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生きてくってどこでもアウェー ホームに変えろ

気楽なもんじゃないさ続けるっていうのは
生きてくっていつもアウェー ホームにしてみろ

(アウェーインザライフ / 筋肉少女帯)

携帯に入れてる音楽を増やしたら、なんだか懐かしい曲が沢山かかるのです。
これは私がお芝居復活するきっかけになったお芝居のテーマソングだったやつ。
1個観たらもうとまらないとまらない…というわけで、それまで観ていた映画の分を演劇につぎ込んでいる私です。高いお芝居になると13,000円くらいするので、映画10回くらいいけちゃうね!レイトで!

ごきげんよう、たいこです。

本当に月に1個も記事書いてない現状に自分でも驚きが隠せない。まあだいたいブログの更新のない時ってのは精神の安定している時なのですよね。平和。
こういうことを言うとちょっとメンタルの弱さをもろっと出してしまうようであれなのですが、もともと日記のようなものをつけ始めたきっかけは、悩んだり辛かったり苦しかったりすることをどうにかするためでございました。
最初に書き始めたのは10代の終わりで、当時はインターネットなんてありませんから、ネタ帳という名の日記帳につらつらと思うことを書き溜めていました。色々なことを考えてしまって眠れない夜に、布団の中で文章を書く。書いているうちに気づけば寝ているという。あの頃は本当に毎日毎日よく書くことがあったなあと思うのです。今はさほど書くことが見つからない、というのは、本当に良いことなのでしょう。


 

1年もあっという間に半分が過ぎて、下半期に突入しています。

今年は年明けからわりと波乱万丈で、(さっき平和って書いたのにね?)母が入院をして「覚悟をしておいてください」とか言われたり、その後の検査で非常にややこしい病気であることが発覚したり、それに伴って、母と接する機会が増えて、ああこれは本格的に向き合わねばならないなという覚悟をしたり。

私と母は、超良好な関係ではありません。うっかり距離を詰めすぎると盛大な喧嘩になるので、出来るだけ接点を作らないようにしてきました。

しかし事態が事態なので、今、10年ぶりくらいにちょっと距離を縮めて接しています。これがまた、思いがけないところから古い傷をえぐられたりしてなかなか侮れない。
絶体絶命だ、困った、という時に、「おかあちゃーんたすけてー」といえる人は幸せな人だと思っています。思えない人が不幸というわけではないけれど、ある程度のハンデは抱えていると思っています。

母には「おかあちゃーん」と言える母がいて、私にはいない。言えない。なんかその事実を突きつけられてしまったり。振り返って私は子供達にとって、おかあちゃーんって言える母親なんだろうかって怖くなったり。
子供が赤ん坊から大人になるまで、だいたい20年くらい。20年の間に積み上げてきた事を、今からどうすることも出来ないので、考えても仕方がないのだけれど。たまにお互いどう思ってるかを言い合っていけたらいいなと思っています。気持ちというものは、たまにどストレートに相手に伝えないと、人間関係がややこしくなるので……。


最近めっきり登場しない彼氏の人ですが(そもそも日記を更新していない)、地味に平和に仲良く暮らしております。先日は花火にいったり淡水水族館に行ったりしてきました。観光とかそういうの、この歳になるとめったにしませんし、水族館や動物園は好きでも一人で行くほどではないわけです。花火もね。なんだか久しぶりにそういう遊びをしたなー!という週末でした。とても楽しかったのは言うまでもありません。

美味しい鮎と美味しい枝葉つきの茹でた枝豆も食べさせてもらって、美味しいお肉も食べさせてもらって、あとは超たくさん歩いた!そんなデートでございました。
なんだかんだでもうすぐ1年になるのだなあ、、早いなあ、と、そんなことを実感しています。このままこの感じで時間を積み重ねていけるといいな。


末の娘が中学3年。真ん中の息子が高校3年。それぞれの三者面談に行ってきたりしました。3年なので話題は当然、進路について。
娘は去年から志望校を絞っていて、それがそこそこ身の丈に合った偏差値で、少し頑張れば入れるね!気を抜くと成績落ちるから気をつけてね!みたいな、3人目の子供にして初めて建設的なお話が出来た三者面談をしてきました。ちなみに1人目は「どこ行きたいとかわかんない。勉強もしたくない」というお話にならない状況で、2人目は「この学校に行きたいけど偏差値20個くらい足りない」という、また別の意味でお話にならない状況でした。

その2人目の子は、板前になることにしたようです。私の弟が板前なのですが、弟は甥っ子が自分を追っかけてきた事がとてもうれしいようで、色々と世話を焼いてくれています。ありがたい。ありがとう弟。
今月から弟のお店に行ってちょっと働いてみるようです。就職先のお店はまだ決まっていませんが、いいところで修行できるといいなと思っています。

長男は今年から就職しましたし、年の近い兄弟をつくったぶん、子育て終了もあっという間にまとめてやってくるんだなあ、と実感しています。それぞれなんとか、ちゃんとひとりだちしたりその準備期間に入ったりと頼もしい。私は私の未来のことを考えはじめて準備しておかないといけないのだなあ。

髑髏城の七人 season鳥

ごきげんよう、たいこです。
前回の更新から時間がたちすぎている。下書きにしたままの日記はそれなりにあるのですが(笑)。

と、この記事書いたのは6月30日だったりして。バタバタでUP忘れていたよ。


前回の更新も今回の更新も髑髏城!っていう。そんなわけで、髑髏城の鳥に行ってきました。メインキャストが、阿部サダヲ、森山未來、早乙女太一、という、これ観ないでどうするのーという……!

捨之介は若者の印象があったので、阿部サダヲが捨之介ってどんな感じになるんだろうーと、全然想像ついていなかったのですが、登場からすごかったです。まさかそう来たかと。

森山未來の天魔王を観るのはこれで二度目。あの禍々しい鎧に仮面をつけた異質な姿、
それに見合った立ち居振る舞い、存在感。あとマント。ちょうかっこいいマント。

早乙女太一の蘭兵衛も二度目。初回に観た時、まだ彼の存在を知らなかったのですが、一番強烈に印象に残った俳優さんでした。あんなに色っぽくてかっこいい殺陣を見たのは初めてで、そのかっこよさにため息が出るなんて経験もあれが初めてだった気がします。
あとで19歳だったと聞いて2度びっくりしたのですが。今回実は、彼の蘭兵衛をもう一度観るのが最大の目的の一つだったりしました。

今回はなんと前から4列目の中央という、一生分の運使い果たしたか!という良席でございました。

お話は再演なので大筋は変わらず。しかしシーズン花はその前に観たものとほぼ同じ流れだったのに対し、風は諸々の設定ががらっと変わっていました。キャストに合わせて変えているところもあるのでしょうけれど、とにかく今回、歌が多かった。踊りも多かった。キャストが小劇場色強かったので、当然笑いの要素も多かったですが、締まるところはきちんと締まる、素晴らしいお芝居でした。

この辺からネタバレします。

このお話、蘭兵衛(森蘭丸)はもう、本当に全くの無駄死にをするわけです。この人本当に報われないのだけれど、それゆえ、この人が抱えていた信長に対する愛が、3人の中で一番湿度が高い感じがするのですね。
過去2回観ても印象の薄かった、地の男(捨之介)の信長へのスタンスが、今回はすんなり頭に入ってきた感じがします。地の男はいわゆる忍びなので、歴史の表舞台には出てこなかった。そのあたりで仁の男に蔑まれている。捨之介は色々なものを捨てようとして、捨てきれずに生きながら、かつての主であった信長への忠義を守るため、必死に戦っていたのですよねえ。
天魔王(仁の男)に関しては、なんかもうこじらせまくった信長愛をぶちまけてる印象。光秀そそのかしたのお前かよ!というびっくり事実よ。とことん狂った悪役ってのもよいですよねえ。もーほんとに最後までかっこよい天魔王でございました。

蘭丸は、信長に逃されて過去のことを振り切って、過去をなかったこととして、蘭兵衛と名を変えて生きてきたわけです。その中で極楽太夫と出会い、そこでも確かな絆を結んでいた。これが幸せだ、これこそが大切なんだ、と言い聞かせながらも心のなかにある過去は当然消えない。苦いですねぇ。
その心の傷みたいなものを、天魔王に付け込まれて呑まれてしまう、この辺の感じも花と鳥では表現が違いました。好みは鳥です。堕ちる事って抗いがたい魅力があるものですよね。あれは何なのでしょうね。
蘭兵衛はこの時点で死に、蘭丸として生き返る。そして、蘭兵衛として築き上げてきたものを全て壊しにかかります。
極楽太夫からしたらたまったもんじゃない話なのですが、この人は蘭兵衛を愛している。蘭丸ではなく。愛している人が絶対に堕ちてはいけないところに堕ちてしまって、しかも自分ではもう為す術がない。しかも自分の大切なものを根こそぎ奪われてしまう。たまんないですね。
さらに、天魔王が蘭兵衛に囁いたお話は、天魔王が蘭兵衛を自分側に引き寄せるための嘘だった、、、という。蘭丸の行動の大本にあるのは、信長への愛のみ。なのに、それに従ったと思ったら実は信長の意に背いていたという。ああもうかわいそう。ほんとうにかわいそう。

蘭兵衛のことばかり書いていますが、仕方がない。私がこのお話で一番好きなのが、この蘭兵衛にまつわるお話なのです。


生きることはそんなに楽しい事ではないです。生きるっていいね、の「いいね」の部分というのは、人生の要所要所にあるイイトコロなわけで、それ以外は結構しんどいことの方が多いです。けれど、楽しいとか幸せだーとかそういうものを強く感じるには、このくらいの割合でないとだめなのだろうとも思うわけです。

そして当然ですが、全てが自分の思い通りになるわけではない。むしろ思い通りに行くことのほうが少ないのです。そこに自分の行いや性質の良し悪しはあまり関係がない。世界は自分のためにあるわけではなく、誰のためにあるわけではなく、ただある。私達の持っているモラルとか良心とか、いいこととか悪いこととか、そういうのとは別のルールで世界は動いている。

欲しかったもの、失いたくなかったもの、どうしてもこれだけは譲れないと思っていたって、結構かんたんに失われたり奪われたりしてしまうものです。そうなった時、人はどう折り合いを付けるかというということ。諦めるということ。そして、妥協するということ。妥協とか諦めるという言葉にはネガティブな印象がつきまといがちですが、生きていくうえでは絶対に必要なものだと思っています。

諦めて、妥協をして、これでいいんだと、そこで前向きになる、でもたまに諦めきれない心が疼いたりして。このままでいたい、このままでは嫌だ、こういう矛盾するような気持ちが同時に心のなかにある事は、そんなに珍しいことではないですよね。
そういう、ままならぬ事、やりきれない事をこのお話の中で一身に引き受けていたのが蘭兵衛。
その蘭兵衛の生き様や死に様をうけて、捨之介はさらに前を向くのです。
やあ、本当に素晴らしい。3作品見たなかで、一番このあたりのテーマがしっくり来た公演でした。
おそらく、捨之介の年齢が高めなのもあるのでしょう。深みを増した捨之介。

若い捨之介も素晴らしかったのですけれどねw

できればもう一回くらい観ておきたいなあ、と思っていますが、どうなるかなあ。

髑髏城の七人 season 花

ごきげんよう、たいこです。
さて、今年最初の観劇してきました。劇団新感線の「髑髏城の七人season花」。
髑髏城の七人は今までに何度となく再演している演目で、新感線の代表作の一つだと思っています。ステージアラウンド360という、新しく出来た劇場のこけら落としとして、今年1年かけて、Season花 Season鳥 Season風 Season月と同じ演目を違うキャストと演出で突っ走る、というとても楽しげな企画なのですね。
こういうのはお芝居の醍醐味だなあと思いつつ……チケットが結構お高い公演なのですが、出来たら4回全部観たいなあと思っています。でも大人計画も観たい。悩ましい。

新感線は比較的わかりやすいストーリーにかっこいい殺陣、豪華なセット!衣装!って感じで、あまり脳みそを使うことなく観たあとに気持ちのよい余韻の残る、ザ・エンターテイメントなお芝居をする劇団です。昔ほどシモネタ多くない。昔はひどかった。いや、演目によるか。今もそこそこか。
髑髏城はメインキャストの男子3人、過去にあった事件で同じような傷を負っていて、なんとかかんとかそれを乗り越えつつ生きている、生き延びる過程で三者三様の道を辿り、この物語で再び三人がめぐりあい、ぶつかる様を描いています。
いわゆる闇落ちをしてしまった天魔王(成河)という悪いやつがいて、死にかけた後、同じ境遇の仲間を集めてまとめて無界という、色街に見せかけた安住の地を作った蘭兵衛(山本耕史)、捨てようと思っても捨てられない縁や人を振り切るように放浪している捨之介(小栗旬)。それぞれに捨てきれない想いを抱いて、それを隠したり暴走させたりしながらぶつかり合っていく。しかしその、捨てるに捨てられない想いの源は、もうとっくにいなくなっているわけで、人の執着する心ってのは本当、いや、ないと困るものではあるのですが、ねえ。やるせない。
この3人のキャラクターがもう、本当にかっこよいのです。悲しくてかっこよい。

人の気持ちは、本心は、決して一つというわけではなく、いつだって相反する願望があるもの。あれもこれもしたいけれど、どっちもは取れないみたいな。で、そういうときにどちらかを選択する基準ってなんなんだろうなあ、と思うわけです。
本当はもうないってわかってるのに、それでも捨てられない希望みたいなもの。これが一番厄介なんだ。本当に。

なくしたってつらくたって、志半ばで命尽きてしまった仲間たちのためにも、今生きている自分を必要としている人たち、必要としてくれるかもしれない誰か、そして何より自分自身のために、やっぱり生きていかなきゃいけない。髑髏城で決死の戦いをした七人は、戦いが終わった後、また新たに生きていく場所に向かってそれぞれの道を歩んでいく。

「浮世の義理も、昔の縁も、三途の川に捨之介!」

度々登場する、この捨之介のキメ台詞(台詞のあとに拍子木がチョーンって鳴る)。
これがお水どばどば使ってハードなロックがガンガン流れてライトもわんさか使った、超派手でかっこいい殺陣の後でピシっと決めてくれるわけです。お芝居の醍醐味かってなる。

本当にやめられない……お芝居やめられない……。小さい小屋には小さい小屋のよさがあるし、大きい小屋にも(大きいのに小屋)大きい小屋にしか出来ないよさがある。しかし共通してるのは、生っぷりだなあ。映画のように大きく映すことはできないし、当然小屋が大きくなれば、表情なんかの細かいところで演技を観ることは出来ないわけです。が、それでも俳優の演技やセリフが、その大きな会場を圧倒してしまう、この感じが本当に好きです。

メインの3人も素敵でしたけれど、狸穴次郎右衛門を演じた近藤芳正や、贋鉄斎を演じた古田新太の、それぞれ方向性の違ったうまさも堪能しまくった。上手な演技はそれだけで幸せになれるのです。

今回の会場であるステージアラウンド360、円形劇場なのですが、ステージは円の外周側にあって、客席が真ん中にあるというすごく珍しいつくり。
アジアには1個しかないらしいです。客席がぐるぐる回転するのですが、実際に観るまではどんな感じなのか想像もつかず。
実際体験してみたらなんか、すごい。ハイテク!ww 見せる部分以外は幕(って言っても円形のパネルみたいなやつなんだけど)で覆われていて、その広さも狭さも自由自在。幕の上には基本何かしらの映像が流れていました。草原とか、石垣とか。幕も回転して客席も回転して、幕の上には映像が流れて、おそらく風が吹いたりもして、お客さんは物語に沿って移動してる感覚が味わえる。場面転換の暗転もほぼない。カットインカットアウトな転換でなく、全部が一つに繋がってる不思議な感じを味わいました。また、客席が回転するので出口も入り口もその時々で変わるのですよねw
最初と幕間と終演で、全部出口の位置が違ったのがすごく不思議な感じでした。


新感線は、今はチケットが大体13,300円と結構なお値段で敷居も高いのですが、公演が終わってしばらくすると、「ゲキシネ」という形で、映画館で録画した公演を上映するのです。
これはいわゆる劇場中継とは違って、カメラをたくさん使ってきちんと映像作品として楽しめるように編集された演劇です。
これも通常の映画より料金はお高めなのですが、ぐっと敷居は下がると思うので、ちょっと興味のある人は是非、情報見つけて観に行くことをおすすめします。

ステージアラウンド、シーズン鳥はすでにキャストも日程も発表になっています。花で小栗旬が演じた捨之介、次回は阿部サダヲが演じるようです。蘭兵衛は早乙女太一、天魔王は森山未來。私が何年か前に観たときのキャストは、捨之介=小栗旬、蘭兵衛=早乙女太一、天魔王=森山未來でした。早乙女太一の殺陣は、本当に、心底かっこいいので、本当に皆1回生で観たほうがいいと思います。おすすめ!!!