のの、バナナの皮で滑って転んで、それで君が笑うっていうんなら やるぜ、俺。

幸せだなあ。俺は君を笑わせてるときが一番幸せなんだ。
のの、はずしたときは笑ってくれなくたっていいんだぜ。
でものの、本当にハッピーなやつは、自分の事をハッピーって言わないって言うよね。
いつか、ハッピーって言わない本当に超ハッピーなやつになろうと思ってんだ、俺。
なれるよなあ。なるよ。なる。絶対。

(ののの唄 / 大槻ケンヂ)

また急に寒さが一段階厳しくなってきた気がします。次男が私のコートを着ていってしまうので、私の着ていくコートがありません。困る!

ごきげんよう、たいこです。

日曜日からが一週間だとすると、今週は前半に大きな出来事が目白押しでした。
それで少し、脱皮したての蟹のようにふにゃふにゃしてる状態が続いているのですが、きっと大丈夫でしょう。蟹の殻だって時間が経てば固くなるのです。時間というのは本当に偉大だ。
ここのところ、お友達のありがたみを身にしみて感じています。

ちなみに、私にはいわゆるお友達という人がとても少ないです。一緒にどこかに遊びに行くような友達は、今はほとんどいません。もともと親友みたいな人がひとりいれば満足してしまうところがあります。その人が何かのきっかけで疎遠になると、知らぬ間に新たに誰かと出会って……という、それ恋人じゃね?みたいな感じの友達付き合いをしてきました。

どこかのコミュニティに属して、みんなで遊びに行くっていうのもここ数年していません。最近は、何かがあった時に、タイミングが会えば観劇に行くみたいなおつきあいを、某骨の人とするくらいですか。某骨の人には、本当によくしてもらって私はすごく感謝しています。
私のお友達は、現在すべてインターネット経由で縁のあった人です。

お友達と知り合い、顔見知り、知らない人。このラインの位置は人それぞれ違う。だから、他の人がどう思うかはわからない。けれど、私が今、友達だと思っている人は、片手で数えられるくらいです。


前置きが長い。すごく長い。いいんだこれチラシの裏だから。
で、今週のヘロヘロ期間に、そのお友達の皆さんにすごく助けられたという話。
私はずっと感情と理性との戦いみたいな事をしていました。正しいのは理性の言う事で、それは本当に間違っていない。わかっているのに感情はそれと正反対のことを主張する。
人によりますが、それでも概ね理性が感情を押さえつけるのってすごく精神力のいることだと思っています。私が元々快楽主義で感情の赴くままに生きているっていうのも関係あるかもしれませんが。
周りにいる友達が、親身になって心配してくれている。それがとても大きなちからになりました。まだヘロヘロしているし、感情は全然収まってくれないけれど。でも、きちんとどこかでそれは違うよって自分で抑えられている。
きちんと正しい形で応援してくれている友達の存在に、私はとても救われたし、多分救われたのは私だけではないと思っている。願わくば…の先は理性の人が黙れっていうから黙っておこう。

こういう形の人の繋がりを作れている事を、自分で少し褒めてあげてもいいかなって思っています。
縁は、たくさんある偶然の中から自分で選んで引き寄せるものだと思っています。引き寄せられることもあれば、引き寄せることもある。掴んだ縁をどう発展させるのか、どう成長させるのかも、自分自身のちからだと思っています。

ひとりで生きていくということは、上手に自分とつながっている人のちからを借りて行きていくことです。何もかもひとりでは出来ない。こういうことがあるたびにそのことを実感して、その人達の気持ちを汲んで私はちゃんと立つことができる。
本当にありがとうって、ここのところずっと繰り返し思っています。