神様が旅に出た後で、天使はずっと意識不明
神様にはなれそうもないけれど、せめて天使にはなりたかった
あなた自身の天使のために
ふと後ろを振り返ると、そこには
天使が羽ばたいていました
天使はゆっくりと、そして小さな声で
「僕の胸はもう悲しみで一杯だ」
と呟きました
あなたと天使の間にかかる
幻の虹を渡るために
あといくつの哀しみを
あといくつの喜びを
あなた自身の天使のために
(天使は瞳を閉じて/鴻上尚史(第三舞台))
なんと本日の一曲は曲にあらず。
まあでもね、ホルモンだって目で曲を聞け!って言ってたし、ここはブログだからよいでしょう。
これだって耳から入ってきた、詩の朗読なんだ。
これは、今はない第三舞台という劇団が人気絶頂だった頃の公演で朗読された詩です。
私のIMEは、「し」で一発目に「死」が出るよ。なんで?
そんなことはどうでもいい。
再演でロンドンまで行って公演して、その模様をWOWOWで特番したという、そして私が初めてよくわからない演劇に触れたきっかけの公演でございました。もちろんその時はテレビで観たのだ。ロンドンは異常に遠い。
まだまだ不条理みたいなものが幅を効かせていた、第四次演劇ブームと呼ばれる頃に有名になった劇団です。第三舞台、夢の遊民社、劇団健康なんかがいたのかしら。
実は年代的に、このブームに乗るには若すぎたのでよく知りません(照)。
私が精力的に芝居を観に行こう!とした頃には、健康も夢の遊民社も解散してしまっていました。
夢の遊民社は今、NODA・MAPとしてものすごいクオリティの高い芝居を作っていますし、
劇団健康に関してはナイロン100℃として、これまた非常にクオリティの高い素晴らしい芝居を作っています。
第三舞台も遅れること何年かで解散し、何か別の団体で公演を行っています。
残念なことに、私の心は鴻上尚史から離れてしまっている。
けれどこの人が人気絶頂の頃に書いた作品は、今でもとても好きです。
ナイロンのケラと比べても、天才野田秀樹と比べても、当時から鴻上尚史の作品は泥臭かったしどんくさかった。
でもそれがよかった。
だからこそ、心にずどんと響く重たい何かが伝わったのだと思うから。
むき出しって恥ずかしいしカッコ悪い。
自分が必死になって隠している部分をむき出しにしている人がいたら、それはとても居心地が悪い。
常にむき出しで生きている人は、だからきっととても生きづらいと思う。
なかなかできないことだと分かっているから、尊敬もするし嫌いじゃないんだけれど、
ずっとそばにいるととてつもなく疲れてしまう、ような気がする。
私が愛してやまない大槻ケンヂも、結構むき出しで生きてる気がする。
私が初めてちゃんと聞いたオーケンのアルバムは、ソロアルバムの「I STAND HERE FOR YOU」であった。
このアルバムを買って初めて聞いた時、ものすごく心配した事を覚えている。
タイトルはそのまま、「俺がここにいるから」なんだけれど。
そう言いながら自分を必死で支えようとしてる姿がありありと想像できたから。
「ちょっとこの人精神状態大丈夫なんだろうか。。。倒れたりしないだろうか。心配」
その頃は私にとってのオーケンは、滅茶苦茶で面白い小説を書く人に過ぎなかった。
だから曲を聞いてびっくりしてしまったのですね。なんだこの精神状態は。と。
後にも先にも、CDを聞いて作った人のことを若干本気で心配したのはこの時だけです。
うん。やっぱりむき出しはカッコ悪い。でもすごくカッコイイ。
そういう柔らかい部分を持ちながら大人になっていてオッサンになっていて、
それでも社会という枠組みの中から外れずに、きちんと生きて行けていることがカッコイイ。
自分が若干、社会という枠組みからズレ気味だと言うことは、この歳になればいやでもわかります。
思い返せば社会の入り口である「幼稚園」や「小学校」の時代から、自分は枠からはみ出ていた。
子供の頃からたくさん痛い思いをして、なんとかその部分を取り繕って今をいきている。
だからこそ、こういう人たちが眩しくて仕方がないんだと自己分析。
うむ。
この間会った友達が自嘲気味に言った「俺は変人だから」という言葉。
そして、その自称変人に頂いたありがたい「あなたむき出しで生き過ぎ」という言葉。
ああ、かなしいな。かなしいな。
子供の頃の性質ってのはいつ決まる物なのでしょうね。
こんなに長い時間かけてもまだまだ軌道修正ができない。
私が覚えた唯一の術が「よくわからない場所や人の前では極力自分から話さない」とかだったりするものだから
私は人が怖いし人見知りなのです。
ある程度相手が見えないと、何をどう切り出したらよいかわからなくなるのです。
だから、オムライズに来るお客さんは、まず自分のことを洗いざらい私に話すがいいと思う。
私は延々と聞き役になろう。そしてある程度把握したころに私は自分の話をしよう。
うっかりペロっととんでもないことを口走ったりしよう。
それでも許してくれる人たちだと信じていよう。
そして、私は自分がこんなんなのを分かっているからこそ、私をかまってくれる人に心から感謝をするのです。

