本当に好きな人とは結ばれたいから 陽炎また燃えて

あなたがもし妖であっても
変わらずすきになった 決まってる
陽炎 蜃気楼 逃げ水
なんでもいい 追ったならば 消えても
一番好きな人とは結ばれないのさ
陽炎 いつも陽炎 他に言葉無し
ゆれて 顔もなし

愛は陽炎 / 筋肉少女帯

  発売日のことをすっかり忘れていて、今更買った筋肉少女帯のアルバムの初っ端の曲です。1アルバムに1個くらいこういう曲が入ってるなあ。よい。

 私にはジンクスがありまして、そのジンクスそのままなんですよね。このサビ(笑)。人を好きになると思い出すし、結局このジンクス、継続中なんですけれどね。昔はそういうのがすごく怖かったりしたけれど、今はなんだか、さほど脅かされる事もなくなってきました。これが歳を取るって事か……!

 前回の更新が十二国記だったことに衝撃が隠せません。3ヶ月くらい経っている。前回から今までの間に起きたことは、年が変わってコロナが流行って誕生日が来たことです。あ、母が古希を迎えました。なんかお祝いしてきました。

 この季節に夏休み来ちゃったって勢いで娘が家にいます。仕方がないこととはいえ、これでサボりぐせが加速しなきゃいいんですけれども……苦笑。
  会社も週の後半はほとんど社員が出社しません。在宅ワークしている。派遣社員の身では在宅ではお仕事できないので、私は毎日通っています。ただまあ指揮する人が現場にいないので、決まった仕事が終わってしまうと時間を持て余すことがたびたび。そんな感じなのでこちらもお休み気分のまま一週間が過ぎていくといった塩梅で。非常事態という名目で変わってしまった環境。しかし、この状態にどんどん慣れていってしまう。そして元がどうだったのかよくわからなくなっていく。この感じは東北の震災の頃に経験したのとすごく似た空気だなあと、ちょうど今の季節でしたしね。既視感。

  今月のうちにこの1年を振り返ってみる。とにかく病院へよく行った年でしたほんとに。体が経年劣化していく感じを実感しております。今一番私を悩ませているのは、首。頚椎ヘルニアがいきなり悪化してしまって、大体いつも腕がいたいです。これ、治す方法がないのですよね。治療は基本的に痛みへの対処のみ。リハビリに通え、首を引っ張れ、と言われるのですけれど、効果あるの?っていつも思っています(あんまり実感したことがない)。対処療法ではありますが、整体と鍼は非常に効果が高いのです……が、保険効かなくてお財布的に厳しいのがかなしいです。保険の条件がなかなか厳しいのですよね。

  それ以外にも今年は「地に足をつけて暮らす」という事が非常に大きなテーマになっておりました。苦手なんですよね。地に足つけるの。いつだって大体3mmくらい浮き足立ってるし、お金の計算は苦手だし、3ヶ月先、半年先の事なんて考えられないのです。でもそれじゃだめだぞって神様から怒られまくってた気がする。1年。それでもめげずに隙あらば現実逃避して暮らしているわけですけれども。長年向き合わねばならなかった現実の一端とは向き合った気がする。全部は到底無理です。しんでしまいます。私には向かない。人には向き不向きがあるのです。私は人の心の中の事とか、愛のこととか、そんな事ばっかり考えてるほうが向いているのです。なんのご飯の足しにもならないけれど。

  たまに夢に子供たちが出てきます。彼らが夢に出てくるときは、決まって小さな子ども時代の頃の姿で出てきます。昨日は長男が出てきました。私は夢の中で、当たり前にその年齢の子どものお母さんをしているのです。夢から醒めて、あ、さっきの長男は小学校低学年くらいだったなあと思い出して切ない。子ども時代の子供たちに会うことは二度とかなわず、あの頃にしてあげられなかった事がいっぱい脳裏によぎって、ああ、今ならできるのになあ。って思う。でも出来ない。子どもが小さい頃、周囲の先輩方から「子どもはあっという間に大きくなってしまうのだから、今のこの時期は大変に貴重だ」と言うような事を言われ続けてきましたし、そんなこたぁ分かってんだよ!って思ってきたけれど、これか。この気持ちのうえで彼らはあんな事を言っていたのか、と思う。

  確かに、こんな風な喪失感を感じるとは思っていなかったなあ。だからといって、当時の自分があれ以上何かできたとは思わないし、結局どれだけ何をしたってこういう気持ちになるんでしょうけれどね。子どもは徐々に大きくなるので、この『子ども時代の子どもの喪失』というのは、実感しづらいのでしょう。気づけばなくなってるんだもの。はー。切ない。

  私は決してよい親ではありません。自分の親もいまいちだったんで、子どもが子ども時代にどんな風に親を感じて、切ない思いや寂しい想いをして今に至っているのか、実はわりとよくわかっています。自分も同じような気持ちになっていたから。それを考えるといたたまれないなあ。でももう過ぎてしまったから取り返しはつかないなあ。それを踏まえて今後に生かすしかないのだなあ。

 そういえば母は病気をするまで、「子どもに自分の世話なんてしてもらいたくないからお金をためる」と言うようなことを常々言っておりました。それゆえ子どもである私たちは、相当に困ったときでも金銭的な援助を母に求める事は選択肢になかったのですが。今年の正月、私の歯科医にかかる費用の話になったとき、当たり前のように母が長男に「お母さんの歯のお金払ってやりなさい」って言ったのを聞いてびびってしまった。長男はあのままだと一生結婚しなさそうなのですけれど、そんな話をしたら「いいじゃない。ずっと一緒にいてくれるよ。養ってもらえば」などと言ったこともあわせて衝撃でした。自分が同じような年齢になったら、私はいったいどう思っているのだろうなあ、なんて事を考えながら、子どもに自分の歯科費用を払わせるのには超絶抵抗がある今の私なのです。だったら保険の歯を入れるよ。

  さて、SL方面。相変わらず低空飛行ですが、創作活動は続いています。自分のアバターをいじらなさすぎて、大体常に妙な格好で棒立ちしています。人と新たに触れ合ったりする事にあまり積極的になれない模様です。そうしたい気持ちと、実際行動を起こそうとすると妙なもやがかかってしまって動けない感じ。新たな出会いを求める気持ちがないのは、少々まずいんでないのー?という気持ちもあるのですけれど、どうしたって感覚には逆らえないのです。もうちょっと低空飛行かなあ、といったところ。製作物と向き合ってるのは苦じゃないんだけどねえ。

  そしてドラクエ方面。相変わらず戦っています。ひたすら戦っています。最近また新しいボスが追加されたので、楽しくて仕方がないというところ。戦うという軸でゆるくつながってる人たちとわーわーやるのが大変楽しい。

  あ、出会いっていうのは恋愛的なやつでなく、なんか全般の出会いの事です。これ以上先一歩踏み出す事に、ものすごい抵抗を感じていて、その事に自分で驚いている。そういう感じ。

  精神的な距離の近い人が少しいれば、なんだか私はそれで満足なのか!という、いつもの結論になってしまうわけですが、楽しいからな。それでいいかな(笑)
 

朝にぴんしゃん出掛けて攻めて、暮れて夜には帰らない

城の南で戦って、郭(とりで)の北で死んだのさ
野垂れ死にしてそのまんま、あとは烏が喰らうだけ
おれのため 烏のやつに言ってくれ
がっつく前にひとしきり もてなすつもりで泣けよって
野晒しのまま ほら、墓もない
腐った肉さ 一体全体どうやって お前の口から逃げるのさ?

(白銀の墟 玄の月 /小野不由美)

 ごきげんよう、たいこです。
趣味は演劇鑑賞、映画鑑賞、読書、アニメ鑑賞、ゲームとかです。
読書はほぼ、小説専門です。ノンフィクションよりフィクションがすきです。
好きな作家を挙げていったらものすごい長くなったので省略。とりあえず、小野不由美が好きです。

 今年の10月と11月に、小野不由美の十二国記シリーズ最新作「白銀の墟 玄の月」が刊行されました。
私がこのシリーズと出会ったのは、2002年8月(娘を産んだ直後だったからはっきり覚えている)。娘は今17歳。というわけで、17年ぶりのつづきのお話だったわけです。

 私の人生の三大没頭して読んだ小説のなかの一つがこのシリーズ。残りの2つは「果てしない物語(ミヒャエル・エンデ)」と「蒼穹の昴(浅田次郎)」。

 お試し感覚で第一巻の「月の影 影の海」を買って、読了後すぐさま本屋に向かって続きを買い、読み終わればまた本屋へ行き、結局シリーズ全て終わるまで、毎日本屋へ通い続けたという・・・。
出産後って感情な部分が過敏になっているので、それもあったのかもしれませんけれど、とにかく久方ぶりに小説の中の世界にどっぷりと入り込んだ作品でした。入ってなかなか戻ってこれない感覚は、果てしない物語以来だったなあ。
とにもかくにも、自分の中では結構強烈な体験として心に刻まれています。

 その、17年ぶりの続きですよ。
続きのお話は全部で4巻。1,2巻と3,4巻が1ヶ月あけて2度に分けて発売されました。
1,2巻の発売日は、あの凶悪な台風が来ていた10月12日で、Twitterではあちこちで「蝕が・・・・・・!」などとつぶやかれておりました。仕方がないよね。泰麒が帰還したのだから蝕だって起きてしまう・・・(笑)


小説自体はとっくに読み終わっていたのですけれど、感想にはどうしてもネタばれが含まれてしまうので。
発刊そろそろ1ヶ月ですし、そろそろ解禁してもいいかなーという感じで書いていきます。ゆえにネタばれ注意です。


 時間は積み重なっていくし、今ある結果はその時間の積み重ねの中で、どのように生きてどのように選択してきたかの現われである。みたいなお話。

 絶体絶命な戴国へ、王様を探し出すために戻る泰麒と李斉。李斉は利き腕を失っているし、泰麒はその力の源である角を失っていて、天上人をして「もはや麒麟とは呼べない」と言われるほどに危うい状況。麒麟がいれば、王気をたどって王様の場所を付きとめられるはずなのだけれど、角のなくなった泰麒には王気も感じられなくなっている。また、彼自身の身を守るための指令も引き剥がされて戻せないまま。
前のお話はまさにこの状況で旅立つところで終わりました。
その旅立ちには、私は絶望しか感じず、「この困難をどう乗り越えるんだ・・・!どう決着つけるんだ!」って不安がいっぱいだったのですけれど。

 今回のお話はミステリー&ホラーな要素が結構多めでした。今、ここで何が起きていて、自分はどうしたらいいかということすら分からないまま話が進んでいく感じは、1作目の「月の影 影の海」の前編を思い出しました。
得たいのしれない不可思議な現象の謎が解けるにつれ、王と泰麒を陥れた阿選の心中も明らかになってきます。
また、泰麒の驚くべき成長っぷりも。

泰麒は決して、最初から最後まであきらめていなかったし、麒麟とは思えないような言動で国を助けようと動きます。
味方すら欺いて。あのスマートさ、10歳で自分の無力を嘆いていた頃から知るこちらからすると「ひょおおおお」ってなります。あの泰麒になるには、蓬莱でのあの最悪な時間が絶対に必要だったと感じる成長でした。

 一方の行方不明だった戴の王、驍宗。彼が登場するのは中盤以降でしたが、つよい。かっこいい。行方不明になってから、自力で脱出するまでのくだりは、まさにスーパー王様という感じで。王に恩義のある民が、沢山の王の部下を匿ったり助けたりしていました。王自身が7年もの時間生き続けていられたのも、その民のおかげなのですけれど。なんかこのくだりは壮絶すぎて本当に泣いてしまう。
余分など一切ない生活のなかで、無理やりにでも供物を作ってそれを弔いとして王に捧げるなんて事、自分に出来るだろうか・・・・・・。本当に、本当に苦悩しながら毎月供物を川に流していたのですよね。そしてそれが、当の王のもとに届いていた。

 そして、道を踏み外してしまった阿選。
謎に包まれていた、彼の凶行の動機も中盤で明かされます。彼自身、こういう理由だとはっきり説明できない感情。
乱暴に言えば、長年切磋琢磨してきたライバルに裏切られて傷ついちゃったって感じなのかもしれません。

ライバルは、決着がつかないからこそライバルでいられるのであって、決着がついてしまえばライバルではなくなる。
負けたほうは、それまで競り合っていたがゆえに、阿選の言葉を借りれば影になってしまう。
人の一生と考えればそれは数十年ですが、彼らは仙であり、神であるわけで、寿命がないのですよね。
それもまた、彼を絶望させた要因なのかもしれません。

阿選がショックを受けたエピソード部分が非常に心に残りました。
また、形は違えど王座を競った相手である李斉が、驍宗に忠誠を誓っている、その対比も趣深いです。
もとより格が違った、というその事実をどう受け止めたかで、その後の明暗がはっきり別れたのが阿選と李斉のように思います。2人とは驍宗と関わった時間も経緯も違いますから、阿選が劣っていたっていうわけでもない。
ただただ、そういうめぐり合わせだったということなのでしょう。
阿選の事を考えると、とても切ない気持ちになります。

驍宗は、王になる前に一度「あなた王じゃないよ」って言われてるんですね。
泰麒が王気の事を理解していなかったことから起こった出来事でしたが、その時に驍宗は戴を去る決意をしていました。
そのまま自分が戴に残っていたら、いずれ新たな王を斃そうと思ったであろう、と。
そうはなりたくないから離れる決意をしたと。
阿選は去ることが出来ず、驍宗は去る決意をした。だからこそ、王は驍宗だったのでしょう。

このお話は兵隊のお話でもありました。
私には兵隊というものがなじみがなさすぎて「もう、ちょっと!」って感じるところも多かったのですけれど。
上官に死ねと言われたら死ぬ的な軍隊の様子は、なかなか・・・これが冒頭の歌につながっていくのですけれど。
なんかもういつになく人が沢山死んで、その死んだ人たちも含めて、沢山の人の想いと犠牲と協力があってこその大団円でございました。
未来のために。自分が見る事はかなわなくとも、この先のこの国の人のよりよき未来のために。
そうやって積み上げてきたものの結果が、このお話の結末であり、またこの先も積み上げていくんだろうなと。

無事に生還した戴王と泰麒ですけれど、そういう沢山の希望を背負って、それでもこの強い王様は長い治世を築くのだろうと、最後のページのイラストでまた感動したりしたのでした。


ほんとはですね、阿選の事を書きたかったんですが、いかんせん小説の内容ボリューム大きすぎて・・・。また機会あったらまとめたいなあ。

ストローくわえた僕が見ているのは地球のいびつな嘘つきのプラネッタリウム

僕が死んだ日 おじいさんは二階の屋根で 古いオルガン弾いてくれたのに
風船病にやられちゃった僕の顔は パンパンだから
嬉しい顔がちゃんとできない 嬉しい顔がちゃんとできない

(たま / おるがん)

 

 十数年前に、「さよなら人類」が懐メロ扱いされている現実を見て、軽く衝撃だったのですけれど。あっという間に更に十数年経ってしまいましたよ。もう完全にいにしえの曲ですねえ。

 

 私の子供たちは、日常的にトレイントレインやらモンパチやら天体観測やらを口ずさんでおりまして、どこで覚えたのかを聞くと、友達がカラオケで歌ってるとか言う。やっぱりいい曲というのは世代を超えるものなのだなあ!というよりは、彼らのご両親の影響の方を強く感じますね。カラオケが日常に浸透した結果とも。
 私が親から受け継いだのはユーミンでしたが、当時はカラオケが流行りだした頃でしたので、あまり友人の前でユーミンを歌うことはなかったように思います。カラオケで歌える流行の歌を必死で覚えるみたいな文化の時代。懐かしい(笑)なので今、自分が若い頃に聴いてどはまりしたものを、子供たちが私以外のところから仕入れてきて好んでいる様は、見ていて少しくすぐったい感じがします。

 子供は大きくなるにつれ、親との物事の見方や考え方の差がなくなっていきますし、すでに成人している(しかけている)息子たちに至っては、私の目線は対等です。「お友達みたいな親子」っていうの、一時期すごいよく聞くフレーズだったけれども、本当にお友達みたいな親子関係が築けるのって子供が働き始めてからだと思うよ。養われてるうちは対等にはなれないものね。
 対等の視点に立つ子供たちは結構辛らつな言葉を投げてもきます。実はここからが子育て(というか子供とのかかわり)の第三幕くらいじゃないかなあと感じています。第四幕は、おそらく子供が結婚した時に開幕する。ここでこじれると自分自身の人生の終幕がだいぶ変わってくる予感がしていて、本当に気が抜けない。うそです。日常的にうっすら意識している程度です。ただ、このあたりで子供を下に見る事をやめないと、子供と私のハッピーエンドは訪れないと思うよ。。と、自分と親との親子関係(現在進行中)を省みて強く感じます。

 私の育った家は、そのエピソードだけで「渡る世間は鬼ばかり」が3,4本出来上がるくらいの濃さでした。
長男の嫁、嫁が最初の彼女だった説が濃厚な長男、その母(鬼畜)、いびられる嫁とその発散先に使われる子供たち。
嫁が憎けりゃ孫まで憎い祖母(鬼畜)、しかしその嫁も気質は女王でわがまま。自覚はない。みたいなー!
 自分の家族の悪いところをあげつらうのは不毛ですけれど、ここ数年、私は母のよいところを見つけられずにいます。私は生まれてから30年くらい、母に「お母さんだいすき教」みたいな宗教に入れられて洗脳されていたみたいなものなので、致し方ないかもしれません。ちなみにこれは敢えてひどい言い方で書いています。読み返すとちょっとやばい人に見えますね!

 母のおかしなところが見えてきたのは、自分が離婚してから。洗脳されてたなーと自分では思いますが、これたぶん世間一般でいうところの親離れですね。ただ、当の母にはその自覚はなく、自分のわがままさや自己中心的な考え方には気づかないでいます。だから歩み寄れない。
そんな感じで今日にいたるまで、孫(私の子供たち)も巻き込みつつ、母とは色々とごちゃごちゃしております。もういい歳なので、あの感じが変わる事は死ぬまでないのだろうなあと思うのですけれど、ずっと近くにはいられないなあって思っています。自分が傷ついてしまう。

 人は人を求めがちなものですけれど、人と人が集まると本当にごちゃごちゃするのですよね。関係が近ければ近いほど。そもそもひとりでいれば何でも自分の好きなようにできて、自由で、我慢することもなくて楽なんです。でも寂しくなる。誰かと一緒にいれば、心温まる瞬間や心底安心する瞬間などを体験できますが、そもそもそれは心が寒くなる瞬間や不安でいっぱいになる瞬間があればこその感覚です。ひとりの時に不安でいっぱいになる事はあるので、これは人によるかもしれませんが(笑)、なんていうかその代償として、ある程度の自由は奪われる、と思っています。その自由のなさは、一緒にいる相手の事を尊重する事でうまれます。

 わずらわしさも増えます。お互いの「これがしたい」が噛み合わないときには話し合いをする必要があります。時には喧嘩になることもあるけれど、これは非常に煩わしい。ただ、こういう経験の積み重ねで、大切な誰かを少しずつ深く理解していくことになるのだと思うのですよね。

 この世で誰かが自分の事を深く理解してくれている、しようとしてくれていると感じる事は、とても幸せなことだなあと私は思うのです。
 この感じは生きているかぎり、その関係が続いている限り、ずっと心に留めておかねば成立しないやつだと思っていて。親であろうと子であろうと、夫婦や鏡台であろうと、自分自身でさえ、自分の事を理解しきることは不可能です。だから、分かった気持ちになってしまうことが一番怖い。そう思ったら関係は崩れ去る。

 何かあったときに、きちんと自分の気持ちを伝えられること、伝えられる環境を作ること、拒絶しない・されないという信頼感を崩さないようにすること。書くだけなら簡単なのですけれど、実践するのは本当に難しいですね。

 失敗したなと思ったら、すぐにその気持ちをつたえてリカバリーすることが出来る事、また、そういうものを受け入れる心のゆとりを持つこととか。

なんか、そういうことが他人と真摯に向き合うって事なのかなあと思ったりしています。

 恋人も他人、夫婦も他人、親子も他人、兄弟も他人です。自分が何にどう感じたのか、どう思ったのか、それが好ましいものかそうでないものか、我慢できる類の事なのかそうでないのか、そういった事は伝えなければ他人には伝わらない、ということを、特に甘えがちな相手に対しては忘れないようにしていたいと思います。

 そして、感謝を。そばにいてくれてごたごたしてくれることに対して、本当にありがとうと思っています。