いつも いつも どんなときも

あなたが傍にいた
いつも いつも どんなときも
送り続けよう愛のWAVE

愛のWAVE(カールスモーキー石井/松任谷由実)

ごきげんよう、たいこです。
しばらく触ってなかった間に、またWordPressの投稿画面が激しく変わっている。もうちょっと何も考えずにだだっと文章を打ち込める感じにならないものでしょうかね。頻繁に更新していない私が悪い気もしますが(笑)

さてこの冒頭のやつ、多分高校生くらいの頃に買ったシングルですねえ。。確かフジテレビの企画で作られた曲だったと思う。(それでWAVEとかなんでしょうね。)歌詞や曲、全方面から、あの当時の時代の香りが漂ってきます。ノスタルジー。

 

 さて、なんというか12月です。そろそろ1年を振り返る時期ですが、今年は振り返ることが多そうですね……。とはいえ、12月なのです。毎年恒例になっているSecondLifeのアドベントカレンダーの季節なのです。

今年のテーマは「どうしたらセカンドライフをもっともっと楽しめる世界になるか」。アドベントカレンダーの詳細はこちら(https://adventar.org/calendars/5789)を確認してくださいね!参加者まだまだ募集中のようですので、気軽に参加してみてね。

 私自身、今現在セカンドライフを積極的に楽しんでいるとは言い難い状況であるのですがしかし、アカウントを作ったのは2007年。諸々事情があるとはいえ、この間ほぼ毎日ログインはしているわけです。実は、私はセカンドライフって失敗してると思っていなかったりします。

  自分自身に限って言えば、13年続いているし、まだ辞める予定もその気もないし。リンデンもそこはかとなくセカンドライフをアップデートし続けているし。
  そもそも、このゲーム、始める時の敷居がすごく高いと思っています。

  お洋服も髪の毛も家具も家も植物も、なんでもかんでもアイコンが。「あ、これは服だ!」と思って装着したら、四角い箱が右手に現れるの。「ああそれは箱詰めされてるから、Rez出来る場所に行って箱を置いて「開く」ってやるんだよ」なんて教えてくれる人がいればいいけれど、気軽にインストールして始めた人が、インワールドに降り立ってすぐにそんな人に出会える確率はとても低い。
  セカンドライフ内外で初心者支援している方や団体もありますが、「これはわからん。調べよう」ってならずに「意味わからん」ってビューアーをアンインストールする人だって沢山いるはずで。

  しかし、セカンドライフで出来ることを考えたら、その敷居の高さは致し方ないと思うのですよね。そこを簡単にしたら、セカンドライフには何も残らない気がしますし。
  ちなみに私は初心者時代、椅子に座ったらカメラが天井を向いてしまい、そこからカメラを動かす方法がわからず、座ることを拒否し続けていたという経緯があります。その後知り合った人から、「Ctrl+Alt+マウスクリックでぐりぐり」という操作方法を教えてもらい、この状況を脱却しました。あの時これを教えてもらっていなかったら、私はいまセカンドライフにいないと思っています。笑

  何が言いたいかっていうと、このゲームはそもそも、広く浅く沢山の人が楽しむような種類のゲームではないってことなんです。やってみたけど向かなかったっていう人が大半で、初心者時代の「何をしたらいいかわからない」という状況を乗り越えられる人が少ない印象です。(この場合の「何をしたらいいかわからない」というのは、歩く・飛ぶ・座る・テレポートする・タッチする・着る・置く」みたいな基本的な動作のやり方がわからない、という程度の意味。)

  そしてもうひとつの意味の「何をしたらいいかわからない」。
2007年の夏、Japan Resortには本当に沢山の人がいました。皆等しく初心者でした。そして、恋愛をしようとしていました。セカンドライフに来たら、恋愛するかものを作るんだ!みたいな風潮がありました。物をつくろうとしている人たちは、少なからずお金を儲けようという雰囲気がありました。プリムで作ったあれやこれを、その辺の人に配って皆で遊んでいました。土地を買ったら「おめでとう!」と、お祝いのお花が贈られてくる、そういう感じの世界でした。
やることがわからないから、とりあえず周りに合わせてみるみたいな雰囲気でした。

  さて今は、当時よりも自由に動きやすい空気があります。Japan Resortのように、「とりあえずここに行けば日本人がいる」みたいな場所はなくなったけれど、趣味や目的が似たところにあるようなコミュニティの種類は増えた用に思います。
  セカンドライフは自分で何かを作り出そうとしなければ、本当にやることがないゲームなのだと思います。ダンス、ハウジング、アバターメイク、コミュニティなど、今セカンドライフで遊んでいる人は、少なからず何かしら作っているのじゃないかなと思います。
  つくってるうえで、既製品で満足できなければ、自分用にアイテムを作る(依頼する)ことだってできます。それこそがセカンドライフの醍醐味なのだと思います。

  4年ぶりに、KAGAMIを行うことになりました。
勿論遊んで楽しい、怖いイベントにするつもりで今がんばっています。そして、「セカンドライフ、こんなことまで出来るの!?」と思ってほしいとも思っています。
  やっとシナリオが書き上がり、今わたしはショッピングモールの方の作業をしています。がんばるぜ。

  また、セカンドライフにはレベルもクエストもありません。半年、1年、3年休止していても、復帰はしやすいと思います。復帰者ならば、日本人の運営しているカフェやバーに行けば今の情報を得るのはかんたんですしね。
  長く続けていると、数年ぶりに復帰したフレンドから連絡が来る、みたいなこともままあります。ちょっと暇が出来た時にちょこっとINして、カフェでチャットするみたいな人もいるようです。

  セカンドライフには、やることがたくさんある。どれをやってもいい。ただそれは自分で探さなければならないのですよね。ドラクエを始めた時、ゲーム側が明確にやるべきことを提示してくる事がとても新鮮で、楽で、楽しかったのです。
  しかし、セカンドライフで物を作り、完成したー!とお披露目したりする楽しさは、まあ別格で。こればかりは他のゲームでは味わえないものだと思っています。忘れてはならないのは、現在セカンドライフで楽しんでいるプレイヤーは皆、この作る楽しさを知っているはずだということです。皆シェイプやスキン、服やメイク、アクセサリーなど、自分で作ったり選んだりして身につけているのですしね。

 

 

 

ハァ おばけちゃん、ゆうれいさん、ちょいと帰ってきてちょうだい

ハァ 雷さまを下に聞く
富士山を下に見て
飛行機の窓の中
わたしがこっちをのぞいて見てごちゃる
地震、津波、雪崩、竜巻
雲のむこうの宇宙はいつもお天気
(ひとだま音頭/知久寿焼)

 夏はたま。なんでだか分からないけれどたまを聴きたくなるし、たまを聴いてると夏だなあと思います。夏じゃなくても聴いてるんですけれどね。

 びっくりするくらい更新してなかった、というかその前もだいぶ開いていた。前回が3月26日。はい今日からテレワークね、とか言われた頃でしょうか。
 2ヶ月は続くかなと思われたテレワークは8月も終わろうという今もまだ継続中で、弊社はむしろこのまま基本テレワークな体制になりそうです。

 世界がひっくり返ってしまった、と感じるような事は、9年前の3月が一生に一回くらいの事態だと思っていましたが、甘かったですねえ。東京に住む私にとっては、今回のコロナのほうがダイレクトに生活に影響してきています。
 非常事態感はだいぶ薄れてきていて、非常事態であるはずの今がすでに日常になっています。こうやって人は変化に慣れていくのですねえ。コロナが収束しても、私達はきっと以前と同じにはならない。こうやって変化していくんですよね。こういう事があって急変すると実感しやすいですが、常に常にいつだって変わり続けている。
 ドラマや映画を見ていて、人が抱き合って喜んでいたり、密接した環境でご飯を食べたり、クラブで踊っていたりするシーンを見るとはらはらしてしまうのが、まさに私のなかの感覚の変化なのだろうなあ。

 ウイルスのような見えないものは、いつどこで自分がもらってしまうか分からない怖さもさることながら、いつどこで自分が他の人に(そしてそれは大概近しい人に)渡してしまうかもしれない不安のほうが大きい。普通に誰かと遊ぶのに、心のどこかでドキドキしたりするこの感じは、早くなくなるといいなあ。

 我が家はコロナのせいで、次男の一人暮らしの予定が2ヶ月ほどずれ込みました。彼は6月に家を出て、本格的な一人暮らしをはじめました。
 娘は来年の4月には家を出て、おそらくほとんど顔を合わせなくなるだろうなと思っています。残った時間は、とても短いけれど、実感はまだないですねえ。
 私が感じる寂しさは、まだ子どもたちには理解できないだろうなあって思うし、もしかしたらずっと理解しないままなのかもしれないなあとも考えます。
 こうやって今この年齢になっても、学んだり成長したりするのですねえ。30歳から全然成長していない気がしていたけれど、30歳の自分を振り返ると、今とはそこそこ考え方や行動方針が違っているのがわかる。私はもう一皮くらいむける必要がありそうですけれど。


 この8月は、過去のやり残したところを繕う感じのことがいくつか起きました。これだけ生きてれば、喉に刺さったお魚の小骨みたいな、そういう記憶っていくつもあるのですけれど。そんな小骨がいくつか取れたみたいな感じ。

 私の怒りの持続期間なんて、長くても3年くらいなのかもしれないなあ。なんかもうその後はどうでもよくなってしまう。その昔、どれだけしんどい思いをしたとしても、それって今はもうないわけだし。
  頑張って自分で自分に言い聞かせてみたりしたって、やっぱり気持ちって離れたら離れちゃいますね。良くも悪くも。

 どれだけ幸せな瞬間があったとしても、そこにはもう戻れないし。何度だって取り出して味わいたいような幸せってあるじゃないですか。でもそういう事はできないんだよねえ。しんどいことだってそれは同じだなあ、と。
 「ああ、今すっごい幸せだし楽しい。でもこれは過ぎてしまってもう一度味わうことはできないのだから、大事に味わおう」と、その瞬間思ったって、掴もうとする手の隙間からさらさらとこぼれ落ちていってしまって、大切にできていたのかどうかも分からない。なんとなく、辛かった事の手触りのほうが後に残りがちなんだけれども、でもそれだって今はもうない。だからきっと大切なのは、今の自分が一番居心地のいいところを探る事なのだろうと思う。
 今、10年先の事を不安に思っても仕方がなくて、10年先になりたくない自分の事を考えたとしても、計画を立ててその通りになることならばそれでいいけれど、そうでないことは考えても仕方がないんじゃあないかなと、最近よく思います。

 どうにもならないこと、それは理性と感覚が喧嘩をしたら、私の理性は絶対に勝てないということ。これは半年くらい前に実感した気がします。その先どうなってもまあ、仕方がない(笑)


 創作活動的な話。
 古い古いお友達が、劇団を改めて立ち上げまして。出来る範囲で私もお手伝いをしています。ほとんどお手伝いになっていないのですけれど、今暇を見てサイトを作っています。
 来月、初公演なので、それに間に合うよう、なんとか体裁整えたいですねえ。私の創作活動の原点にあるのは、間違いなく演劇で。ものをつくる楽しさは演劇でおぼえました。今の私に、がっつり演劇に取り組む余力はないのですけれど、そうやってつくっている人たちを見ているのは楽しいです。

 創作活動といえば、SecondLifeでも再びアレの計画が進み始めました。アレですよ。アレです。今頑張って書いています。
 なんとか9月の間には先が見える感じにしたいので、そっちもがんばってます。もう少しごちゃごちゃ考えたら先が見えるかなぁ。お楽しみに!


 遊びのお話。

とか言って!私の人生の中の8割が遊びの事で出来てるんだけど!
ドラクエ全然飽きません。ドラクエで一緒に遊んでいる人のほうが重要なんだろうなっていうのは、だいぶ前からわかってるけれど(笑)
 一緒に遊んでて楽しい。だから飽きないんですねえ。MMOのエンドコンテンツはチャットなんて言いますけれど、どんな物事も人と関わっていくことが醍醐味ですよね。
 強い敵倒すのにいっぱい練習して教えてもらってやっと倒せたー!っていうのは、SecondLifeの対極にある楽しさですねえ。遊びだけど、かなり大真面目に練習したりお勉強したりするのもまた楽しい。

 あとは作業やお仕事中のBGMにしていた怪談にハマりつつあります。毎日のようになんか怪談聴いてるんですけれど、最近、家の冷蔵庫が勝手に開いたり、ものが落ちてきたりという事がたびたび起きていまして、、、娘は「ポルターガイストだ!」と騒いでいますが、どうなんでしょうね(笑)
 しかししばらく怪談的なものから離れられない気もしているので、ほどほどに今後も楽しんで行こうと思います。

 私は配信サービス、今の所アマプラしか入っていないのですが、いわゆるテレビでは出来ない内容のものが増えてきました。オンデマンドって自分が観たい時に観たいものを好きなだけ視聴することができて、10代の頃にこんなもんがあったら私は廃人になっていたんじゃないかと……。
 20歳になる前後、毎日のようにレンタルビデオ屋へ行って、適当に映画を借りて適当に見るみたいな事をしていまして。今の子はそれが月額1000円程度で出来ちゃうんだもんなあ。いいなあ。
 それを言ったらインターネットだって、当時は毎晩23時を待ってピーヒョロロローって回線繋いでたわけでね、、、そんな事を考えると、私達は確実に未来にいますね。あの頃在宅で仕事なんて考えられなかったもの。
 バック・トゥ・ザ・フューチャー2の冒頭で出てきたようなテレビ電話も、現実はもっとスマートな方法で浸透していますしね。こういう進歩は、今後もどんどんしてってほしいなー。

 相変わらずとりとめもない内容になってしまったけれど、これ日記だからまあいいな。本当は書いていなかった何ヶ月かの間、もっともっといろいろなことを感じて考えていました。だけどやっぱり書かないと忘れてしまう。
 もったいないなあ、とは思うのだけれどねーー。

本当に好きな人とは結ばれたいから 陽炎また燃えて

あなたがもし妖であっても
変わらずすきになった 決まってる
陽炎 蜃気楼 逃げ水
なんでもいい 追ったならば 消えても
一番好きな人とは結ばれないのさ
陽炎 いつも陽炎 他に言葉無し
ゆれて 顔もなし

愛は陽炎 / 筋肉少女帯

  発売日のことをすっかり忘れていて、今更買った筋肉少女帯のアルバムの初っ端の曲です。1アルバムに1個くらいこういう曲が入ってるなあ。よい。

 私にはジンクスがありまして、そのジンクスそのままなんですよね。このサビ(笑)。人を好きになると思い出すし、結局このジンクス、継続中なんですけれどね。昔はそういうのがすごく怖かったりしたけれど、今はなんだか、さほど脅かされる事もなくなってきました。これが歳を取るって事か……!

 前回の更新が十二国記だったことに衝撃が隠せません。3ヶ月くらい経っている。前回から今までの間に起きたことは、年が変わってコロナが流行って誕生日が来たことです。あ、母が古希を迎えました。なんかお祝いしてきました。

 この季節に夏休み来ちゃったって勢いで娘が家にいます。仕方がないこととはいえ、これでサボりぐせが加速しなきゃいいんですけれども……苦笑。
  会社も週の後半はほとんど社員が出社しません。在宅ワークしている。派遣社員の身では在宅ではお仕事できないので、私は毎日通っています。ただまあ指揮する人が現場にいないので、決まった仕事が終わってしまうと時間を持て余すことがたびたび。そんな感じなのでこちらもお休み気分のまま一週間が過ぎていくといった塩梅で。非常事態という名目で変わってしまった環境。しかし、この状態にどんどん慣れていってしまう。そして元がどうだったのかよくわからなくなっていく。この感じは東北の震災の頃に経験したのとすごく似た空気だなあと、ちょうど今の季節でしたしね。既視感。

  今月のうちにこの1年を振り返ってみる。とにかく病院へよく行った年でしたほんとに。体が経年劣化していく感じを実感しております。今一番私を悩ませているのは、首。頚椎ヘルニアがいきなり悪化してしまって、大体いつも腕がいたいです。これ、治す方法がないのですよね。治療は基本的に痛みへの対処のみ。リハビリに通え、首を引っ張れ、と言われるのですけれど、効果あるの?っていつも思っています(あんまり実感したことがない)。対処療法ではありますが、整体と鍼は非常に効果が高いのです……が、保険効かなくてお財布的に厳しいのがかなしいです。保険の条件がなかなか厳しいのですよね。

  それ以外にも今年は「地に足をつけて暮らす」という事が非常に大きなテーマになっておりました。苦手なんですよね。地に足つけるの。いつだって大体3mmくらい浮き足立ってるし、お金の計算は苦手だし、3ヶ月先、半年先の事なんて考えられないのです。でもそれじゃだめだぞって神様から怒られまくってた気がする。1年。それでもめげずに隙あらば現実逃避して暮らしているわけですけれども。長年向き合わねばならなかった現実の一端とは向き合った気がする。全部は到底無理です。しんでしまいます。私には向かない。人には向き不向きがあるのです。私は人の心の中の事とか、愛のこととか、そんな事ばっかり考えてるほうが向いているのです。なんのご飯の足しにもならないけれど。

  たまに夢に子供たちが出てきます。彼らが夢に出てくるときは、決まって小さな子ども時代の頃の姿で出てきます。昨日は長男が出てきました。私は夢の中で、当たり前にその年齢の子どものお母さんをしているのです。夢から醒めて、あ、さっきの長男は小学校低学年くらいだったなあと思い出して切ない。子ども時代の子供たちに会うことは二度とかなわず、あの頃にしてあげられなかった事がいっぱい脳裏によぎって、ああ、今ならできるのになあ。って思う。でも出来ない。子どもが小さい頃、周囲の先輩方から「子どもはあっという間に大きくなってしまうのだから、今のこの時期は大変に貴重だ」と言うような事を言われ続けてきましたし、そんなこたぁ分かってんだよ!って思ってきたけれど、これか。この気持ちのうえで彼らはあんな事を言っていたのか、と思う。

  確かに、こんな風な喪失感を感じるとは思っていなかったなあ。だからといって、当時の自分があれ以上何かできたとは思わないし、結局どれだけ何をしたってこういう気持ちになるんでしょうけれどね。子どもは徐々に大きくなるので、この『子ども時代の子どもの喪失』というのは、実感しづらいのでしょう。気づけばなくなってるんだもの。はー。切ない。

  私は決してよい親ではありません。自分の親もいまいちだったんで、子どもが子ども時代にどんな風に親を感じて、切ない思いや寂しい想いをして今に至っているのか、実はわりとよくわかっています。自分も同じような気持ちになっていたから。それを考えるといたたまれないなあ。でももう過ぎてしまったから取り返しはつかないなあ。それを踏まえて今後に生かすしかないのだなあ。

 そういえば母は病気をするまで、「子どもに自分の世話なんてしてもらいたくないからお金をためる」と言うようなことを常々言っておりました。それゆえ子どもである私たちは、相当に困ったときでも金銭的な援助を母に求める事は選択肢になかったのですが。今年の正月、私の歯科医にかかる費用の話になったとき、当たり前のように母が長男に「お母さんの歯のお金払ってやりなさい」って言ったのを聞いてびびってしまった。長男はあのままだと一生結婚しなさそうなのですけれど、そんな話をしたら「いいじゃない。ずっと一緒にいてくれるよ。養ってもらえば」などと言ったこともあわせて衝撃でした。自分が同じような年齢になったら、私はいったいどう思っているのだろうなあ、なんて事を考えながら、子どもに自分の歯科費用を払わせるのには超絶抵抗がある今の私なのです。だったら保険の歯を入れるよ。

  さて、SL方面。相変わらず低空飛行ですが、創作活動は続いています。自分のアバターをいじらなさすぎて、大体常に妙な格好で棒立ちしています。人と新たに触れ合ったりする事にあまり積極的になれない模様です。そうしたい気持ちと、実際行動を起こそうとすると妙なもやがかかってしまって動けない感じ。新たな出会いを求める気持ちがないのは、少々まずいんでないのー?という気持ちもあるのですけれど、どうしたって感覚には逆らえないのです。もうちょっと低空飛行かなあ、といったところ。製作物と向き合ってるのは苦じゃないんだけどねえ。

  そしてドラクエ方面。相変わらず戦っています。ひたすら戦っています。最近また新しいボスが追加されたので、楽しくて仕方がないというところ。戦うという軸でゆるくつながってる人たちとわーわーやるのが大変楽しい。

  あ、出会いっていうのは恋愛的なやつでなく、なんか全般の出会いの事です。これ以上先一歩踏み出す事に、ものすごい抵抗を感じていて、その事に自分で驚いている。そういう感じ。

  精神的な距離の近い人が少しいれば、なんだか私はそれで満足なのか!という、いつもの結論になってしまうわけですが、楽しいからな。それでいいかな(笑)