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#6 蝶

たくさん、たくさんの種類の虫を捕まえたんだ。僕はまえの年の夏の終わりからお母さんに頼んでいた籠と網を、夏休みの始まりに買ってもらったんだ。僕はその網と籠で、たくさんの虫を捕まえたんだ。

僕は虫が好き。だって虫はつよい。からだの外側が硬い甲羅に覆われている、虫は本当につよくてきれいだ。あの硬い殻の中に、弱虫を全部詰め込んで。僕はそんなふうに黙ってただ生きている虫が好きなんだ。

だから僕の籠の中には、ピカピカに光った殻に入った虫がいっぱいだった。カブトムシ、クワガタムシ、カミキリムシ、ゾウムシ、コガネムシ・・・・・・。毎日毎日虫を探して採っていたんだ。籠の中は硬い甲羅の虫でいっぱい。僕はそれをたまに見つめる。じっと見つめる。あちこちの森や野原でよく出くわす子がいたんだ。そいつの籠の中には、ピラピラの羽の虫ばかりがたくさん詰まっていた。僕は硬い虫しかあつめない。そいつは羽の虫しかあつめない。

ある日僕は、なんとなく蝶を捕まえた。なんとなく。集めていないのにね。僕はなんとなく捕まえた蝶をなんとなくじっと見ていたんだ。籠の中にはいれずに。蝶の羽をそっとつまんで、目の前まで持ってきて眺めていたんだ。アゲハ蝶だった。キアゲハ。僕は蝶には興味がないけれど、キアゲハくらいは見れば分かる。

 こんな弱弱しい羽を持ったもののどこがいいんだろう。僕には分からない。弱弱しく羽をバタバタさせているキアゲハを、僕はしばらくして放した。指にキアゲハの模様が写っていた。蝶のリンプンは蝶の模様と同じなんだな、と僕はぼんやり思った。

 「蝶はすごいんだ」と、そいつが言った。どうやって話し掛けたらいいのか分からずに僕は、「蝶、好きなの?」なんて唐突に聞いちゃったんだ。そいつの籠の中には、相変わらず羽だらけ。「蝶が強いの?」僕はますますわからなくなった。あんなに弱弱しい羽でパタパタと風に流されるだけなのに。「蝶は綺麗なんだ。うつくしいでしょ?この羽。このうつくしさで風に乗って生きてるんだ。戦わずに生きているんだ。花の蜜を吸って、羽のうつくしさに見とれているうちに、風に乗ってどこかへ飛んでいくんだ」

 そいつの言うすごさは僕にはよく分からなかった。でもそれをきっかけに僕とそいつの距離がぐんと近くなったのは本当だ。もしかしたら蝶のリンプンのように、あいつの考え方が僕のどこかに写ったのかもしれない。蝶の羽から目が離せなくなったんだよそれから。

 羽をひらひらさせつつ、風に乗って舞っている蝶。羽の美しさで、天敵から身を守りながら風に乗る。蝶は確かにうつくしい。でも蝶のうつくしさには毒がある。多分そのころ僕が感じていたことを言葉にすると、こんな感じ。

 羽に触れたら、リンプンが残る。手に、その蝶のしるしが残る。そのしるしは洗ってもずっと消えずに自分の中に浸透していってしまうのではないか、そんな思いが僕の頭の中を過ぎる。僕はいつのまにか、蝶から目が離せなくなっていた。




 魅入られた、というのはこういうことを言うのかもしれないな、と気づいた時には、僕の籠の中は蝶でいっぱいになっていた。
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