのに
風船病にやられちゃった僕の顔は パンパンだから
嬉しい顔がちゃんとできない 嬉しい顔がちゃんとできない

(たま / おるがん)

 

 十数年前に、「さよなら人類」が懐メロ扱いされている現実を見て、軽く衝撃だったのですけれど。あっという間に更に十数年経ってしまいましたよ。もう完全にいにしえの曲ですねえ。

 

 私の子供たちは、日常的にトレイントレインやらモンパチやら天体観測やらを口ずさんでおりまして、どこで覚えたのかを聞くと、友達がカラオケで歌ってるとか言う。やっぱりいい曲というのは世代を超えるものなのだなあ!というよりは、彼らのご両親の影響の方を強く感じますね。カラオケが日常に浸透した結果とも。
 私が親から受け継いだのはユーミンでしたが、当時はカラオケが流行りだした頃でしたので、あまり友人の前でユーミンを歌うことはなかったように思います。カラオケで歌える流行の歌を必死で覚えるみたいな文化の時代。懐かしい(笑)なので今、自分が若い頃に聴いてどはまりしたものを、子供たちが私以外のところから仕入れてきて好んでいる様は、見ていて少しくすぐったい感じがします。

 子供は大きくなるにつれ、親との物事の見方や考え方の差がなくなっていきますし、すでに成人している(しかけている)息子たちに至っては、私の目線は対等です。「お友達みたいな親子」っていうの、一時期すごいよく聞くフレーズだったけれども、本当にお友達みたいな親子関係が築けるのって子供が働き始めてからだと思うよ。養われてるうちは対等にはなれないものね。
 対等の視点に立つ子供たちは結構辛らつな言葉を投げてもきます。実はここからが子育て(というか子供とのかかわり)の第三幕くらいじゃないかなあと感じています。第四幕は、おそらく子供が結婚した時に開幕する。ここでこじれると自分自身の人生の終幕がだいぶ変わってくる予感がしていて、本当に気が抜けない。うそです。日常的にうっすら意識している程度です。ただ、このあたりで子供を下に見る事をやめないと、子供と私のハッピーエンドは訪れないと思うよ。。と、自分と親との親子関係(現在進行中)を省みて強く感じます。

 私の育った家は、そのエピソードだけで「渡る世間は鬼ばかり」が3,4本出来上がるくらいの濃さでした。
長男の嫁、嫁が最初の彼女だった説が濃厚な長男、その母(鬼畜)、いびられる嫁とその発散先に使われる子供たち。
嫁が憎けりゃ孫まで憎い祖母(鬼畜)、しかしその嫁も気質は女王でわがまま。自覚はない。みたいなー!
 自分の家族の悪いところをあげつらうのは不毛ですけれど、ここ数年、私は母のよいところを見つけられずにいます。私は生まれてから30年くらい、母に「お母さんだいすき教」みたいな宗教に入れられて洗脳されていたみたいなものなので、致し方ないかもしれません。ちなみにこれは敢えてひどい言い方で書いています。読み返すとちょっとやばい人に見えますね!

 母のおかしなところが見えてきたのは、自分が離婚してから。洗脳されてたなーと自分では思いますが、これたぶん世間一般でいうところの親離れですね。ただ、当の母にはその自覚はなく、自分のわがままさや自己中心的な考え方には気づかないでいます。だから歩み寄れない。
そんな感じで今日にいたるまで、孫(私の子供たち)も巻き込みつつ、母とは色々とごちゃごちゃしております。もういい歳なので、あの感じが変わる事は死ぬまでないのだろうなあと思うのですけれど、ずっと近くにはいられないなあって思っています。自分が傷ついてしまう。

 人は人を求めがちなものですけれど、人と人が集まると本当にごちゃごちゃするのですよね。関係が近ければ近いほど。そもそもひとりでいれば何でも自分の好きなようにできて、自由で、我慢することもなくて楽なんです。でも寂しくなる。誰かと一緒にいれば、心温まる瞬間や心底安心する瞬間などを体験できますが、そもそもそれは心が寒くなる瞬間や不安でいっぱいになる瞬間があればこその感覚です。ひとりの時に不安でいっぱいになる事はあるので、これは人によるかもしれませんが(笑)、なんていうかその代償として、ある程度の自由は奪われる、と思っています。その自由のなさは、一緒にいる相手の事を尊重する事でうまれます。

 わずらわしさも増えます。お互いの「これがしたい」が噛み合わないときには話し合いをする必要があります。時には喧嘩になることもあるけれど、これは非常に煩わしい。ただ、こういう経験の積み重ねで、大切な誰かを少しずつ深く理解していくことになるのだと思うのですよね。

 この世で誰かが自分の事を深く理解してくれている、しようとしてくれていると感じる事は、とても幸せなことだなあと私は思うのです。
 この感じは生きているかぎり、その関係が続いている限り、ずっと心に留めておかねば成立しないやつだと思っていて。親であろうと子であろうと、夫婦や鏡台であろうと、自分自身でさえ、自分の事を理解しきることは不可能です。だから、分かった気持ちになってしまうことが一番怖い。そう思ったら関係は崩れ去る。

 何かあったときに、きちんと自分の気持ちを伝えられること、伝えられる環境を作ること、拒絶しない・されないという信頼感を崩さないようにすること。書くだけなら簡単なのですけれど、実践するのは本当に難しいですね。

 失敗したなと思ったら、すぐにその気持ちをつたえてリカバリーすることが出来る事、また、そういうものを受け入れる心のゆとりを持つこととか。

なんか、そういうことが他人と真摯に向き合うって事なのかなあと思ったりしています。

 恋人も他人、夫婦も他人、親子も他人、兄弟も他人です。自分が何にどう感じたのか、どう思ったのか、それが好ましいものかそうでないものか、我慢できる類の事なのかそうでないのか、そういった事は伝えなければ他人には伝わらない、ということを、特に甘えがちな相手に対しては忘れないようにしていたいと思います。

 そして、感謝を。そばにいてくれてごたごたしてくれることに対して、本当にありがとうと思っています。

楽しいな 楽しいな お化けは死なない 病気も何にもない

ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲ 朝は寝床でグゥグゥグゥ
楽しいな 楽しいな お化けにゃ学校も試験もなんにもない

(ゲゲゲの鬼太郎)

 ゲゲゲの鬼太郎のゲゲゲってカエルの鳴き声なんですよね。
完全にお盆明けの仕事したくない状態で、お化けがうらやましすぎる。
お化け死なないわりに、漫画だとお金なくておなかすいて大変~みたいな描写がちょいちょい出てくるんだけれども(笑)

ごきげんよう、たいこです。

 今週いっぱいは暇な日が続く予感で、やる事がないつらさを味わいつくしております。くぅぅぅぅ。
奇跡的に日記のテイをぎりぎり成している更新頻度なサボテンとバントライン。来週からまた稀な更新になる気がする(ノ´∀`*)


 現在娘が私の実家へ行っています。彼女は夏休みもわりと学校へ行っていて、日程やりくりして一昨日から出かけております。
近所のおじさんから「補習かぁ?」ってからかわれているのですが、農業系の学校なのであまり休みがない、というのが実態。
いきものには休みなんて関係ないですから、当番で学校の植物をお世話したり、夏休みに実習が組まれていたりするのですよね。
やすみがないー。つかれたー。って日々騒いでいますが、それは最初からわかっていたこと……。まあ、なんだかんだで楽しく通っているようなので問題はなさそう。


 彼女が留守の間、めだかと植物の世話を頼まれています。1日1回水と餌をやって、メダカの様子をみるくらいなのですけれど、昨晩、7匹目のめだかちゃんが死んでるのを発見。
 もう、ここ数日ずっと元気がなかったんですよね。なので「あーやっぱりかー…」って思って。これでみゆきメダカが全滅してしまいました。
 このみゆきメダカ、お店ですでに梱包された状態のを買ってきたので(赤いほうは水槽からとってもらった)それが原因かなあともちょっと思っています。おそらく以前と今の環境が違いすぎたうえ、ちょっと弱ってたんじゃないかなあと。いずれにせよ可哀想な事をした。。26日に新たに10匹加わるので、そっちを大事に育ててあげよう。
 みゆきちゃんお亡くなりになった旨、娘にお知らせして、エアポンプの充電がなくなっちゃってたんで、それを充電して、と、結構よく働いているお手伝いさん私。
 エアコンの室外機が猛威を振るうベランダの夏越は、植物にも過酷なようで、植木も軒並み元気がない。仕方ないけど。
それでもトマトはなんとか実をつけ、すっぱいけど食べられるし、大葉も大活躍だし、私としては大満足です。

 

 昨日の晩、唐突に次男がかえってきました。転職説明会に行ったついでに携帯の充電切れたとかで、充電しに戻ってきた模様。
 今の職場、もともとブラックなのは知っていたんですけれど、飛び込み営業がメインの会社なんである程度は仕方ないかなあと思っていました。が、給料形態までブラックになってしまったようで。
 それこそ寝る時間以外は働く状況で、成績それなりに上げているのに、お金がなくて食パンにキャベツはさんで食べてる……とか言うのですよ。
 次男はそれ以外のところでも憤っているようですが、私はそもそも、お金を稼ぐために働いているのに、そして会社に利益貢献しているのに、その評価をされない(会社の評価はお金に反映されるべきだと思っています)時点でお話にならないと思っています。
 「今の給料では生活ができない。」と訴えた次男に、引き止めたい会社側は「やめないなら特別賞与15万やる」って提示してきたそうですが、安くない?(苦笑)ってか馬鹿にしてない?って、話聞きながらヽ(`Д´#)ノてなってしまいました。賞与じゃないわ給料だわ。
 ただその15万で、ちょっと心を動かされたって言ってた次男が切ない……そしてほんとにこの会社汚い……。
 しかしまあ、彼は、私が感じているより青臭い理由ではありますが(まだ19歳なので当然といえば当然)、さっさと見切りをつけて次へ動くようなのでよかったです。
 なんかね、自炊したいけど時間がなくて無理なんだって。お金ないからろくなもん食べられないんだって。それで肌荒れとかもひどくなっちゃったんだって。
そもそもコンビニご飯大嫌いな次男が、毎日コンビニご飯食べてるって。もう心が痛い。はーやーくー!にーげーてー!
 彼の仕事に対するモチベーションは「お金を沢山稼ぎたい」なのです。朝7時から夜23時までみたいな働き方を、お金というモチベーションだけでこなせる彼はすごいなと思います。そのモチベであるお金がもらえない状況になっていても、1年は勤めたいって思ってたみたいだけど、そういうのはケースバイケースで撤回したってこの場合は早く逃げたほうがいい。

 

 で、この次男に昨日「かーちゃん痩せた?だいぶ痩せた?なんか若返ってね?」って言われて調子に乗っている私です。
 毎日一緒にいる長男や娘は気づいてないのかもしれぬ。というか長男から同じような言葉が出てきたら私は超驚いてしまうかもしれない(笑)。
 しかしまあ、5月くらいから色々やってきていて、痩せた指摘されたの初めてなんですよね。そら嬉しいわー。
 性格的にきっちりカロリー計算とか無理なんで、大体、おおよそ、適当にではありますが、食生活はだいぶ変わっています。
つらいかなーと思ったけど、実際そうでもない。我が家にいる人たちは皆少し痩せねばならぬ体型なので、ご飯も躊躇なくこんにゃく交じりやマンナンヒカリ交じりに切り替えました。
 今の世の中は糖質制限しようと思えば簡単にできるのですよね。あまり我慢する必要もなく、それなりに美味しい食べ物が沢山売られています。ダイエット用の宅食もある。手を抜こうと思えばいくらでも手が抜ける世の中最高か。
全て作らねばならなかったら、おそらく出来なかっただろうと思っています。今後もどんどん手を抜いていく所存。

 

 今も絶賛適当に暮らしていますが、それでも一時、一番ひどい時から比べるとだいぶましになってまして。
自分のペースでちょっとずつやってけばいいやーって思っています。苦手なもんは苦手なんだ。
子供らに呆れられる事も怒られる事も多いのですが。
ワンオペなど、離婚した時から本当に完全にワンオペで、全部1人でやるしかなかった。当然それは子供には関係のない事なので、子供に文句言われても甘んじてそれは受け入れています。
ただまあ、ない袖は振れないということもあって。親は選べないもんな。すまんな。と思っています。

 

 最近ドラクエやりながら、プライムで怪談を見ています。怪奇蒐集者っていうシリーズを見ているのですが、語り手の人が1人ずつで1本、みたいな感じで、いろいろな人が語っています。好みの語り手とかが見つかったので、これが終わったらその人の作品を探そうかなと思っています。
ホラーと怪談は似て非なるもので、ホラーは怖がらせるために様々な演出をしますけれど、怪談は実話という前提で語られます。こんな怖いことがありましたが、理由はわかりません。このあとどうなったかわかりません。という、静かな怖さがよいです。自分で体験するのは、もうお腹いっぱいなのですけれども。。。笑。

 

 そんな感じで、なんだか今年は怪談にスイッチが入ってしまっていて、怪談小説もかなり買い漁って読んでいます。
来年はSLでホラーイベントやれるんでしょうか。気持ちはあるんだけどなかなか…大変なのでねぇ。