世界は愛という限りない、心は愛という果てのないプリズン

自由になって何ができるんだ
好きな誰かと恋ができるの
恋をしたとて縛り縛られ
結局 監獄 ああプリズンさ

(愛のプリズン/筋肉少女帯)

縛り縛られる事に幸せを感じるタイプですどうも!(挨拶)
一人であることの自由に慣れるともう無理、とか聞くことも多いけれど。。確かに離婚して14,5年、結婚してたら絶対出来ないなあって事は沢山あります。
が、私は幸せは不自由の中にあるとふんわり思っています。
あくまで私にとっての話です。幸せの形は、個人個人で違いますしね。
私の幸せは、平凡で退屈な平和の中にある。

 

ごきげんよう、たいこです。

ここんとこなんだか楽しいです。
楽しすぎて現実逃避に拍車がかかってる気がします。この楽しい気持ちで色んな事を乗り越えて行けたら最強なんだろうけども……!

そんなわけでドラクエ。

私をあっちこっちの強敵へ連れてってくれるフレの人が、対メイヴの僧侶のポイントをちらっと教えてくれました。

・自分がタゲられたら逃げる。
・自分以外の後衛がタゲられたら間に入って戦士にキラポン&聖女。
・かけ終わったら即逃げる。

僧侶のしごとは死なないこと……!
なので、自分が死なないように頑張って味方を回復させたり強化させたりしないとけません。
このアドバイスは、いかに安全にバフを撒くかという話なのですよね。
動き方をおさらいしたり予習してる時は簡単に思えるんだけど、実際にやると難しい(;´∀`)

メイヴさんには時間制限があって、HPがとても高いうえに硬いので、
ちょっとでも崩れて戦士が攻撃出来ない事態になると、死ななくても時間切れで倒せないわけです。
なので、僧侶はできるだけ戦士がバシバシ戦えるように環境を整えてあげないといけない。死んでる場合ではないのだ。
そろそろ最強のメイヴ4を倒したい…倒したい…。

メイヴは一世代前のハイエンドボスだけど、とても楽しいです。
僧侶って、あまり強くない敵と戦ってるとものすごい手持ち無沙汰になるから、このくらい忙しいボスが楽しいですね。
道具使いで参加するのも楽しいですが、道具使いは僧侶の1.5倍くらいやることがあって回しきれないのです。まだ。

来月実装の新しいハイエンドのボスは、初日に倒すぜ!と件のフレの人が「ゴゴゴゴゴゴ」ってなってます。私で倒せるのか…すごく疑問ではありますが、「倒せる!w」って力強い言葉をもらったので、できるだけ頑張ろうと思います。
敵の攻撃を見て、対策を考える…までの能力が私にはないので、フレの人におんぶにだっこなのですけれどもね……w

ミルク、やさしさの海。冷やしてはダメさ。人肌にして。

泣いたら終わりだ僕ら
ミルクと毛布はどこ行った
つぐなえぬ者達は夜の中
眠れずに何度も寝返り 朝を待つ

(ミルクと毛布 / 特撮)

 

人肌っていいよね(唐突)。
無条件に理屈など抜きに癒やされるもの。それが人肌。
子供が小さい頃は、抱きまくら代わりに娘抱いたりしていましたが、流石に末っ子も16歳になってしまうとそうもいかない。最近は人肌恋しくなると、猫様を抱きしめています。大体3秒後に逃げられる。

ごきげんよう、たいこです。

そういえば寂しくて寂しくて仕方がない、っていう感覚、長いこと感じていないなあと思い当たる。知らないうちに自分も成長しているのですね。自分で持て余すほどの寂しさは、やっぱり感じてていいものではないと思ってます。
自分の寂しさは自分の中でなんとか処理できるようになってるって事なのでしょう。しんどくなったら思考を停止させるのが一番で、思考を停止させるには、何かを詰め込んでしまえばいいのです。
宇宙兄弟のムッタが落ち込んだ時にやたら文章読んだりテレビ見たりするんだけど、あの感覚はちょっとわかります。余計なことを考えるすきを脳に与えないw強引にw

そんな感じで、結構色々あっても自己解決したり、親しい友人の肩を借りたりして乗り切ってます。お陰様で、日常生活に支障をきたすレベルの精神のダメージを受けることなく、2018年も残すところあと3ヶ月です。

私が恋人に求める条件は、「私のことを大切にしてくれること」です。
これって、私が「ああ、大切にされてるなあ」って感じないと意味がないって事に最近気づいたので、「私が思う大切にされる感じに大切にしてくれること」になるのかな。
友人でも恋人でもそうですが、親しくなって好きになると、私はその人のよい所をたくさん見つけます。そのほうが楽しいし嬉しいから。自分にとって、その人のあまり好ましくないところというのは、それはそれで個性として、これもまた好意的に受け止めています。良いところとか悪いところって裏表になってるものなのです。だから、その個性がいい塩梅に出てくればそれは良いところだし、逆にバランスが悪いと悪く見える。でも、本質としては同じものなのですよね。そういう事のほうが多い。その人のコンディションによって、どのようにも映るものだから、それを否定するみたいな感じにはならないです。

おそらく、これが「怒らない」につながるんじゃないかなあと最近思っている。まあ私は怒ることが苦手です。それは、自分の「大切な人に嫌われたくない」という必要以上の恐怖心から来ているものだと思っています。
すごく傷つけられたとして、その傷ついた事に対して自分の感情を打ち出す前に「なぜこの人はこういう事をしたのかな」と、相手の行動の背景を考えてしまう。これがいい方に発揮されれば、「よく気がつく人」になるし、悪い方に発揮されれば「顔色伺ってる」になるのでしょう。おそらくね。

あー今全然大切にされてない って感じる時って、意識して思ってる以上に大切にされてないって自分が感じてる事が多くって。
大切に扱ってくれる人と一緒にいて、びっくりするくらい自分が大切にされてなかった過去のこととかを思い出して、色々と合点がいきました。

しかし、恋愛関係になるとなぜないがしろにされがちになるのか。。この辺がおそらく、怒ることと関係している気がする。怒らないからそのままOKと思って突き進むのでしょうね。しらんけど。
でも世の中には、怒らなくたってそういうものを感じて平和に解決しようとする人もたくさんいます。

そういう人に接してみて、ああ、今までの自分は本当にばかだったなって思ったり。何にせよ、相手に届けた親切が、その後相手から帰ってくるってすごく幸せなことだなって思ってます。

これでも好き嫌いが激しいので、こういうのは好きになった人にしか向けないですけれどね。

恋愛方面での望みは、人肌くらいのぬるま湯にずーっと浸かってるような関係。かれこれ10年以上ずっと望み続けてるんだけど、なかなかのぞみがかなわない……! まだまだ修行が必要なんでしょうかね?(;´∀`)

願い事は叶いそうになったら教えるよ

窓を開けて風を入れて痛いくらい吸い込んだね
濡れた髪と焼けたうなじ痛いくらい抱きしめたね
二人きりの夕涼みは二度とこない季節

(夕涼み / 松任谷由実)

いつのまにか夏と秋を行ったり来たりする季節になってしまいました。
春から生活の様子が小さく大きく変わっていて、適度に現実逃避しながらしのいでおります。
お正月に引いたおみくじ、大吉いっぱいだったんだよなぁ。もう8月も終わりが見えていて、2018年もあと3ヶ月と少しで終わりますよ。早くね。

ごきげんよう、たいこです。

最近の逃避先はもっぱらドラクエ10で、まさか自分でもこんなにハマるとは思ってもいなかった…わけでもなく、1年半前、ドラクエをインストールする時には、うっすらとこんな未来が見えていたりもしました。当時の恋人の方にとっては意外だったようですが(笑)

現在のレベルは、17職のうち5職がカンスト、残りの職もほぼカンストまでレベルあと1~4といったところで。次にリリースされるエンドコンテンツはどんな敵だー!と楽しみにするくらいにはやりこんでいます。しかしまだまだ最強の敵倒せていないので、遊ぶ余地はまだまだありますねー。
当時の恋人に、半ば引きずられる形で入った世界でしたが、今はその点についてはとても感謝しています。

「こいつを倒して称号を取る」「いっぱい倒して素材を集めてかっこいい武器を作る」みたいな、わかりやすい目標があるゲームは、セカンドライフと対称的で。
戦闘中に使う脳みそと、制作のときに使う脳みその部分が全然違うので、よい。

ドラクエの合間に、くらいの時間配分になってる事は否めないのですが、SLでの制作も継続して続けています。今SLでやっていることは、ほぼ制作です。色々やりたい事はあるのですけれど、少し腰が重たくて上がりきらない。仕方がない仕方がない。なにかいい場所を見つけられるといいのですが、今はまだ乗り気にならないなあ。といったところで。


 

私は「昔は良かった」みたいな話を警戒します。
若い頃は自分が若かったからそう思うのかな?とも思っていたけれど、この歳になってもやっぱりあんまり好きな言葉じゃない。

今の現状がどうであれ(これは世界みたいな大きな話でも、自分自身みたいな小さな話でも同じだと思う)、それは過去の私達が「よりよくしよう」と試行錯誤を重ねてきた結果だから。
過去と今を比べたときに、良くなっていないはずがないのです。というか、良くなっていることを信じなければ生きていけなくない?と思ってる。

どんな現在にだって問題は沢山あるし、改良すべき点は沢山ある。そこを考えるのはすごく大切。でもそれ、過去を引き合いに出して「ほら見たことか昔のがいいだろう」っていうのは違くない?

同じように「最近の若い人は」ってのもそう。よりよき世に生まれてきたはずの若い世代を安直にディスるの、回り回って自分のやってきたことを否定するのと同じじゃないのかな?

歳を取るにつれ、自分が得てきた経験って重たくなる。肉体は(もちろん脳みそも)衰え続けるから、昔のように成長や吸収することが難しくなる。自分でその事を自覚していないと、知らない間に自分の世界ってすごく狭まっていってしまう。その狭まったことに気づくのは、自分ひとりではとても難しいっていうのが、自分が歳を取ってきて気づいたこと。

だから私は老化が怖い。頭が硬くなることが怖い。頭が硬くなった自分に気づけなかった時のことが怖い。
経験値は尊い。けれど時に全く意味のないものでもあるって常々自分に言い聞かせています。少しでも頭の硬化を防ぐために…(笑)

そんなわけで、私は、安直な懐古が嫌いです。
実際、そんな昔話を若い人が聞いたところで、「だから何?」で終わってしまう話なのですしね。
昔を懐かしがって振り返る暇があるなら、不満だらけの現状をなんとかするべく考え動いたほうがずっといいよね。

いくつになっても人はレベルアップできるし変われるということを、今年のはじめに父から教わりました。これは私にとっては大きな希望でもありました。
いつでも気づいた時に変われるなら、絶望しないで死ぬまで生きていけるんじゃないかな!