この道わが旅 果てしなくつづく 出会いと別れをくり返しながら

いま星空の下でたたずみ
遥かな想いを抱きしめる
ぬくもり続けてる夢たちと
影ぼうしが道連れ
雨も風も日照りも嵐も友達だった
(この道わが旅 / DQ2エンディングテーマ)

 ごきげんよう、たいこです。

そろそろお盆も終わりが近づいて、毎度連休のたびに思う「9連休なんてあっという間」を身にしみて感じています。ああああああもっと休みたい。
 昨日はお盆の間にせねばならなかったことを片付けつつ、娘と映画観てきました。

 口には出さなかったものの、この連休中に娘と観に行こうと思っていた「天気の子」。連休頭あたりで「観に行きたいけど友達みんな観に行っちゃってるんだよねー」なんて言うんで、じゃあ丁度いいねと。
 上映スケジュール確認したら、ドラクエ映画ときっちりハシゴできそうな感じだったのと、昨日は金曜日でユナイテッドシネマは会員価格1,100円で映画が観れる日だったのですよねw じゃあ行ってしまおう!という勢いで2本立て。

 

 先に観たのが「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」。正直、あちこちで酷評が目に入っていて(そのあまりの酷さに劇場で観たくなってしまったw)、期待をせずに観たのですけれど。おそらくこれがよかった。ついでにネタバレのレビューも読んだあとだった。これもよかった。
 もともと、ゲーム原作の映画なんで期待もしていなかったのです。もともとオンデマンドに来たら観ようかなーくらいの温度でいたわけで。それでも出演している声優が豪華、、というかちょっと面白かったので、その点でうずいていたのは事実。(心を動かされたのは、古田新太、松尾スズキ、安田顕、吉田鋼太郎あたりです)

 原作となるドラクエVは1992年リリース。計算したら私高校生でしたね。中学時代は部活の人だったために、引退後有り余った時間でゲームやったり小説読んだりしていたんだった。
 VIの時は働いていて(&劇団活動をしていて)あまりゲームに時間がとれず、転職失敗してダーマ辺りで挫折している(最初から遊び人を選んだのが敗因)。VIIの時は結婚して長男が赤ん坊だったあたりで、なんだかめっちゃ時間があったのでドラクエ史上最強にやり込んだ。
というところまで思い出しました(ノ´∀`*)

 私は過去に観た映画や小説、ゲームなど、あらすじをすぐに忘れてしまう特性を持っていまして。Vも当然いろんなことを忘れてしまっていました。
 覚えてるのはパパス、ビアンカとフローラ、あと仲間モンスター。結婚の選択で髪の毛の色が変わる子供2人。

 なので、映画を観たといってもゲームのことをきっちり覚えているわけではないですし、超ファンっていうのとも違うのですけれど。ちなみにクリアしてないです。でもラスボス~エンディングまでは弟がプレイしている横で観ていましたw

 前置きが長いですね。で、映画は非常に楽しめました。1年半ぶりの映画館だったこともあるかもしれない。でも決して雑につくられた映画ではなかったです。ファンを冒涜とかそういう意図もあまり感じなかった。
 3Dになって鳥山明の絵はほぼ影を潜めてしまいますし、当然堀井雄二のセリフ回しもなくなるんですけれど、話の流れやキャラクターの行動、その結果の出来事なんかは、ドラクエだなあって思えるつくりで。違和感なんて全然なく楽しめました。
 昔は豆粒みたいなキャラクターを操作していたわけで、モンスターだって動かないわけじゃないですか。それらが3D空間で動き回ってる、それだけでわくわくしますよね。
 今私はXやってるし、Xだってキャラクター3Dで動き回って戦闘するわけだけれども、それとはまた全然違ったリアリティでしたねー。城や街を遠景から映すとこなんかは、それだけでテンションあがりました。

 ただその、クライマックスのシーンに関して言えば、もうちょっとなんかやり方はあったんじゃあないのー?という気がします。

(ここからネタバレ入るよ)
メタ設定は別にいい。それが使い古されていようと気にならない。ドラクエなんて王道な小さな話の集結みたいなとこありますし。ただなんか、出し方に工夫は必要であるし、(これは天気の子にも言えた事なのだけれど)そんな大それたことをするにはそれ相応の納得できる理由付けは必要だと思うのです。
 どこの誰がそんなメッセージを送ってきたのか、主人公個人に対して言っているのかそれとも無作為なのか、そんな行動に及んだ背景は一体なんなのか。
 そこが非常に非常に大雑把なのですよね。あと、どんでん返しを入れるならば、効果的に入れないと逆効果ということ。逆効果が100倍効いてたぜ…って感じのタイミングと効果でした。びっくりさせりゃいいってものじゃないんだぜ。
 私はしっかり主人公やビアンカに感情移入させて映画を観ていたわけです。
みんなのちからをあわせて(ここも大変ドラクエっぽくて好き)やっと成し遂げた、その瞬間にブチっと切られたみたいな、そういう入れ方は反感しか買いません。
 「もっと軽くしよう」とかいいながら、コリジョンオフとかシェーダーオフとかいい続けるわけですよ。言うたびに活き活きと描かれていた世界がただの真っ白オブジェクトになり、触れなくなり、崩壊していく。最後はただのボックスの集合体になってバラバラになってしまう。
 ラスボスってのは魅力的でないといけないわけで、軽くしたかった事は理解するとしても(笑)あのモデルはいただけない。手抜きしたの?と思われても仕方がない。それだけ説得力がないキャラなんですよね。
 思い出したのはFF9のラスボス。FF9は、お話は大変面白かったけれど、最後唐突に出てきたよくわからないやつと戦う羽目になって、しかもそいつがやたら強くて、私は理不尽な気持ちでいっぱいになりつつ倒しました。なので今でもFF9は好きじゃないです。
 あの感じ。モデルが意味不明なのも似てた(笑)。
あそこで終わったら気持ち悪いままで終わったんだろうけれど、その後ボス(っていうかウイルスっていうか…)を倒した後の終わり方は嫌いじゃないです。
 お客さんにも「これはVR空間でのお話です」とネタばらしして、謎にずっとあとを付いてきたスラリンの存在も認識したうえで、それでもここに彼らはいる。虚無じゃないぜ。というその感じ。
 なので全体的な後味も、実は悪くなかったのです。

(ここまで!)

 私はゲームも小説も映画もアニメも漫画も好きです。フィクションが好きです。その世界、その話が嘘だとわかっていてもなお、そこに行きたくなったり憧れたり、そう思わせてくれる作品が好きです。
 それはおとなになったからといって捨てなければいけないものではないですよね。ゲームだけが時間を食いつぶす無駄なものではないです。そして、それはこの30年くらいの間に、徐々に認知されてきて、今は結構一般的と思います。
 ゲームは子供のもの、と思っている人間は、昔ほど多くない。あと数年でその数は爆発的に増えると思います。だって今の若い世代は、男女関係なく当たり前にゲームで遊んで育っているのだから。

 会社で本を読んでいると「偉いねえ」って言ってくる60過ぎのおじいちゃんがいました。本は偉くてゲームは偉くない、そんな事はないのです。どちらも等しく娯楽です。時間つぶしです。時間の無駄遣いです。でも決してそれはただの無駄ではない。
 そういう時間を持てる今の時代に感謝をしつつ、現実とも折り合いをつけつつ、適度に手軽に現実から逃げる時間をもてるということは素晴らしいことですよね。

 いつも思うのだけれど、敵側のボスの重鎮達って、味方もびっくりな忠誠心持ってるよね。。我が身を犠牲にしても魔王様を復活させたいみたいな。向こう側からしたらちょっといい話なの。
 この物語でも、ゲマは自分が滅びようとも自分の望んだ世界をー!って言うんだけどさ、その望んだ世界ができあがったとして、そこに自分はいないのですよ。。すごくない?主人公側みたいに妻や子もいないんだよ。何がそこまで彼をかきたてるのでしょうね。とか、実はいつも思いながらボスと戦ってたりして。

 

 さて。「天気の子」。
こっちは普通に期待して観ました。
娘も友達から「ちょーよかった!」と聞き、「君の名は。」で号泣した経緯からかなり期待していたようです。
 で、期待しすぎた模様。。。w 私はまあこんなもんか。と思ってそれなりに満足したのですが、娘は消化不良だったようで。ドラクエが期待はずれに面白かったのもその気持に輪をかけちゃったみたいで(そう。娘はドラクエほぼ未経験なのにあの映画すごく楽しんだのです)。
 上でも少し触れましたが、海堂尊の作品って表に出てこない設定がとても多いのですよね。おそらくわざと説明不足にしてるんだろうけど、今回はそれがでかすぎて、若干ついていけないというか消化不良というか、、、そういう感じになったのは否めません。

 そんなん関係ない!俺はあの子がほしいんだ!あの子ともう一度会いたいんだ!ずっと一緒にいたいんだ!だから行かせて!邪魔しないで!

 という気持ちの強さが大変感動するお話でした。だがしかし。やっぱりもうちょっと説明ほしかった。
ヒロインの置かれている状況と、主人公の置かれている状況の似てるようで決定的に違うあれこれとかも興味深いんですけれど。でも、そういうそそられる設定が活かしきれてない残念感。
 晴れ女のあたりはもうちょっと詳しく知りたいです。。。

 映像は文句なしに超絶綺麗でした。雨粒がぴちゃぴちゃする、とか、つかの間の晴れ間の美しさ、花火が映るビルの窓とか。

 冒頭から主人公のモノローグで「僕らは世界を変えた」と言っていますが、彼らは世界を変えたのではなく、世界を変えることを拒んだが正解だと感じます。
 ひとりの犠牲でみんなが喜ぶ、しかしそのひとりは誰かにとってのかけがえのないひとりでもある。そういうごちゃごちゃっとしたあれこれで周囲の人は動きます。
 だから感動しちゃうのですけれどね。君の名は。よりもぶっとんだ設定入れてきているだけに、やっぱり「じゃあ一体あれはなんだったんだ」ってなるんですよね。それがリアルといえばリアルなんだけどさ。
 でもこれは嘘のお話だから、もうちょっとすっきりさせてくれる方が私は好みだなあと思いました。そういうリアルは現実世界で嫌ってほど経験してるんだしさ。



 映画の後、ちょっといつもより豪勢な食事をして帰宅しました。
その後娘と少し話して、ちょっと喧嘩して、色々思うところもありつつ。
でも総括してよい時間を過ごせたので、よかったよかった。

 

トリケラトプスに触りたい ふたご座でのんびり地球が見たい もらった時間でできるかな 長いのかな短いのかな

出来るだけ離れないでいたいと願うのは
出会う前の君に僕は絶対出会えないから
今もいつか過去になって取り戻せなくなるから
それが未来の今のうちにちゃんと取り戻しておきたいから

宇宙飛行士への手紙 / BUMP OF CHIKEN

この歳になって、子供が成長してしまった今、染みますね!
でも実は子供の小さかったうちから、こんなことはずっと考えていました。
分かっていても取りこぼしてしまったもの、悔やまれるあれこれなどは数限りなくありますが、あの頃はあの頃なりに必死だったと信じていられる今でよかった。

ごきげんよう、たいこです。

まあ、なんか、春から夏にかけて色々な事がありました。
歳を取るってやーねえ。みたいな事。

それをきっかけにまじめに未来のことを少し考えたこと。
今の自分の居心地のよさと、5年後10年後の自分のこと。
頭で分かってたって、気持ちがそう簡単に動くわけではないですし、かといってそこをきれいに割り切る事が出来る人なら、今こんな暮らししていないわけなので。
やっぱり気持ちのほうに素直に生きている自分がいますし、だったらそっちの方向で覚悟を決めるしかないのかもしれません。

で、今はなるようになるさー。と、今心地のいいことを優先して暮らしています。
気持ちに沿わない人生を送った場合の10年後が幸せかどうかなんて、やってみなきゃ分からない。気持ちがそっちに向かないなら無理することもないかなあっと。
まだ覚悟決めきれないんですけれども。。。笑。

気が付けばもうすぐ夏も終わるし、1年が経つのがとても早いし、そうやって時間は止まらずにさらさらと流れていって、留めておく術はないのだけれど、留めておきたいものが多くってため息しか出ません。
なすすべなし。

歳を取るってこういうことなのですねえ。

20代の後半から30代に入る頃まで、私は毎日のように強い人になりたいと思っていました。
でも、痛みに強くなるってのは何かを鈍らせないとだめで、それは嫌だなあっていうか、そう簡単に鈍らせることなんて出来ないんだけれども(笑)
ただ歳を取るにつれ、無自覚に鈍くなっていく何かはある。今はそっちのほうが怖いです。

いまだに些細な誰かの行動で、色々考えすぎて眠れなくなるとか、不安でいっぱいになるとか、そういう風になるたびに自分が情けなくなります。でもこれ、治らない気がしてきました。
私に出来るのは、その心の方向を逸らすための手段を出来るだけ沢山備えておくことくらいです。

しっかし、自分ごとで心がいっぱいになるとろくなことにならない・・・・・・!
近しい人にはここのところ、すっごい迷惑とか負担とかかけてしまって申し訳ない気持ちがすごいです。
それでもまだ、手の届く関係でいてくれることに感謝しかない。
本当にくらーくてふかーい穴の底に落ちないですんだこの恩は、いつかお返しできるんだろうか。
お返しできるといいな。

地味で暗い話題になってしまいましたが(笑)
相変わらずドラクエで毎日戦っていますし、こないだ実装されたマイタウンという高額コンテンツのために必死で金策してたりします。2億ゴールド貯めなあかん。。。

ハウジングなんてうセカンドライフでやったらいいじゃんって私も思う(笑)。
でも好きなもんは好きなんだよねえ。町1個好きに出来るとか、夢すぎる。
しかもドラクエ、初期費用しかいらない。家賃がない。すごくない・・・・・・?(というセカンドライフ思考)
現状の、町に置ける庭具の数150個っていうのは、自分でいじる前から桁違いに足りないってわかってる。

なんだか昔のうセカンドライフのプリム上限と戦う自分みたいの思い出して燃えますねw
プリム換算以上に、庭具の1個2個って換算は実際の負荷の上ぶれ下ぶれが大きそうです。
私は今、M土地にS土地用の家を建て、庭具はほぼ50個マックスで置いています。
土地のせいなのか庭具の負荷のせいなのか、庭具がよく消えます(笑)特に自分の家の敷地から出る・入るあたりの境界線で置きやすい。ポスト調べてカメラ回すと「ポストないから取り出せない」みたいなこと頻繁に言われる。
あれは不具合なのか、仕様なのか。。
上限開放できる課金アイテムでたらすぐに買ってしまいそうですが、たぶん難しいんだろうなあ。

ちなみに目標の2億まで、あと6500万くらい。
無理せず金策してるので、まだだいぶ時間かかりそうですが、みんなどんな金策してるんでしょうね・・・・・・!
明日から夏休みだけど、ずっとなんか狩ってそうな自分がいる。

やることがない、コンテンツがないなどと散々いわれているドラクエ10ですけれど、リリース8年目なんでそりゃ当然だろうと思わなくもないです。
ただ私自身はまだ3年目なので、まだやっていける気がしている(笑)
マイタウンみたいな目標ができたのも大きいですね。買ったら買ったでその後ハウジングという楽しみもありますしね。


ちなみにセカンドライフはこの春くらいに16周年でした。
日本では(海外の事はわからない)オワコンオワコンいわれるセカンドライフですけれど、もともとニッチなサービスなので、人口が少ないのは当然と思っています。しかし沼ると抜け出せないのがセカンドライフ。
やることがないというのは、やる事が提供されているから出る感想です。
セカンドライフには、提供されるコンテンツというものがほとんどありません(わずかにありますが、ほとんど知られていません)。
運営が提供するのは、基本のシステムと土地だけ。
後は全てユーザー任せ。ただしその自由度はとても高い。
技術さえあれば、好きなものを好きなように作る事ができるし、技術がなくても作ってるプレイヤーは星の数ほどいるので(そしてその多くは買うことが出来る)作れなくても割りと思い通りの世界や自分が作れます。
やる事がないと飽きることもないんだなあ。って実感したのでした。

そのセカンドライフ、本当にここ2,3年は棒立ち民と化していますが、そろそろお店周りを整えなおさないとなと思っています。
いつやろうかなあ。。。
とりあえず8月イベントは作業終わり、来月頭からのイベントのことをこれから考え始めるところです。
わくわくするものが作りたいぜー。

何もかも この宇宙は全て 愛すべきものだったと思う視点から見たらいいのさ

ザ・シサ 視差を利用したなら同じ対象も異なって見える。
それは二人の花嫁はどこから見ても美しいが
例えばマフィアの皆殺しは町に平和をもたらせたのかもしれない
猫に見えているものは実は一斤のパンかもしれない
哀しみに見えるものも本当は幸せなのかもしれない
その逆なのかもしれない その逆なのかもしれない
ロックバンドの30年
何もかも この宇宙は全て 愛すべきものだったと思う視点から見たらいいのさ

おそらく どうなんだろう

セレブレーションの視差 / 筋肉少女

ごきげんよう。
そんなわけでGWも終わって、次の休みまでの長い長い道のりが始まりました。ちょっとこのカレンダーの仕組みは早急に直したほうがいいと思う。あれだけの連休の翌月に祭日がないなんておかしい。おかしいぞ!

彼氏の人の機械が壊れて、ドラクエで遊べないというので、なんだか久しぶりにSLの店開けました。
 かれこれ1年以上開けてなかったんですけれど、なんだか懐かしい人達が来てくれてありがたい限り。
色々あって人と話したかったのですよねー。大変有意義な時間でありました。
話した内容、瀬戸内寂聴とかなんですけど。

 お金持ちが「幸せはお金じゃない」と言う説得力のなさ。
 個人がお金をたくさん持っていたとしても、世の中のお金に困っている人全てに施せる程ではない。そういう事なのかもしれません。
 けれど、ある程度の幸せはある程度のお金が必要不可欠であることは、まあ、事実です。ちょっときれいごとにすぎると感じてしまうのですよね。
 お金がなくて餓死した人に対しても同じことがいえるんだろうか。と。
 そんなに世の中簡単に生きられないよねー
昔上司が事あるごとに「生きていくのは大変ですねえ」ってニヤっと笑いながら言っていましたけれど、本当にまったくそのとおりだと実感します。

結局のところ、自分が生きていくためには自分しか頼れない。
どれだけ心を砕いても、心配しても、案じても、人が他人に差し伸べられるものなんて限られていますしね。自分ひとりの面倒だって、見るのは大変なのです。
いっときの気休めとしては、耳障りの良い言葉により掛かるのも悪くはないと思いますが、それは気休めなんだって自覚がないと、肝心の自分の人生がぼろぼろに崩れていく気がして私は怖いです。怖いから今日も色々考える。

正直、ぜーーーんぶ捨ててにげたーい!と思うことも多いです。
でもそうしたら、あとで絶対にもっともっと辛い気持ちになると思うから、だから身も心も強くなりたい、強くありたいって思うのですよね。
 寄りかかっていたら、それらの強さは絶対に得られないものだから、仕方がないから開き直ってがんばるのです。死ぬ時に自分の人生、合格点だなって自分で言えるように。

いやあ、生きていくのは大変ですねえ。